Case.1*spring殺人事件(学園編)

(前編)

 今日は、ゴールデン・ウィークの最終日にある青空課外活動で、午前中授業のみだった為、昼過ぎには、家へ帰ることが出来る。

 普段は、部活動をする生徒たちが数多く残るらしいが、あいにくの雨空なので、校内に残っている生徒は、大分だいぶんと少ない。

 ふと、廊下にある緑色の掲示板に押しピンで掛けられていた六曜ろくようカレンダーに目をやる。


 "昭和55年5月5日(月)"


 地元の有名私立校である“がわ学園高等学校”に入学してから早くも、一ヶ月が過ぎようとしている。

 詰襟つめえりの"学ラン"に慣れ始めていた三週間前は丁度、自分が初めて、志名川学園高校探偵部を訪ねていた頃だ。

 同じ志名川学園高校を六年前に卒業した親戚しんせき兄さんから、探偵部の部長をしていた頃の話と卒業後の探偵部に"interestingインタレスティング"な帰国子女の“飛び級入学二人組”が入部したという話を聞いた。それが探偵部を訪ねるだった。

 その二人は、実際に起こった国内外の未解決難事件を幼少の頃から解決しており、警察方面からは推理作家コナン・ドイルの名作「シャーロック・ホームズ」にアヤカった“SHERLOCKシャーロック GIRLSガールズ”という名前で知られている。

 そして、愛知県警の名古屋市内における犯罪検挙率が急上昇した要因の一つだと、警察関係者の間で噂されている。

 もと中京新聞社会部現場担当記者で、現在は、情報屋である親戚の御兄さんからの情報タレコミによると、最初に二人が日本国内で非公開的に解決した重大事件は、西暦1970年3月31日に北九州国際空港で発生した“エイプリルフール革命一派”による"亜細亜アジア航空*より号ハイジャック事件"から約一月ひとつき後の西暦1970年5月1日に名古屋国際空港で発生した“ベイ航空221B便ハイジャック未遂事件”で、帰国当時の二人は、日本で言う飛び級の小学6年生だったという。

 ちなみに管制塔指揮は、英語を流暢に話せる長髪の日本人少女がちんした。

 捜査当局関係者の間では、通称"アナグマ作戦"とも呼ばれていた。

 一説には、将棋の守備陣形である“穴熊あなぐま囲い”を応用した奇襲作戦で、当該とうがいの機体図をパッと見て日本語を喋れる茶髪な風貌ふうぼうの少女が、三月末のハイジャック事件を受けて四月に編成されたばかりの中部管区機動隊の鎮圧ちんあつ指揮を現場で担当していたという。

 また、事件当日に名古屋飛行場の周辺を拠点として、活動をしていた反空港デモ団体が、そのハイジャック未遂事件に乗じて、無線ジャックしたと言われている空港管制塔との現場やり取りが刻銘こくめいに全収録されたウソかホントかいまだに分からないままの音声記録デモテープまでも残っている。

 自分より年下のねんれいで、名探偵ホームズ並の能力があるという"先輩"二人がいる志名川学園高校探偵部の部室は新校舎A棟4階にあり、戦後まもなくに建てられた校舎の設計ミスでしょうじた教室半分ほどの空き部屋をしつ代わりにしている。

 部屋の一番おくにある窓側の部長席に座り、自宅から持参した趣味である音楽鑑賞用のラッパ型蓄音ちくおんで約六年前に日本で大流行した日版の原曲である英語版“テネシー・ワルツ”のレコードばんを聞きながら、少しいろせた“志名しながわ高校こうこう卒業アルバム”を読んでいるのが二人の内の一人であり、探偵部の現部長である2年生の蒼姫あおひめしずくさんだ。

 蒼姫さんは、絵に描いたようなせいな美人で、黒髪ロングヘアが何時いつつややかに整えられている。性格もおんこうで、落ち着いた優しい声が耳に残る。米国アメリカ育ちの為か、背が高くて大人びている。

 そして、大和やまと撫子なでしこという言葉が文字通り似合にあう女子生徒は、学園内でも蒼姫さんのほかには、見当たらないと思ってしまう程だ。

 そうした面を持つ蒼姫さんだが、けた違いの洞察どうさつ推理力ね備えている。

 因みに蒼姫さんの従兄いとこである叔父おじ蒼姫あおひめ兼蔵けんぞうさんも、志名川学園高校の探偵部出身。高校卒業後は単身渡米し、渡航先のサンフランシスコわんに面する海岸の岬灯台で、連続して発生した難事件"S.O.S.事件"を異国ながらにして、解決へと導く。

 たまたま、その事件現場に居合わせた“REALリアル HOLMESホームズ”こと元FBI捜査官の"某"有名私立探偵*通称J.J.に目をつけられる。

 その後、私立探偵J.J.のもとで助手として、腕にみがきをかけた。私立探偵社に独立後、拠点地がワシントンD.C.である現在は、"全米"で一番有名な日本人らしい。

 そして、背後から長そでセーラー服の蒼姫さんに半袖セーラー服で攻撃を仕掛け様としているのが、二人の内のもう一人であり、同じく2年生である探偵部副部長の白菊 しろぎく華絵はなえさんだ。

 確か、初めて探偵部を訪ねた時も、白菊さんが蒼姫さんに同じようなを掛けていた。

 白菊さんは、茶色の地毛をしていて、蒼姫さんとは対照的なショートヘアにしている。また、白菊さんは背が低くて、蒼姫さんにはない可愛さがある。

 活発で、あねはだだが、すこし天然。

 そして、何よりも印象的なのは、屈託くったくのない笑顔だ。

 なお、白菊家では、“ジョン・S・ワトソン”とけられたウェルシュ・コーギー・カーディガン犬が飼われている。

 因みに"S"は、名字の頭文字イニシャルらしい。

 白菊さんも蒼姫さんと同様に桁違いのかんさつ推理力を持っている。それが姉妹ゆずりなのか、白菊さんの姉さんは、白菊おんという国内外で活躍かつやくする若手推理ミステリー作家だ。

 そして、“一人っ子”である蒼姫さんとは、米国時代からの幼けん親友ライバルだそうだ。

 自分に気いた白菊さんが口元に人差し指をあてて、邪魔じゃまをしないで。と懇顔こんがんをしている。その様子を見た自分は、そっと目を閉じた。

 止めようにも、"セクハラセクハラ"と白菊さんが言い出して止まらない為、無理だろうとさとったからだ。

 蒼姫さんには、心から申し訳ないと思っている。目を閉じて、そう思っていると、“コンコン”とドアをノックする音が聞こえた。目を開けて見ると、ドアのモザイクガラス越しに人影が映っていた。

 どうやら、探偵部に用事があるらしい。

 どうするか聞こうと、白菊さんの方に目をやるが白菊さんは、少し悔しい顔をしていた。蒼姫さんに対するを諦めた様だ。今日の蒼姫さんは、こちょこちょ攻撃の魔の手から逃れた。しかし、蒼姫さんは、よく白菊さんの気配に気付かないものだと思う。それだけ、蓄音機が高性能なのか。はたまた、蒼姫さんが閲覧えつらんに集中しているのか…。

 白菊さんは、蒼姫さんが次のページをめくろうとしたタイミングで、蒼姫さんの右肩を"ポンポン"と軽く叩いた。流石さすがに蒼姫さんは、気づいた(気が付かないのは、逆に怖い)。蒼姫さんは、終わったページに桜柄の栞を挟み、耳にしていた蓄音機をめて、レコードばんを取り外した。そして、後ろに振り向き、「どうしたの?」と白菊さんに声を掛ける。やはり、何も気づいていなかった様だ。白菊さんは、「誰かが来たみたい」とドアの方に指を差しながら小声で答えた。ドアのモザイクガラスを見た蒼姫さんは、「どうぞ。お入り下さい」とドアの前に立っている人へ優しく語りかける。蒼姫さんの言葉を聞いて、「失礼します」と言いながらドアを開けた。

 訪ねて来たのは、大人しそうな雰囲気の男子生徒だった。蒼姫さんは、「立ち話も何ですから、どうぞソファーへおかけ下さい」と男子生徒を自分が部室中央で座っている茶色の縦長ソファーにすすめる。男子生徒は、「すいません。」と言って、自分の右隣に腰掛けた。蒼姫さんと白菊さんも、自分のついにある同色の個別ソファーへ座る。そして、蒼姫さんが男子生徒に静かな声で話し掛けた。自分はメモ係である為、探偵部ノート“通称:カタラレザル”(志名川学園高校探偵部で代々、引き継がれている日記手帳)に"TANBOタンボ"の黒色ボールペンで、相談内容の詳細を書く。白菊さんは、と男子生徒をじろじろと見ていた。

「私は、探偵部ココの部長で二年生の蒼姫雫です。私の隣にいるのは、同学年で探偵部副部長の白菊華絵。そして、貴方アナタの横にいるのが新入りの探偵部員で一年生の小早川こばやかわすぐ君です。」

 自分は会釈をしたが、白菊さんは何もしない。そのまま、会話が続く。

「小早川君と同じ一年生の小宮悠人こみや ゆうともうします。」

「小宮君は今回、どのようなで、探偵部に来られたのですか?」

「実は、先輩の姿が消えたんです!」

 突然、小宮は驚いたように答えた。自分は小宮の言葉に?となった。すると、白菊さんが「先輩が消えた!?」と変な声を出してしまった。一瞬、部室内は静まり返ったが、蒼姫さんは、冷静に話の続きを聞き始めた。

「まず、このことは担当の先生に相談しましたか?」

「いえ、まだです。もし、何もなかった場合、大事おおごとになってしまうんじゃないかと思い…」

「それで小宮君は、この探偵部に?」

「はい」

 小宮は何となく、うつ向きげんで、蒼姫さんの質問に答え続けた。

ずは、経緯を教えてもらえますか?」

「僕は二時間前の午後一時に教室で昼食を食べた後、3年生の大梅おおうめ甲斐かい先輩と会う約束をしていたので、新校舎A練3階の写真同好会の部室へ行きました」

「その大梅甲斐先輩と小宮君は、どういう関係で?」

「僕は写真同好会に入っていて、大梅先輩は写真同好会で唯一の先輩です」

「他の部員の方は?」

「大梅先輩以外に部員は居ません」

「そうですか…。では、話の続きを願いします」

「はい。それで、写真同好会の部室に行くと、部室の鍵は既に開いていて、中に入ると机の上に大梅先輩のカバンが放置されていたのですが、肝心かんじんの大梅先輩は見当たらなくて…。そうしたら、その鞄の横に僕あての手紙が置いてあったんです!」

 そう言うと、少し前までうつ向き加減だった小宮が顔を上げた。

「それは今、持っていますか?持っているのなら、ぜひ見せて頂きたいです」

 蒼姫さんは、手紙の存在を確認するため、小宮に手紙の拝見を要求する。それと同時に蒼姫さん制服の胸元ポケットから白手袋を取り出し、片方ずつ手袋をはめた。タクシー運転手さんたちがしている様な手袋で、自分と白菊さんも、その袋を持っている。因みに白手袋は自費だ…。

「それなら今、手元にありますよ」

 すんなりと答えた小宮は、制服のズボンポケットから、きれいに小さく四つ折りされた紙をに取り出して、蒼姫さんに手渡した。

「これが、その手紙です。どうぞ」

「拝見します」

 小宮から受け取った手紙を蒼姫さんは広げた。白菊さんと自分も広げた手紙をのぞく。紙そのものは、ノート紙のような白紙で、大きさはB5サイズ位。丁度、探偵部ノートと同じ大きさだ。文字は、赤ボールペンで縦に殴り書きされていた。そして内容は、「へ 急な用事が出来た。帰ってくれてもいいから探さないでくれ! より」というものだった。蒼姫さんは、小宮に優しい声で、質問を続ける。

「ここに書かれている"急な用事"に心当たりは、ありませんか?」

「ないです。何も大梅先輩からは、聞いていません」

「そうですか…。それで、手紙を読んだ小宮君は、大梅先輩が気になり、大梅先輩を探したけれども、大梅先輩は見つからなかったと?」

「その通りです。」

 小宮への質問を一通り終えて、蒼姫さんは目をつむりながら、腕組みをして少し考え込んだ。自分も一旦、メモを書き止める。そうしていると、白菊さんが一案いちあんを出した。

「あたしはもう一度、探した方がいいと思う。もしかすると、大梅先輩が現れるかも知れないし…」

 その話を聞いた蒼姫さんは、直ぐに納得した。

「そうね。ここに居ても仕方がない。小宮君と小早川君もいいでしょ?」

 小宮は、蒼姫さんの言葉に頷いた。続けて、自分も蒼姫さんの言葉に頷く。

「それじゃあ、決まりね。華絵のナイス提案!」

 そう言った蒼姫さんが、少ししている様に見えた。


 蒼姫さんと白菊さんの提案で、先ずは新校舎を4階→3階→2階→1階の順で探すことになった。そして、大梅先輩が書いたとされる手紙を蒼姫さんは、小宮から預かった。話が終わり、大梅先輩を探す為に部室を出ようとした時だった。小宮が今まで座っていたソファーに何故なぜか、色せた桜の花びらが落ちていた。そのことに小宮は、気づいていない。確か、すわる前にような桜の花びらは落ちていなかったはずだ。蒼姫さんと白菊さんにつたえようとしたが、すでに二人は、それに気が付いている様だった。

 部室から出ようとしていた小宮に透かさず白菊さんが、「少し準備支度があるから、廊下で待ってて」と頼んだ。それに対して小宮は頷き、探偵部の部室を出た。ドアが締め切られたことを確認すると、蒼姫さんは自らの席へ向かう。蒼姫さんの部長席にある木製机には、鍵付き引き出しがあり、その中には色々な探偵道具が入っている。その鍵を持っているのは、言うまでも無く蒼姫さんだ。卒業後に入ってくる後輩が探偵部に相応ふさわしい者かどうかを試す為か親戚のお兄さんは、引き出しの鍵を隠し、少々難しい暗号を書いた鍵の在処ありかを示すメモを探偵部ノートに貼り付け、部長席の机上に置いて卒業した。だが、飛び級の蒼姫さんと白菊さんは、いとも簡単に暗号を解いて机の鍵を手に入れたという。鍵が隠されていた場所は、探偵部の室内でメモの横に置かれていたステンドグラスランプの内側に隠されていたらしい。灯台もと暗し*というものだ。予備スペアキーは、引き出しの中の小さな木箱に入っていた鍵が1本だけある様で、それは白菊さんが自宅で大切に保管しているそうだが、蒼姫さんいわく、白菊家の愛犬"ジョン・S・ワトソン"の首輪代わりにされている様だ…。

 蒼姫さんは、紐付けされた鍵を首から解き外した。鍵は普通より小さめの大きさで、長細い。鍵先はF字形だ。蒼姫さんは迷うことなく、左側の引き出しの鍵穴に鍵を差し込み右にひねる。引き出しから"カチッ"と音が鳴った。鍵をそのままにして、少しずつ引き出しの取っ手を引く。その引き出しの中には、手にすっぽりと収まる単眼鏡や黄色い規制線、ローライ35Sという高価なフィルムカメラなども入っている。引き出しから蒼姫さんが選んだものは、ピンセットとチャック付きの大小のビニール袋だった。これから、例の手紙と桜の花びらを保存する。今回は、細かい作業ということで、蒼姫さんに全てを御願いした。これは、探偵部の暗黙の了解でもある。何故なら、白菊さんは大雑把ワイルドで、自分は極端に不器用だから…。ずは、ソファーの机に置いてある手紙からだった。蒼姫さんは、ピンセットを使わずにそのまま、大きい袋へ入れた。次にソファーの上にある桜の花びらを採取する。器用にピンセットを使い花びらを小さい袋にそっと入れた。最後に袋2つの空気を少しずつ抜きながら、慎重にチャックを閉めた。蒼姫さんは、一人で難なく作業を終わらせた。そして、ピンセットを元の場所へ戻し、2つの袋を引き出し内に保管した。


 作業が終わり、気を取り直して、大梅先輩を探し始めることになった。先に部屋を出ると、部室前の廊下にいた小宮は、大窓から雨空を眺めていた。暇な自分は、小宮に語りかけた。

「遅くなってごめん。少し準備をしていて…」

「いやいや全然、かまわないよ」

 そう言うと、何故か小宮は苦笑いを浮かべた。丁度、部室から白菊さんと蒼姫さんが出て来る。蒼姫さんが部屋の鍵を締め終えた直後だった。突然、雨音を遮る様にして、女性の悲鳴が新校舎内に響き渡った。いきなりの出来事に自分と小宮は驚いたが、蒼姫さんと白菊さんは、直ぐに駆け出した。ふと、我に返った自分と小宮も、蒼姫さんと白菊さんを追う様にして、悲鳴のあった場所へと向かう。

 蒼姫さんと白菊さんは、まるで悲鳴の場所を知っているかの様に廊下を進む。新校舎の階段を2階から1階へ降りた直後だった。蒼姫さんと白菊さんが足を止めた。二人の立ち止まった先を見てみると、木柄もくえの様なモノが刺さった人影ひとかげらしき物体が階段脇の廊下すみに倒れ込んでいた…。

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