(中編)

 よく見ると、ナイフとおぼしきモノで、背中を刺された学ラン姿の男子生徒がの状態で倒れている。そのそばには、悲鳴のぬしと思われる女の先生と女子生徒がいた。

 どうやら、自分たちが一番にけつけたらしい。かさず、蒼姫あおひめしずくさんが白手袋をしながら、男子生徒に近づいた。男子生徒の首筋に手を当てるが、蒼姫さんは自らの首を横に振る。つまり、既に亡くなっているということだった。それを見た女の先生は、近くにある新設されたピンク色の公衆電話の受話器を片手に持ったまま、呆然ぼうぜんと座り込んでしまった。わりに蒼姫さんが、110番で警察を呼ぶ。

 もう一人の女子生徒は、立ち上がれないくらいに泣いている。白菊しろぎく華絵はなえさんは、赤子をあやすようにして、女子生徒を抱きしめていた。みやは、すわり込んでしまった女の先生に声を掛けている。自分も蒼姫さんとおなじ様に白手袋をはめて男子生徒へ近づく。蒼姫さんは、男子生徒のズボンポケットから生徒手帳を取り出して、その生徒の横たわった顔と生徒手帳の証明写真を見比べながら、一言呟いた。

「この方、大梅おおうめ甲斐かい先輩じゃないわね」

「えっ。」

「ほら、よく見て」

 蒼姫さんが男子生徒の生徒手帳を見せてくれた。自分は、生徒手帳の氏名らんを見る。

『三年一組富林 元彦とみばやし もとひこ?映像同好会所属…』

「ちゃんと、顔も見比べて」

 蒼姫さんの言う通りに生徒の顔と生徒手帳の顔写真を見比べてみた。

「同じ人だ!」

「そうよ。探そうとしていた大梅おおうめ甲斐かい先輩じゃなくて、"富林とみばやし元彦 もとひこ"さんという方が…」

 蒼姫さんの抑揚よくようされた声の途中で、階段から叫び声が聞こえる。蒼姫さんは、返事を返した。

「何があったー!返事をしろー!」

「殺人事件です。既に警察は呼んでいます。」

「今すぐ、そっち行くから待ってろー!」

「はいっ。」

 階段から降りてきたのは、バイクのヘルメットを被り、防犯用チョッキを着て、さす又を手にした先生たちだった。先生が自分たちにさす又を振りかざしたままだったので、蒼姫さんは先生たちに現状を報告した。

「ここに犯人らしき人物は見当たりません」

 その言葉を聞いた瞬間に教頭先生は、さす又を捨てて、男子生徒に近づこうとした。

しかし、蒼姫さんが教頭先生を制止させる。

「残念ですが、富林元彦さんは、既に亡くなっています。ついさっき、確認しました。現場保存の為、ご理解ご協力ください。」

 蒼姫さんの言葉を聞いて教頭先生が、ゆっくりと、歩みを止める。そして先生たちは、さす又を振りかざすのを止めた。

「さっき言いましたように警察には、既に通報しています。」

 蒼姫さんと白菊さんがこれまでに事件を解決してきたことを知っている為か、先生たちは、蒼姫さんの指示に従った。その間に第一発見者と思われる女の先生と女子生徒は、保健室に移されて、小宮も別室で休憩することになった。そして、校舎内にいる生徒には、「"その場で一時待機するように"」という校内放送の緊急アナウンスが敷かれた。

 警察が来るまでに自分と先輩二人は手分けして、現場観察をおこなった。事件現場には、部室にあった“立ち入り禁止!~志名川学園高校探偵部~”と書かれている黄色い規制線を張った。しっかりと白手袋をしながら、ぼんやりと事件現場を見つめていると、長い黒髪を白いたばひもで後ろむすびにしている蒼姫雫さんが声を掛けてくれた。

小早川こばやかわ君は、少し休まなくて大丈夫?」

「大丈夫です。ところで、大梅おおうめ甲斐かい先輩の件は、どうするんですか?」

「私は大梅先輩が、この事件に一枚んでいると思うの」

「あっ。雫も、そう思ってたんだ。あたしも今、そう思っていた所だよ。」

「蒼姫さんと白菊さんは、第一発見者である美術部顧問の女の先生と美術部1年の女子生徒を疑わないんですか?」

「今の段階。つまり現時点では、犯人の可能性を肯定も否定も出来ないわ。仮に発見者の二人が演劇部の所属だったら、少しは自作自演の可能性を疑ったかも知れないけど…」

「雫の言う通りね。これから、犯人をあぶり出すのよ」

 もっともな意見だと思っていると、白菊さんと蒼姫さんが何かを発見した。

「あっ。」

「それ!」

「いきなり、どうしたんですか?」

「ズボンをよく見て」

 そう言って、蒼姫さんが被害者である富林先輩の制服ズボンを指差す。そこには、多数の小さなどろが固まって付着いていた。この事象について、蒼姫さんは考え始め、一言呟く。

「でも何故なぜ、こんなところに泥々どろどろが…」

「朝とかに付いたんじゃないですか?」

「それは無いと思う」

「えっ‥?」

 蒼姫さんにいきなり否定された。その理由を蒼姫さんから聞こうとしたが、代わりに白菊さんが説明をしてくれた。

「雫の言った通りね。簡単な話よ、雨は正午から降っているから朝の時点では、まだ地面の土は泥になっていないって話。ここ数日間は、雨なんか降っていなかったし、今までそのままだったという事もね。それに、もし仮に別の理由で泥が以前から付いていたとしても、これだけの数なら本人も気がついて、泥を払い落としているはずだし…」

「なるほど。」

 そう白菊さんの説明に納得なっとくしていると、蒼姫さんは現場のそばにあるドアを開けた。そのドアからは、校庭グラウンドへと出られる為、緊急きんきゅう時の非常口として指定されている。すると、ドアの外を見た蒼姫さんと白菊さんは、再び何かを発見したらしい。

「小早川君も、こっちに来て。やっぱり、あったの!」

 蒼姫さんに呼ばれて、自分もドアに近づいた。扉の外をのぞいて見ると、直ぐにそれを目にした。

「これって、足跡あしあとじゃないですか?」

「その通り、足跡よ。」

 蒼姫さんの視線の先には、泥にかたどられた足跡が二つあり、その内の一つは、ドアの前で途切れていたが、もう一つの足跡はドアの前で迂回うかいをしていた。と、なると…。ある疑問が、ふと浮かび、白菊華絵さんに聞いてみる。

「どちらかの足跡が亡くなった富林さんという人の足跡であるということではないんですか?」

「小早川君の推測にの考えでは、ハーフ・ハーフね。」

「それは、どういうことですか?」

「考えは、いい線を行ってると思うわ。けれど、彼の靴を見て。その上靴には、全く泥で汚れていないの」

 白菊さんの指摘で、富林先輩の靴を見る。確かに靴には、泥が全く付いていなかった。それに履いているのは、"上靴"だ。

「華絵の言う通りだけど、あながちそうでは、無いかも知れないわね。」

「そう。だから、小早川君の推測に“ハーフ・ハーフ”。」

「私も思っていたの。犯人が靴をすり替えることも出来るという事にね。それに、あの上靴のみょうに新品のような真新まあたらしさが、さっきから気になっているの」

「雫、上靴の確認はまだだったよね?」

「うん。だから‥」

「それじゃあ、上靴の確認ね」

「あのー、足跡は…」

「後で、後で。」

 そう言って白菊さんは、ドアを閉めた。蒼姫さんの希望により、一旦は富林先輩の上靴の確認をする事となった。志名川高校の上靴は、内側に名前を書くようになっている為、足から上靴を取って本人のものかどうかを確かめないといけない。上靴は、蒼姫さんが取ることになった。

「失礼します。あれ?上靴が取れない」

「もしかして、"死後しごこうちょく"って言うヤツじゃないんですか?」

「多分、違うと思う。さっき、首筋で生存確認をした時、まだ首は死後硬直しかけだったの。環境や温度差で少なからず影響は出てくるかも知れないけど、普通は死後二時間~三時間程度経過してからあごや首の死後硬直が始まって、順々しながら少しずつ全身に広がっていくの。そうすると、六時間~八時間には手足に広がって、半日程度で全身に及ぶの。だから、他の原因かなって…」

「蒼姫さん、くわしいですね」

「こういう知識は全て、米国で私立探偵をしている叔父さんから教えてもらったの。因みに華絵は、お姉さんから教わったらしいけど。」

「まあ。ウチの姉ちゃんの場合は、"自称"シャーロキアンだからね。雫、ちょっと代わって」

「いいよ」

 今度は、白菊さんが上靴を取ることになった。

「本当に取れないね。うん?足指が窮屈きゅうくつ‥もしかして、履いている上靴のサイズと足のサイズが違うんじゃないの?」

「華絵の言う通りかも…」

「うーん。どっこいしょっと!」

 白菊先さんは、力を振り絞った。

"すぽっ"

「やっと、取れたー。」

「白菊さん、力が強いですね」

「十年間、米国アメリカで柔道を伊達だてに習ってないからね。因みに雫は、剣道一筋だったけど」

「そうなんですか?蒼姫さんも!」

「そうよ。それで華絵、上靴の名前はどう?」

「ほら見て、名前が書かれていないわ」

 白菊さんが見せてくれた富林先輩の上靴には、確かに名前が書かれていなかった。

「その上靴を本当に富林先輩が買ったというのはないんですか?」

「買ったかどうかは判断できないけど、さっき華絵が言ってた通りなら、自分の靴のサイズなんて間違えないでしょ?」

「それじゃあ、上靴の買い間違えは。」

「すぐに買い直してると思う。それにサイズが合わなくなったら、上靴のかかとを踏むことがあるかも知れないけど、踵を踏んでた形跡もないし…華絵は、どう思う?」

「あたしも、雫の意見に同感ね」

「そうしたら、“どうして犯人は、富林先輩の靴を取り替えたか”ですね」

「小早川君の言う通り、そこが問題ね…」

 そう言うと、蒼姫さんは富林先輩の上靴を見ながら腕組みをした。すると、富林先輩の上靴を元に戻した白菊さんが不思議そうな顔で尋ねてきた。

「少し話が変わるんだけど、あたしも、さっきから一つだけ気になっている事があるんだけど二人共いい?」

「いいよ」

「いいですよ」

 蒼姫さんと自分は、白菊さんの質問を聞いた。

「あたし達は現場保存の為に指紋を付けない用の白手袋をはめているけど、彼が両手にしている黒色の手袋は、どうだと思う?」

「私には分からないけど、男子である小早川君なら分かるかも。」

 疑問を振られた自分は難しく考えると、切りがないと思い単純に考えて答えた。

「ただ単に今週末の天候が梅雨入り間近で、肌寒いから手袋をはめていたんだと自分は思います。富林先輩は、さむがりだったんじゃないんですか?」

「だって、華絵。」

「やっぱり、あたしの気のせいかー。」

 あまり自分が言ったことに対して、白菊さんは納得してなさそうだった。そうしていると、遠くの方から聞こえていたパトカーのサイレン音が、こっちに近づいているのが分かった。

「警察の方、妙に遅かったわね。」

「他の車がスリップ事故を起こして、その渋滞に巻き込まれたんじゃないの?」

「雫の言う通りかもね…」

 数分後、パトカーのサイレン音が志名川高校内にひびいた。だが、直ぐにサイレン音は、鳴り止んだ。警察の方たちが到着したようだ。

「もう、ここから退しりぞいた方がいいんじゃないですか?」

「大丈夫だよ。ここの管轄かんかつで、この手の事件と言えば、“あの警部けいぶさん”だと思うから…。ねえ、雫?」

「そうね。会うのは約一年ぶりかしら‥」

「“あの警部さん”?」

「来た来た。あの真ん中にいる刑事さんが、土野どのうえ しん警部よ」

 白菊さんが言うように廊下の奥から教頭先生と共に二人の刑事さんらしき方々が、こっちに向かって来た。二人の刑事さんは小走りしながら教頭先生と話をしている。真ん中にいる刑事さんが土野どのうえ警部という刑事さんらしいが遠くから見ても、が良いことが分かる。そして、どことなくなまりがキツい現名古屋市長に似ている。その横にいるもう一人の刑事さんは、ひょろっとしている。すると、そのした刑事が自分達に気づいたようで声を掛けてきた。

「君たち、そこで何をしているんだー!そこには入っちゃいけない!!」

「いや。刑事さん、あの子たちは…」

 教頭先生が何とか刑事さんたちに説明しようとしているのが分かる。すると、真ん中にいる土野植警部も、こっちに気が付いたようだった。

「おっ!久しぶりじゃねえか。」

「警部のお知り合いですか?」

「知り合いもなにも、逆に俺たちが常日頃お世話になっているやつだ。」

「もしかして、以前に警部が言われていた“例の少女達”ですか?」

「ああ、そうだ。」

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