第1話 手紙

 朝登校すると、オレの下駄箱の中には見知らぬ手紙が丁寧に包まれた状態で入れられていた。裏面を見るとオレ宛だと分かった。

 寝不足の頭は迅速に下駄箱に記された番号を確認させた。間違いなくオレの下駄箱である。確認すると同時に顔を若干歪めてしまった。今時こんなベタベタな展開が起きて、もしかしたら!っと喜べるほどオレの人間性は純粋無垢ではない。そもそも時代が30年は古いやり方だった。

 何かの嫌がらせだろうというのが真っ先に思いついた。犯人の心当たりならある。悪乗りの好きな奴であるから、こういうしょうもないことをしでかす可能性は大いにあるのだ。

 ため息を一つ吐く。

 下駄箱に下足を入れ、中に入っている上履きと件の手紙を取り出す。


「おっはーしゅん! ん? ……なんだそれ?」


 犯人と思しき人物がタイミングよくオレの肩を叩く。その顔をまじまじと見てやるが珍しくニヤついた顔をしていない。


「おう、お前の仕業じゃなさそうだな」


 悪乗り好きな友人、瀬良大和せら やまとはポーカーフェイスをどこかに置いてきたような人物であり、基本的に感情が顔にでる。そのためこのようないたずらをした際には分かりやすいほどニヤついた表情になるのだが、現在の顔は少し驚いた表情だ。


「? それよりそれラブレターか!?」


 しかしそれも次の瞬間にはニヤついた表情になっている。


「大和じゃあるまいし、オレにそんな高尚なもんは届いたことがないぞ」


 そう言い残し、肩にかかった手を振り払って教室に向かう。鬱陶しい目線を背に受けながら。

 教室に入り、件の手紙の封を切る。裏にはちゃんとオレ宛であると書かれているから開けてもいいだろう。

 中に入っていたのは、何とも愛想のないパソコンで印刷された紙が一枚だけだ。外装の文字もプリントされたものだったので予想はついたが……。本当に色気のない手紙だ。


『今日の放課後、駅前の像で』


 手紙の内容も簡潔だ。駅前に立つ謎の銅像に来いということだろう。差出人の名前は書いてない。

 放課後とは何時のことを指しているのだろうか。オレは部活に所属していないため放課後になったら迎えるが差出人はどうなのだろうか。

 などという実に役に立たないことを考えながら授業を待つ。

 ホームルームを告げる鐘が鳴った。


「隼、手紙はなんて書いてあったんだ?」


 もう一度大和の顔を見やるが特に何かしらを企んでいるという節はなさそうだ。


「放課後に呼び出しだ」


 昼休み。机を大和とくっつけて弁当を食べていると、思い出したように大和が問うてきたので正直に答える。


「マジレター?」


 マジなラブレターと言いたいのだろう。


「なわけ」


 少しテンションの上がった大和には悪いがこの無機質な文を見ても同じことが言えるのだろうか。


「……これはないな」


 がっかりだと言わんばかりに大和のテンションが直下した。

 放課後。


「瀬良~、瀬良大和~。職員室来てくれ」


 などと大和は先生に呼ばれて手伝いをさせられるようで、放課後の呼出には着いてこないようだった。

 学校から駅前まで歩いて15分ほど。特に坂もなく移動するにも苦になる場所はない。自転車で駅に向かうオレは5分ほどで駅の駐輪場に到着した。


「げっ、100円金かかんじゃん。駐輪代くらいタダにしろよ」


 律儀に呼び出しに応えたのも単に暇だからだ。プレイヤーメイドのあの武器も今日の夜まで完成しないこともあり、特に今日急ぎでやることもなかったのだ。

 駅前の広場にある誰かこの地に縁のある人物の銅像の前のベンチに座り、炭酸飲料を飲みつつ、スマートフォンを弄っていると影が差す。


風見かざみくんですか?」


 どこかで聞いたことがあるような心地のいい声がオレの名を呼んだ。


「……そうですが」


 若干返答に間が空いてしまったのは、透き通るような声音に自分の名を呼ばれ一瞬虚を突かれたためだ。そして返答が遅れた本当の理由は、声の人物が学校での有名人である葉月葵はづき あおいが立っていたからだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 葉月葵は隣のクラスの人間である。しかしその知名度は学校内に留まっていないレベルで有名だ。何せ非常に顔が良い。下ろしたら肩甲骨の下あたりまでありそうな黒髪はバレッタで留められている。その黒髪は絹よりも肌触りが良さそうなほど線が細い。

学校指定のブレザーの袖からベージュ色のカーディガンがチラリと見える。スカートも膝上数センチのスカートもこれまた学校の指定の長さだろう。

 目鼻立ちは整っているのは勿論だが、若干釣り目気味なところもポイントが高いらしい。確かに特殊な人間でもなければ10人が10人美人というだろう。

 イラッとくるが大和と並んだらさぞ絵になる男女だろう。まぁあいつは性格がアホなので結局釣り合わない。

 そう、葉月葵はクラスの男子や女子の言うことを信じるに性格もいいと聞く。まさに完璧な美少女女子高生なのだ。そもそも女子が女子を邪気なく褒めるなどよほどのことがない限りないだろう。大抵は嫉妬により蹴落としあうのが彼女らなのだ、というのがオレの持論だ。つまるところ男子には女神と呼ばれ、女子には頼りにされる存在であるからに、本当に葉月葵は性格がいいのだろう。

 まぁ完璧に猫を被っているという可能性もあるけど。などと我ながら性格の悪い考えをしていると、駅前から少しだけ離れたこじゃれたカフェに葉月は迷いなく踏み込んだ。こんなカフェは一人ならば絶対に入らないだろう。そもそもどこであってもカフェを一人で利用することはないのだが。

 葉月が注文するのに合わせてオレもレモンティーを注文する。注文したレモンティーとストレートティーが届くまでお互いに口を開くことはなかった。そもそもこちらには用事がないのだから話を切り出してもらわねばならない。


「改めて、初めまして風見くん」


 届いたストレートティーを少しだけ口に入れた葉月は挨拶から入ってきた。とても物腰の柔らかな印象を受ける挨拶は、ひねくれたことを考えていたオレでさえ、とても育ちがよさそうだと何の理由もなく思ってしまった。


「……初めまして、葉月さん」


 こちらもレモンティーを口にしてから挨拶を返す。

 葉月は去年も今年も別のクラスであり、特に接点もなかったためこうやって会話をするのは本当に初めてのことである。こちら側は何度もその姿を見ているのだが、彼女も俺のことは一応知っていたのだろうか。


「今日送った手紙は読んでくれましたか?」


 あの無機質簡素な手紙のことだろう。こんな印象を受けるのに手紙はあれほど事務的だとは……。


「それで用件は?」


 本当のところ美少女との会話は心躍るものがあるのだが、葉月の態度や手紙からして色恋沙汰といった甘酸っぱい展開になりそうもないので、オレは質問をすっ飛ばした。そもそも読んでいなければここに来ていない。


「実は風見くんに頼みたいことがあるんです」


 少し憂いのようなものを含んだ顔になりながらも声だけははっきりしている。彼女の前髪が少しだけ目を覆い、目線が分かりにくい。

 一々巧い。


「頼み?」


 学校の人気者というか平易に言えばアイドルである彼女の頼みとは何だろうか。ベタな展開でいくとストーカーについてとかか。こんなかわいい女の子だ。ストーカーの一人や二人ついていてもおかしくないだろう。

 いや、おかしいか。いや……。

 真顔で至極くだらないことを黙考する。だがそれをオレに頼むには接点がなさすぎるし……。頼みがなんなのか全くわからずに思考が堂々巡りに陥る前に彼女は答えた。


「今VFで困ってるんです」


 葉月はかなり力なく言葉を発した。とても簡潔で分かりやすい。

 そうとう困っているのだろう。などと他人事のように言葉を聞いたが。

 

 ん? 今彼女はヴァリアブル・フォースVFと言ったか?

 

 というか葉月もVFをやっているのか。ゲームで困っているから助けてほしいということか?

 しかし、攻略サイトを見ればある程度のこと解決するはずだ。機体から武器まで現行あるものは概ね画像付きで性能が説明されている。さすがにプレイヤーメイドの品を網羅しているところは皆無なのだが。

 というかオレがVFをやっていることはなぜ彼女は知っている。そこまで口外していることではないはずだ。オレは頭に疑問符を抱えながら返答した。


「なるほど」


 考え過ぎで至極無難な返答をしてしまった。何も得心などしていないが一応は悩みを聞く心持ちになる。


「現在攻略している宙域にPK集団プレイヤーキラーが現れてしまって嫌がらせを受けているんです。私のレベルでは到底太刀打ち

できません……」


 言葉が進むにつれて語気が強くなる。その表情は悔しさだろうか。いつも微笑んでいる印象がある彼女のこんな表情を見るのがとても新鮮だった。

 しかしPK集団か、昨日もそういった輩から人を助けたばかりだ。別に頼まれたのならPK集団から葉月を救うことなどやぶさかではない。


「話は分かった。そいつらをどうにかして欲しいってことだよな。けど、なんでオレを選んだんだ?」


 オレが彼女に頼まれる理由がわからない。

 彼女とオレはクラスが違う。VF内の知り合いに頼むことだってできるし、彼女のクラスにも男子がおりVFをやっているものなど結構いるだろう。彼女が頼めばクラスのVFをやっている男子全員が彼女の味方となってそのPK集団とやらと戦うだろう。それくらいにはVFは流行っているはずだ。オレのクラス内でも把握しているだけで男子の5割はやったことがあるほどだ。


「風見くんがとても強いと聞いたからです」


 オレは学内でVFのアカウントのことを話さない、話したことはないはずだ。


「……出処は大和?」


 唯一の例外は一緒にVFをやる友人である大和だけ。あいつはオレのアカウントとその強さを知っている。

 そして何よりあいつは口が軽い。それはもう綿よりも軽い、何ものにも負けない軽さを持っている。

 大方隣のクラスに遊びに行っている時にポロっとこぼしたのだろう。

 誰かに何々教えてと言われれば二つ返事で教えるレベルで軽い。そのくせ自分の情報は中々話さない。

 所謂クズなのだ。


「はい。偶然クラスにいた時に聞きました」


 やはり情報源は大和である。これからはあいつに余計なことは話さないことにしよう。そうしよう。


「別にPK集団を退治するのは構わないんだけど」


 どうせ今月の公式戦の前に対人戦で新武装を試しておきたかった。それにはうってつけの場面である。

 彼女のクラスの男子がどれほどの強さかは知らないが、オレより強いとなると最上位ランカーに限られる。そんな人がいるとは聞いたことがなかったので普通にVFを楽しんでいる人たちだろう。


「本当ですか! ありがとうございます!」


 トドメに学校のアイドルと言われている葉月の笑顔を見たらやるしかないと思った。

 まいったな、こりゃ確かにアイドルだわ……。

 オレもファンの一員になりそうになるほどの屈託のない笑顔だ。一体どれだけの男がオレのような心情になったのだろうか……。


「いろいろ聞きたいこともあるし今日の夜ゲーム内で会おう」


 自分自身のセリフがどことなく軟派ナンパ野郎に聞こえるのは気のせいだろう。


「そうですね。これ私のアドレスです」


 嬉しそうに頷いた葉月はスマートフォンの画面をこちらに見せる。そんな期待されてはこちらも頑張るしかない。


「了解」


 コードを読み込む。チャットアプリを起動し、テストという文面を葉月に送る。


「大丈夫みたいですね」


 さきほどとはうって変わって元気を取り戻したようだ。そんなに簡単にオレを信用していいのかと、信用されている側のオレが心配になってしまう。確かに腕には自信があるが彼女はそのことをどこまで把握しているのだろう。

 学校内でも誰かの手伝いをしている姿をよく見るが彼女は相当人がいいのかもしれない。

 まぁ大和がオレの戦績などについてすべて喋ってしまっている可能性は否定できない。葉月に教えてと言われたら大和でなくてもうっかり口を滑らせてしまうだろうし。


 その後適当なおしゃべりをして、紅茶を飲み終えたオレと葉月は別れた。

時刻は21時。カフェの帰りの後、連絡を取り合った結果彼女はこの時刻を指定してきた。何時なんじに終わるかわからないためオレは夕食と入浴をすでに済ませた。

ヘッドマウントディスプレイと装着。大分小型化されたのだがやはりまだ大きい。そんなことを思いながらも体を横にして起動した。


 暗転、そして荒いポリゴンが周りを埋め尽くしたかと思った時にはすでに見慣れたガレージにいた。

 オレの愛機であるVFがそこには鎮座している。全体的に濃い赤色で塗装されたその機体はやはり派手目である。コックピットユニットの場所だけが黒く塗装され、ポイントポイントに黒の線が入ったり白の線が入ったりしている。

 全高12.80m。機体番号EO.005 機体名称は《アルタイル》。

 現在の武装は右手に握られたヴァリアブル・ライフルA。両手の甲に一基ずつある有線式アンカーダガー。両腰一基ずつに取り付けられたイグニス・ビームサーベル。頭部の左右眉間にある25mm近接防御火器システム、いわゆるバルカンである。左腕の肘付近に取り付けられたアイギス・ビームシールド。

 そして今日完成したばかりのランケアV粒子収束ビーム砲が腰から下向きに伸びている。発射する際は角度を調整して前方に発射する。ビームサーベルはこれにマウントされている。

 先ほど取り付けたばかりの腰部のビーム砲が中々様になっているのを見て、ひとりニヤついてしまう。

 これで本格的に公式戦に乗り込める。金のかかる武装だったがその分性能は折り紙つきであると行きつけの武器職人プレイヤーに言われた。その言葉通り、スペック表をみるとエネルギー効率は普通だが威力・射程・速射性・連射性などが高水準となっていた。

 VFが始まって二年がそろそろ経つが、その中でも確実に上位に入る汎用性があるビーム砲である。

 自分のガレージで機体を見ているとメッセージが届いた。相手は勿論、夕方に話したばかりの同級生葉月葵――アオイであった。

 そのメッセージに返信すること十数秒。フレンドになったアオイが独特な転送SEとともにオレのドッグへと現れる。


「こんばんは」


 現実の葉月葵とは違い髪の色は少し明るい茶が混じっており、肩口で髪が切りそろえられている。目鼻立ちはスッと通っており形がいい、これは現実の葉月と一緒だ。髪色以外はあまり現実の葉月と変わらないが、髪色と髪型で印象がかなり違う。胸の階級章には准尉のマークがあった。まったくの初心者というわけではないようだ。

 あと胸が心なしか現実よりも大きい気がした。

 いや確実にでかい。

 現在パイロットスーツ姿のため、かなりピッタリとタイトな衣服なのだから自然と胸に目線が行くのは、誰が責められよう!


「こんばんは。これがかざ……シュンくんの機体ですか?」


 風見くんと言おうとしてゲーム内であることを思い出し、葉月がアバターの名前で呼び直した。どうやらオレの邪な視線は勘づかれなかったらしい。


「ああ、オレの機体の《アルタイル》だ」


 ゲーム内の機体であるオリジナルの機体を作る際、素体であるフレームとセットの外装はいくつかあるものから選んでいる。そのため大抵のプレイヤーはその素体フレームの名前を機体名としたり、それに関連させた名前などにしていることが多い。元のフレームが同じでも装甲や武装が人によって千差万別であるため、外見で判断するのは案外難しい。

 オレの《アルタイル》も初期と変わらないのは頭部と腕部くらいのもので、他のパーツはより高性能で相性のいいパーツに変更されている。


「《アルタイル》……」


 聞き覚えのない機体名であるとアオイの横顔が語っている。


「《アルタイル》はランキング戦100位以内になったことの報酬でもらえるやつだよ」


 ランキング戦の報酬は毎回もらえるものとそうでないものがある。機体フレームはそうでないものであり、何種類かある中から好きなものを一つが送られる。選ばなかった機体はそのアカウントでは手にすることはできなくなってしまう。トッププレイヤーでなおかつ《アルタイル》を選んだ人がこれを公開していないため、案外この機体は知られていない。他の機体も公開されているモノはされているし、されていないモノはされていない。


「100位!? やはりシュンくんは強いんですね!」


 オレの機体をまじまじと見ていたアオイはこちらを向いて驚きを顔に出していた。


「ああ……ありがとう」


 純真無垢な褒め言葉にたじろいでしまった。


「それで、アオイさんの機体は?」


 気を取り直して、彼女の機体も確認する。敵を知ることも重要だが自らの戦力の確認も重要なことだ。


「あ、はい」


 オレ言われて彼女は思い出したかのように中空に表示させたモニターを操作した。オレのガレージには5機格納が可能となっている。これはかなり少ない格納可能数である。現在使用されているのは第一ハンガーと第二ハンガーだけだ。第一は主機である《アルタイル》。第二は《アルタイル》の前に乗っていた機体だ。

 彼女の機体が第三ハンガーに現れる。


「……《プレアデス》?」


 純白。

 第一印象はそれだった。武装以外は白色で統一されていた。

 オレがかつて乗っていた《プレアデス》とは違い、とてもきれいな外装だ。ハンガーに格納するたびに塗装をし直しているのだろう。オレが操っていた《プレアデス》とは兵装がほぼ違うものの機体データを見るとそれが同一フレームであることが分かった。


「そうです。《プレセペ》の後継機でクセもないからって聞いたので」


 アオイの言っていることは正しく、ゲーム開始時に所持している《プレセペ》から乗り換える機体として、オススメされているのが後継機の《プレアデス》だ。

 《プレセペ》の正統な後継機という設定で、《プレセペ》の各部機能をそのまま強化し、後付けで様々な武装を取り付けることができる。相性の悪いパーツはほぼないため初級者から中級者果ては上級者でもこの機体を好んで乗っている者がいるほどに優秀だ。


「オレも《プレアデス》はいい機体だと思う。器用貧乏と言う人もいるけど、汎用性が高いってことで一定のパフォーマンスは確約されてるわけだし」


 やれることが多いってのはいいことだと思う。

 特化機は自分の得意な場面になれば無類の強さを発揮できるが、汎用機は様々な場面で臨機応変に力を出せるのだ。


「聞いたことは間違ってなかったです」


 なぜかホッと胸をなでおろす様な仕草をしたアオイを見て、一つの疑問が生まれた。


「……ちなみに誰に聞いたの?」


「瀬良くんが私のクラスの男の子たちに話しているのを聞きました」


 話したではなく話しているところを聞いたのか。


「アオイさんは……学校でこれやってること秘密にしてるの?」


 生れた疑問を正直に口にした。正直大和もオレ並に強い。態々オレに回りくどく頼む必要などないのだ。

 だが……。


「……はい。実は、兄の影響で初めて」


 やはりアオイは学校ではゲームをやっていることは秘密にしているのか。それもそのはず、オレは彼女の話は毎日と言っていいほど聞くものの、彼女がゲームをやっていることなど聞いたこともなかった。

 大和に頼むと口が軽すぎる男なのですぐに周りに言われるだろう。ある意味オレに頼ったのは英断だったのではないだろうか。オレは他人が秘密にしていることを殊更ことさらに開示しようなどと思わない。


「なるほど」


 オレの質問の後に付け足したアオイの言葉で純粋に思ったことをさらに聞いた。


「ならお兄さんに頼めば……」


 兄弟の影響で始めたのならその影響もとに頼むのが一番手っ取り早いと思ったが。


「兄はどうやらそのクランに所属しているらしくて……」


 つまりアオイの兄はクランに所属はしているものの、それを止めることのできるだけの地位をクラン内で持っていないのだろう。もしくは同クランというだけで知り合いでない可能性もある。

 そもそも、クランは左官にならなければ作れないものである。VFが始まって2年経った現在でも左官はプレイヤー人口の0.001%ほどしかいないと言われており、最高階級は中佐である。オレの階級は大尉なので相当上の階級ではある。

 クランは現在そこまで数多の数が存在している者ではない。中には身内だけで少数で結成されているクランもあれば1万人規模でクランメンバーが存在するものもある。

 そのためアオイの兄が多くのクランメンバーを有したところに所属している場合、全く知らない人物が同じクランメンバーである可能性など当たり前なのだ。


「そういうことね……。そういえばその嫌がらせしてくるクランって?」


 オレに頼った理由がはっきりと分かり、本題に入るために質問をした。結局カフェでは何も煮詰めることなく解散となったのだ。


「『宇宙海賊アンドロメダ』っていうクランです」


「は……マジか」


 オレは多分、いや確実に呆けた面を彼女の前に晒しているだろう。

宇宙移民軍S C最大規模のクラン『宇宙海賊アンドロメダ』。VF内で最も早くに立ち上げられたクランであると同時に、このVF内で最も多くの人数を擁する超弩級クランである。クランリーダーはジョルジュという人物であり、現在中佐である。

 その本文はプレイヤー対プレイヤーである。名前の通りVF内で海賊まがいの活動を行うクランで、主にSCに対立する地球連盟E Oに所属するプレイヤーを狙っている。

 まぁ要するに世界規模のクランであり、その所属人口は5桁を軽く超えているのだ。そんなクランに所属している、所謂いわゆる『チーム』に狙われているとは災難だ。


「やっぱり無理でしょうか……?」


 オレの反応を見てアオイは不安そうにこちらを見て、問いを投げかけてきた。


「いや、大丈夫だ。アンドロメダと言っても下っ端とか無名な輩もいる」


 大方そう言うやつが嫌がらせをしてることが多い。昨日も襲っていた集団はアンドロメダに所属していた者たちだ。虎の威を借るってやつである。

 アンドロメダのクランマークは、銀河のような絵の上に蜘蛛が乗っている独特のクランマークで、このゲームをやるものならば誰でも知っているレベルで有名である。


「ありがとうございます! やっぱりシュンくんに頼んでよかった」


 折り目正しく礼をするアオイに少し押され気味になってしまう。こんなにもまっすぐに言われるとは。


「まぁまだ解決してないから、終わった後になんか適当なお礼でもしてくれればいいよ」


 そういって邪気のない彼女に向けて苦笑いを返した。

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