第2話 異世界(地球)生活~乳児編~

 ヤバイよ、ヤバイよ! どう考えても即死or瞬殺ルートだよ、これ!

『雪の日に』『野外で』『全裸で』『孤児みなしご』スタートだもん、死ぬに決まってるだろ!


 ファンタジー世界における『捨てられた赤ん坊』の死因は、1.餓死、2.衰弱死、3.凍死etc……とヤバ気なリストをショートカットして、7番目くらいが『食害』である。


 お察しの通り、魔物や亜人に食われてしまうのだ。フェアリーやゴブリンに取り換え子チェンジリングされたらラッキーな方だ。

 知性のない粘魔スライムにじわじわ体外消化されたり、人食いカタツムリエスカルゴの舌歯でごりごり削られたり…その手の亡骸を何度か見たことはあるが、魔族の僕ですら正気SANをごっそり持っていかれる痛ましいシロモノだ。


 が! 幸か不幸か、この世界に魔物はいない!

 地球万歳! ファッキューファンタジー!


 全身全霊の力を込めて念じると、かろうじて真っ赤な紅葉の葉のような手のひらが、どす黒いタール状の粘液に溶け……墨色の細い触手に変わる!


 よーし、よしよし! どうやらこの世界に魔法は無いし、魔族はいないが、僕自身には魔力MPはあるし、魔族としての権能スキルも使えるらしい。こりゃ、ある種のチートだわ。


 僕はか細い触手を芋虫のように伸ばしては縮めを繰り返し、移動を始める。


 躰が動くうちに、何が何でも寒さをしのげる場所へたどり着かなくては……!


 赤ん坊ゆえ、ほとんど目が開いておらず、そもそも見渡す限りの白一面ホワイトアウトでは、視力など役に立たない。

 かと言って、人間の聴力・嗅覚は、比喩表現抜きで犬にも劣ると来た。

 ……となれば触手そのものの温覚おんかくで、温度の高い場所を探すほかあるまい。

 触手の先端に蛇族の第三の目ピット器官と同じ機能を持つ部位を、肉体変異スキルで作成……そしてひたすら探索サーチ……探索サーチ……発見あった


 摂氏36度のほどよくぬくい熱源が――近づいてくる、だと……!?


 あわてて熱源の輪郭を確認すると……ああ、うん、人型だね、どう見ても。

 ちくしょう!ヒューマン! 運命の神々め!オー・マイ・フェイト!

 ――いや、失敬。下品な言葉を使ってしまった。


 人型の――それもおめでたいことに複数の――熱源は、この世界に人間以外の直立二足歩行生物がいない以上、消去法を使うまでもなく、人間に違いあるまい。


 奴らはこちらに気づいたのか、突然移動速度を速め、こちらに急接近してきた!


 僕は慌てて黒触手を人間の赤ん坊の手のひらに戻す。ああ、貴重な魔力MPが! だが、真の姿を見られたら、なぶり殺しにされるのは必定……!


 とはいえ、『赤ん坊』だからと言って、優しく扱ってもらえるとは限らない。


先ほど省略した『ファンタジー世界における赤ん坊の死因』ベスト4以降は――、


4.生贄

5.黒魔術の素材

6.食害(野生動物による)


 ――以上である。


 ベスト4の『生贄』は本当にうんざりするほどよくある現象だ。

 赤ん坊の生贄は信仰心厚い宗教都市ではなくとも、慢性的に需要があって、底意地の悪い……性根のねじ曲がった……(もし腹があれば)腹黒い……(もし骨があれば)骨の髄まで邪悪な……いと高き神聖にして偉大なるクソ神々どもに捧げて、水害や地震を起こすのをやめていただく必要がある。

 さもなければ、百万都市がさらっと滅びるのだからどうしようもない。

 魔族の都や、《百塔のプラーガ》のように多少は進んだ人間の都市では、当然そんな蛮習に屈していないし、神々の種類によっては土偶や祈りで我慢してもらえるケースもある。

 あるいは、あえて都市を築かず、村や集落にばらけて居住し、天災のリスクを分散する方法も最近になって導入されたとか。

 ……まあ、それでも結局、地震・雷・山火事かじ大山風おやじで痛恨の一撃を食らって、根こそぎ全滅させられるらしいけど。


 そしてベスト5は……その、まあ、僕ら魔族の歴史の恥部というか。

 生贄に使うときでもそうなのだが、嬰児みどりごあるいは処女おとめというのは、魔術的に汚染が少ない、ないしはゼロなので、儀式の成功率や成功値に大きく関わる。風の噂で聞いた話じゃ、とある勇敢な処女が邪悪な魔術師をだまくらかして、自ら魔法陣に飛びこみ、一つの魔都を完膚なきまでに崩壊させた例があるらしい。

 ……まあ、そういう例があるから赤ん坊の需要が高まるんだろうね。処女かどうかは見た目じゃ分からないけど、赤ん坊かそうでないかは一目で分かるし。

 黒い雌鶏より赤ん坊の方が安かった時代なんかでは、一部の魔王や高位魔族がこぞって人間の赤ん坊を狩り集め、レベルアップ素材やスキルアップ素材、ランクアップ素材、はては魔剣や魔道具の材料に使いまくったらしい。そういう歴史を考慮すると、あまり例の転生者アンデッドたちを悪しざまには言えなくなる。

 もちろん今ではしていないが……冥王様が禁止したし、代替手段も発見されたし、何より魔族全体の民度が上がったし……そういう歴史があるせいで『魔族ルーリングを見かけたら、とりあえずぶち殺しましょう』が人間側の基本メソッドになっている。

 の僕がの所長になれたあの街が、どれほど先進的だったか、これで分かるだろうか。あるいは、僕の苦労が?


 そしてベスト6は『食害(野生動物による)』である。

 ファンタジー世界の貧民窟スラムなんかじゃ『人間(大人)→野良犬→人間(赤ん坊)』という世にもおぞましい食物連鎖が成立しているらしい。

 つまり、人間が赤ん坊を捨て――その赤ん坊や捨て子ストリートチルドレンを野良犬の群れが捕食し――そうして肥えた野良犬を人間の大人が捕まえて調理して食らい――そうして得た栄養カロリー交尾セックスして赤ん坊を作り――その赤ん坊を捨てる……といったおぞましい食物連鎖である。

 後で知ったことだが、こちら地球・日本の江戸時代エド・ピリオドでも似たような現象があったらしい。後で知ったことだが!


 そして当然、今この僕が恐れているのは、ベスト4とベスト5である。

 ……の、野良犬くらいには何とかギリギリ勝てるし……たぶん……。


 どこぞの邪神の生贄にされるのか、エキセントリックな黒魔術の儀式素材にされるのか……。


 人間たちが近づいてくる。


 聖なるかな!クソ! 狙いは心臓か? きもか? それとも目玉か?

 最近じゃ全身にガラス管をぶっ刺して吸血鬼ヴァンパイアの携帯流動食にされてしまう被害者も増えているらしいが、そっちのパターンか!?


「kya-! aka‐tyan yo! 」


 人間は僕を見るなり悲鳴を上げた。

 

 ああ、畜生、なんて言っているんだ? こんなことなら異世界語も学んでおくんだった。


 僕を見つけた人間たちは、熱源の分布や輪郭から読み取るに、10~20代の女性らしい。


 彼女たちは次々と僕の顔を覗き込み……、


「kawaisouni! kogoeteruwa!」

「ittai darega konnna hidoikotowo! hahaoya ha nani wo kangaeteruno!!」

「sonnnakotoyori hayaku kyuukyuusya wo yobanaito!」

「watasi koubann ni itte omawari‐sann yonndekuru ne!」


 ヤバイよヤバイよ! どう見ても怒り狂ってるよ! 僕が何したっていうんだよ! ただの無害な赤ん坊(元・魔族)だよ!


 人間のうちの1人が僕を雪の上から持ち上げて、捕獲した。


 ……柔らかく、暖かかった。


 少なくとも、今すぐ僕をどうこうしようというつもりはないらしい。それどころか、首に巻いていたマフラーや、自分の着ていた外套コートを僕の躰に巻いて、寒さから守ってくれた。


 単に、素材や生贄を保存するため……というわけではないな、と思ったあたりで、どうやら僕の恥ずかしいステータス異常『狂乱パニック』が、ようやく自然解除されたらしい。


 ここは、地球、です。

 地球に、魔法は、ありません。

 地球に、神々は、いません。


ゆえに生贄にされたり、黒魔術の素材にされる赤ん坊は、いません。


 人間(女性、恐らく少女)に連れられて、軍服のようなものを来た人間(男性、成人男性)が駆けつけ、代わりに僕を抱き上げた。

 どうやら、街の衛士ガードに当たる人物らしいが、そのくせ医術の心得があるらしく、僕の脈を取ったり、僕の気道が確保されているか調べたり、人間(少女)の巻いた布を適切に巻き直したりした。


 その衛士ガードは、少女たちを引き連れ、屋内に移動し、僕を暖炉……?らしきものに適度に近づけ、暖めてくれた。おお、ぬくい、ぬくい。


 うとうと眠りそうになると、ちょうどその頃、甲高い獣の唸り声のような轟音が近づいてきた。

 それは何とも形容しがたい、白く巨大な兜虫のような乗り物で、赤い燈火をまばゆく点滅させ、凄まじい速さで走ってきた。

 恐らく、多趣味な魔術師が戯れに仕立てる“馬無し馬車”と同じ類の機械からくりなのだろう。


 その白い馬無し馬車から、これまた白尽くめの人々が出てきて、僕を衛士ガードから受け取った。


 一瞬、不安になったが、白い衣裳の人間が、手ひどいことをするはずがない、という安堵にすぐ変わった。


 『白衣=善人』という判断は別に迷信ではなく、僕なりに合理的なものだ。

 なぜなら、白衣は白魔術師が着るもので、その理由は『他人の血が服に付いたとき、から』であるのに対し……

 赤ん坊を魔法の素材にするような黒魔術師が黒衣を着るのは『他人の血が服に付いても』からである。


 じっさい、地球の白い人々は、優しく、そして迅速に、僕を馬無し場所の中の揺り籠に設置してくれた。

 そして動き出す真っ白な馬無し馬車……。


 僕はすっかり安心した。

 どうやら異世界転生の最初の難関は突破できたらしい。

 ファンタジー世界の乳児死亡率はおおよそ1000人中20人。中世暗黒時代の大昔に比べれば、減少したが、無視できない数値である。

 こちら地球は、それよりマシのようだ。


 ……にしても、こっちに来てから善人にしか会っていないな。

 僕を見つけた少女たちや駆けつけた衛士ガードは、何の得もないのに僕を助けてくれた。

 仮に神も魔法がない世界でも奴隷商人とか、人買いとか、その手の職業はあるだろうから、小銭目当てで僕を売り飛ばすくらいのことはできたはずなのだが……。

 もしかして冥王様がサービスがわりに幸運LUKのステータスをアップしておいてくれたのだろうか?


 だとしたら、この第二の人生、意外と簡単イージーモード成功クリアできるかもしれないな。


 ……そんなことを考えつつ、僕は見た目通りの赤ん坊らしく、安らかな眠りについた。


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おお魔族よ死んでしまうとはなさけない @THASAIDIN

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