女友達、横恋慕


今日もコンビニでバイト。


「あれぇ?こんにちは!」

あ。ええと、妖怪彼女の人間友達さん。こんにちは。

「ここでバイトされてるんですねー」

はぁ、まあ。392円のお釣りになります。

「あ、どうも」

ん?今なんかお釣りを渡す手をさわっ、てされたぞ。

「がんばってください。また来ますね♫」


……成る程。魔物っちゃ魔物だ。



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妖怪彼女の人間友達が最近よくバイト先に来る。

ほぼ二、三日おきくらいのペースで。


いらっしゃいませー。

「あ、いるいる」

彼女は人目を憚りながら僕に小さな包みを渡してきた。

「よかったら休憩の時に食べてください」


……うーん。こんなこと続けてたら、食べられるのは君だぞ。



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妖怪彼女の女友達(人間)の様子がおかしい。


なんつーか……正直モーション掛けられてるっぽい。


「いいのよ」

妖怪彼女は意外に普通に、さらっと言った。

「あの子は人間。その方がいいのかも。選ぶのはあなただわ」

僕はムッとして言い返した。


あのな。僕はもうとっくに選び終わってるんだ。



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妖怪彼女の女友達(人間)に好かれてるっぽい。


と、思ってたら十日ばかり顔を見せない。ほっとしつつ少し心配になった。

もしかして病気かな?とか思ってたら。


「こんにちは」

お、来た。僕は少し安心した。

「あ!私が来て、初めて嬉しそうにしてくれた」


……こいつ。妖怪より余程恐ろしい相手なのでは。



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久々に妖怪彼女と休みが重なった。


なんか疲れてる……主にあの女友達(人間)のせいで。


「明日どうする?どこか出掛ける?」

と、彼女。


……一緒にいたい。

「そりゃあ一緒にいるわよ。で、どこ行くのって話」

一緒にいたい。

「あのねぇ、だから……きゃっ」


僕は彼女をきつく抱きしめた。



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妖怪彼女と久々に一緒の休み。


外は雨。レンタルDVDをだらだら観てる。


お願い、なんだけどさ。


「何?」

時々でいい。妖怪モードの君によっかからせて。

「……」

僕の前だからってずっと人間でいないでいいんだ。巨大毛玉の君も好きだよ。

「クッション料は取るわよ」


……具体的に幾ら?



---------------



「こんにちは」


バイト先にまた妖怪彼女の女友達(人間)。


いらっしゃい。

「誤解されてるみたいなんで一応言っときますけど」

はい。

「私、彼氏います。とってもラブラブなんです」

はあ。

「でも、もしいなかったら多分好きになってました。終わり」


彼女は照れながら小走りに出て行った。



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……ってことがあったんだ。


妖怪彼女はふーんと鼻を鳴らす。


「それ、私に言わないとダメ?」

いや、一応。

「あなたのことは信用してる。だからもう私にあの子の話はしないで」

それで君は不安にならない?

「気分悪くなるよりマシ。最悪の事態の時、護り切れる?」

君を?

「あの子を、よ」



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バイト仲間が盲腸で僕のシフトが急増。


学校では互いの友達とつるんでるので、妖怪彼女と過ごす時間が大幅減。

それでも彼女は時間を作ってはアパートに来てくれて、家事を手伝ってくれる。

実は何より嬉しいのは、夜勤から帰ったら巨大毛玉の状態で眠っていてくれることなんだけど。



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帰宅。お風呂から上がり寝巻きに着替える。


ミネラルウォーターを飲んで歯を磨くと僕は毛玉モードの妖怪彼女にそっと寄り掛かった。

「ん……お帰り」

起こしちゃった?ごめん。

「いいの。お疲れ様。……寒くない?」

そうだな。少し。


途端に彼女の毛はわさわさと長く伸びて僕を包んだ。



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妖怪彼女毛玉モード。彼女に寄り掛かり彼女が伸ばしてくれた毛にくるまれて微睡む。


僕は君に包んで貰えるけれど、僕は君を包めない。不公平だね。

「そうでもない。あなたを包むのは私の特権、と解釈すれば」

いつか言ってたクッション料は?

「じゃあ……あなたの魂で」


やっぱり不公平だ。それはとっくに君の物だもん。



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妖怪彼女の毛玉の毛。ブラシを掛けたりしたい。


で、ペットショップで後輩とバッタリ。

「あれ?先輩!」

おう。

「犬用ブラシっすか?これなんていいっすよ。俺の実家はずっとこれで。生え変わりの季節とか面白いように毛が抜けます」

あ、そうなんだ。参考にするわ。

(……やっぱ人間用にしよう)



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妖怪彼女は今日はバイト。

一人で部屋にいたら携帯に母から電話。


「もうすぐ誕生日やろー?郵貯にお金入れとくけん、なんか美味しいもんでも食べ」

ありがと。助かるわ。

「どうね大学は。彼女できたね?」

おるよ。彼女。

「へぇ!どんな子?」


どんな……えーと怪物級のべっぴんさんかな。



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臨時収入とバイト代でぽちった海外有名ブランドのヘアブラシが届いた。


バイト明け。毛玉モードの妖怪彼女に寄り掛かりながら、猪毛のブラシを優しく掛ける。

「あら……新しいブラシ?」

ん。君用に買っちゃった。

「幾らしたの?」

……2万6千円。


その後、僕らは初めてケンカした。



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巨大毛玉に変身する妖怪彼女を愛する僕は臨時収入を得て、毛玉の彼女をブラッシングする為に、有名ブランドの高級ヘアブラシ(2万6千円)を購入する。

しかしその値段を知るや怒り出す彼女。

人間に戻ってお金の使い方について説教を始める彼女を前に僕が切り出した反論とは--。



---------------



「お母様があなたの誕生日にと入れてくれたお金でしょう?それを2万6千円もするブラシって……。きちんとあなた自身の物を買って、その旨お母様に報告して御礼申し上げるべきだわ。違う?」


……くっ。妖怪彼女から人間社会の義理と道理について正論で責められるとは……。


確かにブラシ一本に2万6千円は一見高い。

「当たり前よ」

けれどこのブラシを僕が残りの人生……60年余り君の毛髪を梳かすのに使い続けるとしたら?年間では434円前後。このメーカーのブラシは一生物なんだ。しかも使えば使うほど程よく優しいブラシになる。格安だ。

「……」

そして、僕の母だが。

「どうやって説明して、どう御礼をするつもり?」

僕が恋人に上等のブラシを買ったと知ったら喜ぶのが僕の母だ。

僕に恋人がいることに安心し、僕が自分より恋人の為のものを買ったと知れば褒めてくれるだろう。

「……」

ついては、『彼女も喜んでくれたよ、ありがとう』と母に言いたいんだけど。

「……いいわ。今回は誤魔化されてあげる。でも今後、私が関わることで高額の出費をする時は相談して。私に善かれと思っても」

わかった。約束する。

「お母様にもきちんと御礼をね」

うん。勿論。

「じゃあ、この話はこれで終わり」


……ブラシしていい?


彼女は黙って毛玉に変じた。



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これまでのあらすじ。

妖怪彼女の正体は巨大な毛玉の妖怪。

だから別れようと言う彼女を僕は黙って抱きしめて、僕らの仲は続いてる。

妖怪彼女の女友達から掛けられるモーションを躱し、良かれと思い購入した高級ヘアブラシが発端の喧嘩も乗り越え、数日平穏な日々が続いたが……。




雨の夜。


バイトから帰ると妖怪彼女の女友達(人間)がびしょ濡れでドアの前に座りこんでた。


「どしたの?」

「……彼氏に振られてしまって。なんとなく……会いたくなって」

彼女は泣いてるようだった。

むむ。ほんとかなぁ。僕の部屋の電気は消えてる。妖怪彼女が居るかは分からない。

どうする?僕!


「とりあえず……着替えは貸すよ。タオルも。ここで少し待って」


鍵を開ける。まずい。いつものように、きちんとそろえて置いてある妖怪彼女の靴。奥で毛玉モードで寝てる……のか?

電気は点けず着替えを持って玄関にもどると、人間友達はちゃっかり玄関の内側に。


「えーと、悪いんだけど……」


言いかけた言葉を無視して、彼女は僕に抱きついた。

咄嗟に僕が抱いたのは怒りだった。


こいつ!今迄の色々は全部ここに持ってく為の前フリか⁉︎


前後のシチュエーションを踏まえれば、この流れを断ち切ってこの子を追い出せる男はそうはいない。

(あんな顔して魔物っちゃ魔物なのよね。誰かの彼氏にばかり手を出すの)

妖怪彼女からの前情報がなかったら、僕もこれ程の確信を持って、こいつの本性を看破できなかっただろう。なんて奴だ。


僕が女友達(人間)を振り解こうとした、まさにその瞬間、何かが部屋の奥で動く気配があった。

「私……今夜」

「待て‼︎すぐに帰らせるから‼︎」

女友達(人間)の言葉を遮った僕の叫びは無論彼女に向けたものではない。


ざわ、と部屋の闇が濃くなった。


あり得ないことだが、闇は、電気の消えた部屋の奥から玄関の灯りの当たってる箇所に染み出し、その暗黒を拡げて行く。

いや、違う。

生き物のように壁を這う漆黒は信じられないほど密集した長い長い毛髪だ。そして本当に電球が明滅し、ピンッと弾けるような音を立てて切れた。


ぎゃっ、と女友達(人間)の悲鳴。


見れば四方から伸びた髪が彼女の四肢を引き、また同時に首を締め上げている。髪の束は段々太くなり、徐々に力も強まっているようだ。


「やめろ!死んでしまう!」


助けようと髪束に手を掛けた僕はまた別の髪束に弾き飛ばされ、本棚に背中から激しく激突した。

真っ暗な部屋の中に大きな音が響き、小物や本が倒れた僕の上に降ってくる。遠のこうとする意識を首を激しく振って引き止める。


その時、こん、と僕の頭に何かが当たった。


ブラシだ。妖怪彼女との初めての喧嘩の原因となった2万6千円の高級ブラシ。

僕は迷わずそれを手に取った。

そしてそのまま、ブラシ片手に部屋の奥の闇が最も深い所に飛び込んだ。


どぼん、と水に浸かるように僕の体は闇に沈む。


温かくも冷たくもない。息苦しいが息はできる不思議な感覚。僕は夢中で周りを探り、一房の毛を認めるとそっとブラシを掛けた。

しゅる、という音がやけに大きく響いた。

闇が僅かに身じろぎしたように思えた。

後から思えば僕も死ぬかも知れなかったのだが、何故かその時の僕にはそうすることが当たり前に思えた。そして真っ暗闇の中で、愛する彼女の黒髪を梳る僕の心持ちは、どこまでも穏やかだった。そう。幼子をあやす母親のように。


しゅる……しゅる……。


自分の手先すら見えない闇に、髪を梳る音だけが響く。


大丈夫。僕はここだ。君と一緒だ。どこにも行かない。だから……だから……もう泣くな。


しゅる……しゅる……。


無心で妖怪彼女の髪にブラシを掛ける。


聞こえてる?

僕は今、心から幸せだ。

このまま君に呑み込まれて君の一部になって、永遠に君の髪を梳かし続けたって構わない。

僕の全ては、君のものだ。



『……ダメよ』



闇に彼女の声が響いた。



『あなたは、あなたのままでいて』



気がつくと暗いだけのいつもの部屋。


巨大クッション状態の妖怪彼女。

玄関口で女友達(人間)がへたり込んでむせ返ってる。


ふう。とりあえず危機は脱した、か?


僕は畳んで重ねてあった洗濯物の中からジャージとタオルを選びだすと、女友達(人間)に差し出しながら言った。


「大丈夫?」

びくっと身を強張らせる女友達。ま、無理もないか。

「怖い思いをさせて悪かった。ちょっと事情が複雑でね」

近づくと彼女は震えていた。

「もし、君が……僕に真剣なのなら大変申し訳ないんだけど、諦めてくれ。僕はちょっと訳ありで、その事情について人に干渉されたくない。多分それが君の為でもある。意味は、分かるね?」

彼女は頷く。

「少し休んだら帰って。なるべく早く」

彼女はタオルを掴むと玄関を飛び出して行った。


ああ……なんか疲れた。


僕は上着を放り投げてベルトを緩めクッション状態の妖怪彼女に倒れ込む。

背中が痛む。絹糸のような柔らかい艶やかな長い毛がふわり、と僕を包む。と思ったらいつの間にか僕は人間状態の妖怪彼女の胸に抱かれていた。


「……ごめんね」

ああ……気にするな。

「あの、私……あの娘があなたに抱き付いたのを見たら、かぁってなって……」

怖かったよ。

「ごめん私、妖怪で」

違う。この関係が終わりになるんじゃないかって、怖かった。

「……」

妖怪だからとか人間だからとか、僕らはそういうのもう通り過ぎてるんだ。

もう僕は、多分、これからもずっと……君を好きな僕以外にはなれない。


今日はね……バイトも、結構忙しくて、さ……。正直、ちょっと疲れてる。


だからこのまま、少し、眠らせ……て……。



---------------



目を覚ますと次の日の昼下がり。


あー、社会学概論ブッチした。休まず出てたのにな……ん?これは。味噌汁の匂い?そういやお腹減ったな。


「おはよ」

と、妖怪彼女。

ああ、おはよ。

「講義あったよね?迷ったけど起こさなかったわ」

いや、いいよ。ありがと。ええっ⁉︎そ……その髪!切ったの⁉︎

「思い切ってショートにしちゃった。……変?」

いや可愛いよ。可愛いけども……妖怪状態の妖力や姿には影響ないの?

「そこは位相の異なる事象だから。影響はないわ」

僕はなんかほっとした。

「あなたね。人間の私と妖怪の私と、どっちが好きなのよ」


そんなの、決まってるだろ。



両方大好きだよ。



僕の愛する、妖怪・べっぴん毛玉さん。

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妖怪彼女 〜べっぴん毛玉セミロング〜 木船田ヒロマル @hiromaru712

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