第2話 狩人 対 狩人

 気を取り直してアオイの機体である《プレアデス》の武装を見る。

 《プレアデス》に元から搭載されている腹部高出力収束ビーム砲。背中に長距離射程ビームライフルが一丁だけ縦にマウントされている。そして両手に一丁ずつEO製ハンドライフルを装備している。実弾のハンドライフルの両方に高純化ダガーが銃剣の要領で取り付けられている。さらに両肩に一基ずつ8連装多目的ランチャーが装備されており、脚部にもマイクロミサイルが搭載されている。これと言って特殊な武装はない。

 全部の武装をみると、この機体が遠距離からの攻撃に重きを置いていることが分かる。長距離射程ビームライフル、いわゆるビームスナイパーライフルB S Rのスタンダードなものがメイン武装だろう。ハンドライフルH Rは基本的に左右の腰にマウントしてできるようになっている。両肩にあるランチャーも特筆して珍しい武装ではないが段数が多めのものだ。BSRによる相手の射程外からの射撃で遠距離戦を行い、中距離戦では肩のランチャーで牽制しBSRで仕留める。もしも接近を許したとしても二丁のHRと脚部のマイクロミサイルで牽制するのだろう。HRに着いている高純化ダガーは本当に最後の最後の頼ると言ったところか。


「――中遠距離主体の射撃よりの汎用機だな」


 オレの印象を伝えるとアオイは驚いた顔をした。


「一目見ただけでよくわかりましたね」


 驚きはどちらかというと感心したといった感じだろう。対人戦をやっていると機体の武装を見ただけである程度戦い方を予想しなければならない。その予想もとにかく迅速に行わなければ、次の瞬間には宇宙の塵になっている可能性がある。


「まぁ対人戦をやってるから武装である程度分かるようになるんだ」


「なるほど。シュンくんの言うとおり中遠距離主体で射撃戦が得意になってます。接近戦はちょっと怖いので……」


 オレの解答に得心したように頷いて、オレの予想を肯定するとともに、アオイが少し気落ち気味にさらに言葉を発した。

 彼女の言うように接近戦が怖いと言う人は割といる。なんだかんだ人に対して巨大な機体を目の前にして焦らず操作できる人はあまり多くないのだ。だからアオイのような武装をしている機体は少なくはない。

 角言うオレも接近戦に慣れるまでは目の前に現れる巨大な鉄塊になんどキモを冷やしたかわかったものでない。だがそれも何百何千と回数を重ねるうちに慣れてしまったわけだが……。


「まぁそう言う人は結構いるよ。無理せず楽しむことは大事だしな」


 実際ゲームだし楽しんだもの勝ちだ。装備を揃えることを楽しんでいる者もいるし、ステージの攻略を楽しむ者もいる。


「シュンくんは学校での印象と違いますね」


 オレの下手な励ましに気付いたのだろう。


「……そうかな? あんま変わらないと思うけど」


 学校では確かに仏頂面かもしれないが、それは元々そんな顔だからだ。普通に友達とバカやるときは笑っているはずだ。


「そんなことないです。学校ではムスッとしてませんか? 今はとても楽しそうです」


 彼女の微笑みはゲーム内で作られたモノだと分かっているのにとても魅力的だった。


「悪かったな……ムスッとしてるのは元からなんだよ」


 きまり悪くオレは彼女から顔を逸らした。

 

 そもそも好きなことやってるんだから、自然と楽しそうになるのは当たり前だ!

 いや、なんでこんな言い訳じみたことを心の中でしなくちゃいけないんだ……。


「はぁ……この話はここで終わりだ。取りあえず例の宙域に行ってみよう」


 このままではペースを乱され続けるような気がして、一つため息を吐いてから行動を開始することにした。戦力の確認はあらかた終わった。次は彼女が嫌がらせを受けている場所を偵察することにした。そのアンドロメダのチームと戦うとしたらそこになるのだから場所の確認は必要だ。


「了解です、大尉」


 オレのきまり悪そうな態度に畳み掛けるように彼女は敬礼をする。彼女の初めて見せたお茶目にオレはさらにペースを乱された。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 アオイが嫌がらせを受けているという宙域である宙域第569区に最寄りのEOの母艦から来たわけだが、捨てられた艦がデブリに囲まれた場所だった。かなり広範囲にデブリが散らばっているのは艦の影響もあるのだろう。

 捨てられた艦の名前は『ガイア』。設定上このVF世界で初めて宇宙に飛び立ち、外宇宙に向けて旅立とうとした巨大な艦だ。その艦は当時未確認だったHostile敵性 extraterrestrial地球外 life生命体である通称Helにより破壊され、 乗務員は戦死したとのことだ。『ガイア』は外宇宙どころか太陽系すら抜け出すことなく沈んでしまった。

 結局外宇宙への計画は廃止され、目下の重要問題であるHelの対処に追われることとなったのだ。現在もHelが出現し驚異に晒される状態が続いている。Helの危機に晒されていると言っても、当時より幾分も排除できたため現在はある程度落ち着きを取り戻している。それも対Hel用に開発されたVFの功績だろう。

 落ち着きを取り戻した人類は、またも地球と宇宙に住む人とでの争いが表面化した。今なおそれは続いているのだからこの世界でも人間は愚かなものであるのだろう。


 外宇宙航行艦ガイアに人はすでにいないが物資はそのままとなっている。特定の地点でアナライズすることにより物資が手に入る。宇宙に漂う全長400mはある巨大な艦は沈んでなおその姿は壮観だった。


「実はここに来るの初めてなんだよなぁ」


 ここに来るのは基本的にメインクエストと呼ばれるクエストのために来るのだが、オレはクエストなどお構いなしに対人戦に明け暮れていたためクエストをほぼほぼ放置しているのだ。サブクエストには有用なパーツや素材をくれるものもあるのだが、メインクエストは特にそう言ったものはない。貰えるのは少しの金くらいだ。


「え!? クエストしてないんですか?」


「そういうことになる……」


 呟きはアオイに聞こえたらしく酷く驚かれた。彼女は真面目にクエストをこなすタイプなのだろう。


「てっきりメインクエストを全部終わらせてるものかと……」


「メインクエストは実入りが少ないんだ……前方にHelの群れだ」


 実利の少ないためやっていない。そのためこのクエストの概要を全く知らない。


「そうなんですか……了解です」


 少し納得したようだ。

 僚機である《プレアデス》がBSRを構えて小型のHelの群れを掃討した。オレが口に出す前にすでに《プレアデス》がBSRを構えていたため索敵範囲もこちらの機体よりも広いらしい。通常の《プレアデス》と《アルタイル》の索敵範囲は《アルタイル》の方が広い。しかしアオイの《プレアデス》の頭部にはアンテナのような装置がある。あれが索敵範囲を拡大するための補助装置なのだろう。


「いい腕だな。そういえばフレンドはいないのか?」


 彼女の狙撃はかなりの精度だ。確実にオレよりは狙撃の腕は上ではないだろうか。


「兄とシュンくんだけです……」


 応えは概ね予想通りだった。ゲーム内フレンドがいれば基本的にそっちに面倒事の相談をするはずだ。ましてや学校でやっていることを秘密にしているのだから。


「なるほど、まぁオレも大和とアオイさんだけなんだけども……」


 オレもフレンドは二人だけだ。今まで基本的にシングルの対人戦をしてきたため攻略に行く仲間もいなければチームを組んで戦う仲間もいない。

 若干悲しくなるがしょうがない。


「そうなんだ、シュンくん位強いと引く手数多だと思ってました」


 不思議そうだ。


「オレはシングル専門なんだ。たまに大和と一緒にタッグに行くくらいで、それも連携を取ってなく疑似タイマンで倒してるだけだし」


 実際タッグのランク戦に参戦することもあるが余り上位に行けていない。オレと大和の個人の技量によるゴリ押しだ。ランキングが上がるにつれて相手の技量がそもそも上がり、なおかつタッグの連携をしっかりしてくるため中々疑似タイに持ち込めずに各個撃破されることは多かった。連携をオレたちもすればいいのだが、タッグを本気で取り組んでいないため楽しむため結局そんなことをしたことがない。


「そういうものなんですか」


「そういうもんだ」


 口を動かしつつもアオイがHelの殲滅を完了させていく。オレのビームライフルB Rは中距離までの射程であるため届かない。そのため必然的に索敵範囲ギリギリで攻撃を開始するとアオイのBSRに頼る形になるのだ。


「デブリの密度はそこまでないな」


 人類最初の宇宙航行艦である『ガイア』が鎮座するデブリ帯に入る。広範囲に分布しているデブリは範囲はあれど密度は低かった。


「このデブリ内でよく襲われるんです」


「確かにここじゃあ、そのライフルは取り回しが悪いな」


 スナイパーライフルの関係上、障害物の多いデブリ帯での戦闘は厳しい。そういうときためのハンドライフルなのだが、いかんせん威力は低めだ。実体盾でもあれば完全に防がれてしまう。


「取りあえずメインクエストを進めるか」


 このまま誰も来なければ、クエストを終わらせ、そのままこの宙域に来ることをしなければいいのだ。

 『ガイア』艦内にアオイが入っていくのを見ていると、ノイズが奔った。

 素早くレーダーを確認する。


 この反応、Helじゃない……SCの機体か!!


 レーダーを確認後即座に回避行動をとる。一瞬のロックオンアラートの後に先までいた場所にビームが降り注ぐ。その数11。

 一機相手に過剰なまでの戦力だ。


「アオイさん! お客さんだ!」


 味方だけに伝わる通信で敵機の出現を知らせる。


「え!? すみません、一定時間動けません!!」


 ちょうどアナライズを始めたようで一定時間動けないようだ。クエストのアナライズは使用中攻撃を受けないと中断ができない。珍しく融通の利かないシステムである。通常何もクエストを受けていない状態でのアナライズは中断が可能である。


「やはり、いつものあの機体じゃないな。誰だお前は」


 どうやら相手はアオイがいることに気付いていないらしい。敵機のオープン回線に無言で答える。

 敵機の数は11。一様にSC軍のマークと宇宙海賊アンドロメダのマークが塗装されている。10機はSC軍の初期機である《アベンジ》の発展型汎用機である《アルファルド》だ。

 だが1機体だけ異なる機体がいる。手には何も武装を持っていないが、おそらくSC機特有の腕そのものがライフルであり、手のひらが銃口であるパームライフルだろう。パームライフルはビームサーベルにも変わるかなり汎用性の高い武装だ。弱点の一つは腕部を損傷すると使えなくなるくらいだが、それは通常のビームライフルもビームサーベルも同じだ。そこまで目立つ弱点ではないが、腕部の耐久性が通常の腕部よりも低いことくらいである。そして腹部にも銃口があることから、そこから粒子砲の類を出せるはずだ。

 そして何より特徴的だったのは二本の尻尾だろう。敵機の背部から左右に出ている尾はおそらくテールブレイドだ。


「貴様! オパパ様の質問に答えろ!」


 オレの考察のための沈黙に敵機の搭乗者が怒ったようだ。


「ふっ」


 オパパという名前に笑いが漏れてしまった。クソ真面目にそんな名前に様付けされるのは勘弁願いたい。


「何がおかしい!?」


 敵機がBRの銃口をこちらに向け、発射。ロックオンアラートの前に反射的に左腕を胸部まで上げ、ビームシールドで放たれたビームを弾く。


「いや何、そんな面白い名前に様を付けて呼んでいるのが可笑しかっただけだ!」


 そう言ってすでに構えていたこちらのライフルを数発発射。ライフルを撃ってきた相手と反応が遅れた《アルファルド》一機に命中し爆散する。発射と同時にオレはスラスターをフルで使いこの場から離脱する。9機に囲まれては流石に勝てない。


「散開しろ! 狩りの時間だ」


 その団体の中でのリーダーだろうオパパは冷静に指示を飛ばした。


「貴様よくも!!」


 下っ端の一人が怒りにまかせてオレを追ってくる。乱雑なビームは避けるのは容易い。オレはビームを避けながら大きめのデブリの陰に入る。

 何の迷いもなくレーダーを頼りに敵はこちらに迫る。


「くらえ! ……!?」


 レーダー上でオレが留まっているためそこで待ち伏せしていると考えたのだろう。だがそんな初心者のようなことはしない。敵が驚きを表すと同時に敵機はほぼ真上からライフルに貫かれ爆散。


「残念だったな」


 レーダーはで表示されている。それはどの機体であってもそうだ。の座標は教えてくれないのだ。

 留まっているように見えたオレの機体はその座標の真上を飛んでいた。そしてそれに気付かなかった敵機はレーダーに映っているにもかかわらずオレの機体が消えたように見えたのだ。


「ケイがやられた!?」


「なんだあいつ!!」


 立て続けに味方が二機もやられたため彼らに否応なく恐怖が電波した。


「統率を乱すな!」


 だがオパパと呼ばれた男が一喝すると先ほどの乱れは嘘のように落ち着きを取り戻す。名前はふざけているがリーダーとしては一級品なのだろう。


「だ、大丈夫ですか!?」


 アオイが通信を送ってきた。先ほどの爆発音で心配になったのだろう。


「大丈夫だ。アナライズを続けてくれ!」


 オパパの一喝のあと敵機のオープン回線は聞こえなくなった。本格的にオレを狩りに来たのだろう。

 数の比は1:8だが7機は雑兵だ。行けるはずだ。

 レーダーを確認したオレはデブリを蹴りつけスラスターを吹かす。デブリの表面が数本のビームにより焼け爛れる。

 射線から敵機の位置を予想し、その位置を見るもそこにはすでに姿はない。


「ちぃ」


 デブリから跳んだ先でもビームが待ち受けていた。敵機から放たれるそれを何とか避け、即座に撃ち返す。反応が遅れた一機に命中するも左脚部だけを破壊。

 片足を失った機体はバランスが取りにくくなり機動力が落ちる。

 もう一度ビームライフルを放つも、片足の敵機はうまくデブリの陰に飛び込んでいった。

 まだ相手は8機だ。止まっていたすぐに撃ち抜かれる。エネルギーは無限ではない。最小限の動きで最大の戦果を上げなければこの状況は打破できない。

 戦いがはじまった時とは違い統率のとれた集団はかなり手ごわい。オパパの実力は相当なものだと認めざるを得ない。

 デブリを潜り抜けながらも敵機のライフルを避けシールドで弾き、飽和攻撃のミサイルを頭部バルカンで迎撃する。

 ミサイルは実弾のためビームシールドでは受けることができない。


「ジリ貧だ」


 数回の攻防で反撃を試み、何機かに部位欠損はさせたものの致命打になった攻撃はない。

 避け続けられているのもデブリがあるおかげだ。だが避けられているのもデブリのせいでもある。


 試してみるか……!


 敵機のライフルの雨を掻い潜り、波状攻撃に対しデブリを蹴りつけ強引に機動を修正して避ける。かなり無茶なやり方だがこれしか避ける方法はない。脚部パーツの交換が必要になってくるかもしれない。だが、敵機の隙を見つけるまで粘る。


 焦るな、ほころびを待て……!


 その時は訪れた。

 一機の敵機が攻撃を仕掛け終え小型のデブリに身を隠そうとする。オレのビームライフルの火力では確実にその小型デブリを破壊することはできない。相手はそれが分かっているからそこに身を隠したのだ。


 だが!!


 バレルロール機動でライフルの攻撃を避けると同時に、左右の腰に取り付けられた新武装の砲門を小型デブリに隠れようとする敵機に向ける。オレの機体は回転しながらも新武装、ランケアV粒子収束ビーム砲の二門から朱色のビームが発射する。

 その速度は通常のBRよりも速い、そして太い。狙い違わず小型デブリに着弾、そして貫通。裏に隠れた敵機である《アルファルド》ごと消し飛ばした。


「よし!」


 狙い通りの成果が得られた。思わず声が出る。

 同時に敵全体に動揺がはしる。先ほどまでは完全に封殺していたのに、見せていなかった武装で一気に流れが変わった。


「シュンくん! アナライズが終わりました!」


 流れは完全にオレにある。アオイの通信を聞いたオレは獰猛な笑みを浮かべただろう。


 狩る側はどちらか教えてやる。


「了解。敵はアオイさんに気付いていない。それを利用する!」


 オレは悟られないようにガイアへと進路を向けた。

 少しガイアから離れていたが、戻る道で敵機をさらに3機破壊に成功した。そうとうランケアV粒子収束ビーム砲が効いたのだろうし、もともと部位が欠損しており思うように動かせなかったのもあるだろう。一時的に乱れた統率が戻る前に戦力はある程度削ることができた。

 残り4機だ。

 ガイアの艦橋の影でアオイは狙撃の準備を進めている。ガイア付近は比較的デブリの密度が薄くなっている。そのため射線も通りやすい。そして狙撃機であるために、敵機の索敵圏外からの一方的な攻撃が第一射だけではあるができるのだ。


「準備は?」


「大丈夫」


 よし!


 会敵した座標にオレは3機の《アルファルド》に囲まれる形で戻ってきた。オパパの姿が見えないのが不気味であるが、今はこの3機を処理することが先だ。

 3方向からライフルが向けられる。味方に射線が被らないようにしっかりとなっている。チームワークは確かだ。

 冷静に慌てることなくオレはロックオンアラートの前に急停止を図る。かなり疑似的な大きなGがかかるが構っていられない。

 遅れて3機の《アルファルド》が急停止、そして射撃。先ほどまでは3方向だったライフルも今では一方向といっていい。左腕のビームシールドを最大まで拡大し、近くに着弾しようとしたビームを受ける。残りの一発は急停止のためか、かなり精度が悪く外れる。


「今だ!」


 オレはビーム受けきると反撃のビームライフルを発射、できなかった。

 横合いからのロックオンアラートで回避を優先。大きく回避したオレの機体の鼻先をかすめるように粒子砲が通り過ぎる。

 近くのデブリの陰から狙っていたのだろうオパパが動いたのだ。

 基本的に出力の高い粒子砲は範囲が広いものの発射までにライフルよりも若干のラグがある。そのためアラートに反応してからも回避が間に合ったのだ。


「だが、オレは一人じゃない!」


 その言葉とともに二条のビームが飛来する。その弾丸は長距離というハンデをものともせずに目標に飛来した。

 一つ目のビームは狙い違わず、オレの狙っていなかった機体に命中、下半身を吹き飛ばした。

二つ目は見事敵機のコックピットコアのある胸部に着弾し、一機撃破せしめた。


「伏兵!?」


 敵機全員が驚愕する。

 下半身を破壊された機体はバランスが取りづらい。下半身の無くなった機体は錐揉みしながらデブリにぶつかり自爆してしまった。


「俺の不意打ちの攻撃を避けた上に伏兵とはな! しかもその伏兵はあいつとは、やってくれるじゃねぇかよ!」


 オパパがそう言いながら手のひらのパームライフルで牽制しながら、凄まじい速度でこちらに向かってくる。単純な速度だけ見るとオレの《アルタイル》よりも速いかもしれない。

 オレはビームを避けつつ、時にはシールドで弾きながらも後退する。


「アオイさん! こいつはオレがやるから残りの一機を頼む!!」


 後退しながらもアオイに指示を出す。残り一機はそこまで強敵ではないはずだ。この長距離で彼女に接近するのは至難の技だろう。


「わかりました!」


 当たり前だが、後退する速度は前進する速度よりも非常に遅い。だがこのオパパ相手に背を向けることはできない。的確な射撃の散らし方だ。


「お前が俺に勝てるのかぁ!?」


 オパパの傲慢な物言いは幾多の勝負して勝っている確かな自信からくるものだろう。言葉と共にオパパの機体はさらに急速に加速する。

 そしてその言葉に狂いはないように、かなり空いていた彼我の距離は瞬く間に詰められ、オパパのパームライフルの片方がビームサーベルに変わっていた。


「……!!」


 一種のブーストテクニックだがここまで前兆が分からないクイックブーストは初めてだ。普通は一瞬のためのために失速するのだが、今のはそれが全く見てとれなかった。やつが上位陣であることは間違いない。


「捉えたぞ!」


 オパパのクイックブーストからの袈裟切りにギリギリ対応できた。機体の左腰にマウントされてあったビームサーベルを、左手で逆手に持って袈裟切りを受け止める。

 接触回線によりオパパの声が聞こえる。

 V粒子の反発で閃光が散る。それとともにオレの機体は一気に後方へ押し込まれる。衝撃にコックピットが揺れる。

 後方へ移動していたこともあり、凄まじい速度で押されている。このままではガイアに叩きつけられるため即時に前方へとスタスターの全出力を向ける。しかし勢いはあまり衰えない。


「クソっ!」


 苦肉の策、頭部バルカンで敵機頭部に向けて放つ。頭部のセンサーが火花を散らす。これでメインカメラが付けなくなったはずだ。


「やるじゃねぇか」


 オパパはそう言ってオレの機体の腹部を蹴りつけ距離を取る。


「ぐぁっ!」


 機体全体が先ほどよりも激しく揺さぶられる。蹴り飛ばされたおかげでギリギリでガイアに衝突することはなかった。若干揺れる視界で追撃のパームライフルをランダム機動で避ける。揺さぶられた三半規管が正常に作用していないのはVFの仕様だ。


 無駄にリアルに作りやがって!!


 この時ばかりはそのリアリティが煩わしい。


「よく避けるじゃねぇか」


 獰猛な声が聞こえる。これは狩りを楽しむ者の声だ。


「……なんでアオイを付け狙う」


 ここに来てライフルの嵐が止んだ。オレはオパパを見上げながらも彼女に嫌がらせをする理由を聞く。


「そんなの簡単だ、俺の誘いを断るからさ」


 なにをバカなことを聞く。言外に彼はそう言った。


「何?」


「俺が折角チーム『オーパーツ』に入れてやろうってんだ。感謝をされても断られる理由なんてねぇ」


 要するにチームの勧誘を断られたから腹いせに嫌がらせをしてるということだ。なんともくだらない理由だろうか。そしてどこまでも傲慢だ。

 だがこいつは確かに強い。だから先ほどまでいた部下のような奴らがいてそいつらに慕われているのだ。このゲームの本質は対戦だ。故に力る者が正義である。そしてクランのチームのリーダーというからに見栄というのは重要なものなのだ。


「それよりお前はなにもんだ。俺はシングルランク戦でも最上位陣なんだが?」


 オレが特に反応を示さなかったためにオパパが質問をしてきた。


「……誰でもいいだろ? どうせお前は撃墜ロストされるんだ」


 撃墜ロスト。機体を破壊されてしまった場合になるプレイヤーの状態だ。


「ほお」


 オレの煽りに対してオパパは静かに返答をした。それと同時に一つの光弾がオパパを襲うが、難なく避けてみせる。


「二体一だぞ、逃げ帰ったらどうだ?」


 上半身を後ろに倒し一回転することで避けたオパパ機と目線が並ぶ。


「もう私に関わらないでください!! 迷惑なんです!!」


 残りの敵機を倒したアオイがオレの隣に機体を置く。そして強い意志のこもった声でオパパに対して拒絶の言葉を叩きつけた。

 今までも言ってきたかもしれないが今回は拒絶の絶好の機会だ。


「……二体一? 上等だ!!」


 オパパも流石に怒りが振り切れたように怒声を張り上げた。


「フラれた男がみっともないぞ!!」


 もう一度煽ってから、オレは突っ込んできたオパパの機体に対して応戦する。


「散々めたマネしやがって、お前だけは殺す!」


 怒りに震えた心とは裏腹にしっかり牽制のライフルを撃ってくるあたり、オパパは自称するのも納得するほどの上級者であることがわかる。


「やってみな! ……アオイさんオレがあいつの動きを止めるから側面から狙撃してくれ!」


 挑発の後オープン回線を切り、アオイだけに伝えるように指示を出す。

 先ほどは防戦を強いられたが、今回はオレも黙ってはいない。ビームライフルで応戦する。だが互いにライフルが命中することなく接敵。

 クロスレンジでの格闘戦だ。

 先ほどと同様に左手でビームサーベルを握り、逆手で相手の右手から出力されたパームサーベルを受ける。


「おらぁ!!」


 オパパは声を上げて左手からもビームサーベルを出し、こちらの腹部に突きを出す。しかしそんなことは分かっていたため、右手に先ほどまで持っていたライフルを捨てて二本目のサーベルを取り出し、受け止める。

 これで動きを封じた。


 今だ、狙撃のチャンス――。


「死ね!」


 敵機の動きを止めてオレは油断していた。オパパの攻撃はまだ終わっていなかったのだ。最初の時にも確認したはずだった二本のテールブレイドが左右から無防備なオレの機体に迫る。


「くっ!」


 咄嗟に機体を捻りながら、一本のテールブレイドは掠めるだけで逃れることができた。だがもう一基のテールブレイドは《アルタイル》の頭部を抉り取っていた。


 しくった……!?


 メインカメラがやられて一瞬の暗転。一対一でのこの一瞬が凄まじくそして大きな一瞬となり、勝敗はここで決するはずだった。

 だが同時にアオイからの援護により、オパパは追撃できなかった。そしてその援護射撃の一発は一本のテールブレイドを根元付近から吹き飛ばしていた。


「助かった!」


 流石に油断しすぎたと冷や汗をかきながら、再度モニターに映ったオパパ機に集中した。


 次はヘマなどしない。


「ちぃっ!」


 唸るオパパと体勢を立て直したオレに一瞬の停滞。オレは再度オパパ機に接近する。

 幸い頭部以外は無事だ。クイックブーストで接近した《アルタイル》は右手に持ったビームサーベルを袈裟切りに振るう。

 難なく反応して受け止めてみせたオパパは、カウンターの右下からの逆袈裟切りを放つモーションになる。

 これを受けたら先ほどの二の舞だ。同じ轍は踏まない!


「もう一度ぶちこんでやるよぉ!!」


 オパパが吠える。


「悪いな!!」


 オレは先ほどと同様に、左の逆手に持ったビームサーベルを最大出力で振り上げた。その神速の一撃は、カウンターをしようと構えたオパパ機の右腕を肩口から切り裂いた。


「クソがあ!」


「もうは二本しかないぞ!」


 オパパは右腕が欠損しただけではまだ冷静に対処して来たであろう。

 だが、オレの挑発に応えるようにしてオパパはテールブレイドを動かし、オレの機体に攻撃を仕掛けてきた。

 オパパは冷静さを挑発によって失ったため、腹部の粒子砲を使わなかったのだ。発射にラグがあるものの至近距離で撃たれて無傷で済む自信はなかった。

 

「お前相手は二本で十分なんだよぉ!!」


  テールブレイドを振り抜いた左手のビームサーベルを戻すことによって受け止める。テールブレイドは対ビームコーティングがされているためかビームサーベルで切り裂けない。もしくは粒子を表面に纏っているのだろうか。

 頭の片隅でそう考えていながらも自然と機体を操作する。

 表面上焦りはないオパパだがすでに片腕と片尾がないのだ。満身創痍には変わりない。

 この鍔迫り合いが最後だ。

 怒りが極まった状態で、完全にオレに気を取られたオパパ機に再度一条の光弾が飛来。

 だがさすがと言うべきかオパパ機は寸でのところで上半身への着弾は避けた。しかし左足の膝先が吹き飛ぶ。


 二体一だといっただろ?

 

 だが、つくづくアオイさんの狙撃は一級品だ。オパパが欲しがるのも分かるな。

 オレの機体とオパパ機に少しだけ間合いが空く。オパパは必死に姿勢を戻そうとする。こいつほどの腕ならば一秒でもあれば姿勢制御が終わっていただろう。しかし姿勢制御に要したその一瞬の隙を見逃さずはずもなく、オレはオパパ機の腹部に蹴りを入れる。ちょうど最初にやられた蹴りを全く同じにやり返したのだ。


「てめぇ!!」


 意趣返しの意味が分かったのかオパパが吠える。ただでさえ片足により制御の効きにくいオパパの機体は、オレの機体の蹴りにより完全に制御不能になり、錐揉みしながら飛んでいく。


「もう絡んでくるな! あばよ!」


 オパパは制御が不能になった最後の足掻きに、腹部粒子砲を放つがそれはやはり見当違いの方に飛んでいく。

 オレ無様に飛んでいくオパパ機を見下ろすようにして腰のランケアV粒子収束ビーム砲を放った。


「お前ええぇぇえ――――!!!!」


 そのビームはろくなマニューバもできないオパパ機をオパパの怒号ごと消し飛ばした。

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