<第三話> その2
「ええやんけ別に」
別に俺も好きで彼をマゾ奴隷みたいに仕立て上げた訳ではない。ただ、彼の方にマゾの才能があっただけだ。
「よくないでしょ! なっちゃんの時といい、親子揃って人格改造のスペシャリストじゃないっ!
ちょっと才気がほとばしり過ぎでしょっ! 一人の人間の人生完全に狂わせてるでしょっ!」
「……なるほど。それはいい指摘だな」
我ながら気付いてなかったが、俺と親父にそんな共通点があったとは。
――なんだかんだで、俺も親父の子だったと言うことか。
「やるやないけ」
「いやいや、褒めてないし。全然褒めてないし」
言い合ってる間に再びイガミンが猛ダッシュでドリンクの入ったビニール袋を持ってやってくる。ビニール袋を見る限りコンビニではなく近くにあるスーパーに行ったらしい。なるほど機転が利く。
「お待たせしました!」
彼はさっと
ぷしゅっ、となったところで一旦止め、しゅぅぅぅぅぅぅ、と炭酸が抜けていくのを待つ。
完全に抜けきったのを確認してから彼は蓋をあけ、俺に差し出した。
「どうぞ」
「うむ」
俺はペットボトルを受け取って、代わりに五百円玉をぽいっ、と彼に渡した。彼はありがとうございます、と受け取る。
「姐さんはお茶とスポドリどっちがいいです?」
「え、あの……スポーツドリンクで」
「ではこちらを」
彼はさっとビニール袋から取り出したペットボトルの蓋を開けて差し出す。
「お前も飲めよ」
「ありがとうございます」
イガミンは残ったペットボトルを取り出し、お茶を飲む。
俺がジンジャエールを飲み終えるとイガミンがさっ、と手を出してきたので空になったペットボトルを渡す。彼は恭しくそれを受け取るとベンチから離れた場所にある自動販売機の横にあるゴミ箱へ捨てた。
戻ってきたイガミンは俺の側に直立で待機する。
「お、なんだ? やたら視線にトゲがあるぞ?」
「当たり前でしょ。おかしいと思わない訳がないって」
鋭く睨まれたが、今更だ。そういう視線は高校時代、学校の居たる所で受けた。
「えーと、委上さん――」
「僕のことは呼び捨てで結構ですっ!」
「……うぅぅ」
キラキラした目で見つめ返され、リョナが黙り込む。それでも深呼吸の後、彼女は毅然と言った。
「このぱっとしない男の言いなりになって辛くない?」
「センパイにお仕えできて幸せ一杯ですっ!」
ノータイムで返答され、リョナは天を仰いだ。
「サディ……」
「おう、なんだ?」
「あんたら親子は新興宗教の教祖になる才能あるわ」
――そんなこと言われてもな。
「こいつに素養があっただけだし、そんなものになるつもりも特にない」
嘆息混じりに俺は応える。
「すごい。今、日本の平和がちょっと守られた気がする。あんたの良心に感謝だわ」
「褒められてしまったか」
「さすがです、センパイ」
すかさずヨイショしてくるイガミンを見て再びリョナは複雑な顔をした。
気持ちは分かるが、既に終わったことを蒸し返しても仕方ない。そんなことよりも未来のことを考える方が建設的だ。
「そう言えば、『課題』はクリアしたのか?」
俺の言葉にイガミンはそれまでの明るい様子から打って変わって弱々しく首を横に振る。
「それが……まだ。申し訳ありません」
俺達のやりとりにリョナが眉をひそめる。
「『課題』?」
「俺もいつまでもこいつの側にいれる訳じゃないからな。卒業する時に、次の新しいご主人様を捜すように命令した」
リョナの目が点になる。
「え……ちょ……ひどくない!?」
思わず立ち上がり、リョナは叫ぶ。
「何が?」
「散々自分に依存しないと生きていけないように育てておきながら、調教が終わって興味なくなったらポイッと捨てるとか!
無責任にもほどがあるっ!」
――なるほど。改めて客観的に言われると……。
「一理ある。お前、頭いいな」
「一理もくそも、どう考えたってそうでしょうがっ!」
「姐さん、抑えてください。センパイにも考えがあるのです」
叫ぶリョナをイガミンが宥める。しかし、大男があわあわとする様はなかなか見てて面白い。
「……お前、かなりでかくなったな」
「あ、今年になって身長190cmになりました」
「5cmも伸びたのかーすげぇな」
「人の話を聞けぇ!」
あくまでマイペースな俺にリョナは叫びっぱなしだ。面白い。
俺は思わずニヤニヤしつつ、彼女に座り直すよう、手で制す。
「騒ぐな。
お前の見方は一般常識に沿ったものだが、所詮一面の真実でしかない」
「上から目線のその言い方、腹立つからやめてよね」
「お前より年上だから仕方ない」
「はぁ?」
俺の言葉に彼女はますます眉を怒らせる。
――いかんなー、こいつをおちょくるのホント楽しい。
しかし、そろそろ頃合いか。クールダウンさせないと。
「俺は、こいつに見合った生き方を教えただけだ。
人は誰も彼も独立して、何でもかんでも自分の足で歩かなければならない、自立しろ、巣立ちしろ、甘えるな、とよく言う。
確かにそんな人間もいるだろう。
でも、中には誰かに従い、寄り添う生き方しか出来ない人もいるんだ。男でも、女でも、な。
こいつにはそういう素養があった。
俺はそれに気づきを与えた。
それだけのことなんだ」
「センパイ……そこまで僕のことを考えて」
イガミンは感極まり、目を潤ませる。
リョナはしばらく腕を組み、うーん、と唸る。
「なるほ……いやいや、だからって依存体質を自覚させた後、放逐したことが許される訳ないでしょ」
「ちっ、意外に
「ったり前でしょ」
そんな俺達の会話を聞いて、当事者たるイガミンはクスクスと笑みを浮かべる。
「委上さん?」
「いえ、すいません。お二人、とっても仲がいいんですね」
俺達は顔を見合わせ、きょとんとする。
「ま、一緒に住んでるくらいだしな」
「え? 同棲してるんですか?」
さすがのイガミンもヨイショよりも先に驚きが来る。
「何の因果かうちの親と、あとこいつの友達も一緒だ」
「……えーと、つまりどういう状況なんです?」
問われて俺は首をひねる。どういう状況か、と説明しようにもちょっとめんどくさい状況だ。
「ま、色々あってな。実はこいつは追い出されそうになったり――」
するとリョナはクスクス笑い出す。
「お、どうした?」
「いや、あの時のこと思い出して。この人、私が追い出されそうになった時、なんて言ったと思う? 最初は一緒になって追い出そうとしてたけど――」
「え? なんです? センパイの武勇伝ですか? ぜひ聞かせてください」
リョナの言葉に姿勢を正すイガミン。
「よせ、その話は蒸し返すな」
「おお、珍しいっ! センパイが照れてますっ!」
「え? メッチャ仏頂面だけど? これでこの男照れてるつもりなの?」
――無表情で悪かったな。
面倒な流れだ。ここでイガミンとリョナに結託されてはかなわない。
そう思っていた時――。
「あなたたち、楽しそうね」
いつの間にやら一人の女性が忌々しげにこちらを見つめていた。
「おや、ネネコ先生じゃないですか」
「下の名前で呼ぶのやめてください」
俺に名前を呼ばれ、ネネコ先生はいらっとした声を返してくる。
――なんだこの人、日曜日から機嫌悪いな。
しかし、相変わらず美人なのに服の色彩センス飛んでる。ビビッドピンクの上着に黒のインナーと緑のプリーツスカート、手にはカーキ色の迷彩色バッグの組み合わせだ。誰か止めなかったのか。
でも、堂々としているので逆にそういうのが流行っているのかも知れない、と言う気になってくる。きっと気のせいだが。
「……こちらの方は?」
「私の学校の先生」
イガミンの質問にリョナがそっと答える。
「大の大人がなんだってまた、こんな噴水以外何もない公園なんかに来てるんです?」
「別にいいでしょ。あなたたちこそ、休みの日にはきちっと学生らしい節度を持った過ごし方を――」
めんどくさそうなことを言い始めた先生に俺はすっ、と目を細めた。
「え? 俺等に説教するつもりですか?」
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