<第三話> 「主従な関係」 その1

「そう言えば、ちょっと思ったんだけど」

 ある日の日曜日。

 俺とリョナは公園にある噴水の前のベンチで特に何をするでもなくぼけーっと座っていた。

 そんな折、リョナの方が口を開いたのである。

「なんだ?」

「あんたって、サドじゃない」

「ま、そうだな」

「だったらやっぱり、こう、ほら、あれ、えーっと、マゾな子が好きなの?」

 俺は肩をすくめた。

「別に。弱いものイジメは好きじゃないし、痛めつけられて喜ぶ人間を見てもなぁ」

 俺の回答が納得いかなかったのか、眉をひそめるリョナ。

「俺は人が喜ぶ顔が見たいんじゃない。苦しむ顔が見たいんだ。そこをはき違えないで欲しい」

「最低」

「知ってる」

 リョナに睨まれ、俺は思わず笑みを浮かべた。気の強い女に睨まれるのも望むところだ。屈服させたくなる。

 ――でも、屈服させてしまったらそれでお終いなんだよな。

 バランスが難しい。

「じゃ、例えばマゾ奴隷とかはいらない、と」

「そうだな。あれはダメだ。興味を失う」

 感慨深く呟く俺をリョナが再び訝しげに見つめてくる。

「なにその実感の籠もったコメント」

「だって考えても見ろ。

 ゲームとかでレベルも好感度もマックスで、これ以上育てても何もステータスがあがらないキャラがいたらどうする?

 次のキャラの育成に入るだろ?」

 時々、RPGなどでレベルがマックスになってこれ以上育たないキャラを好きだからという理由で延々使い続ける人もいるが、俺には理解不能だ。

 経験値が勿体ないから次のキャラを育成しにかかる。

「あー、まー、その感覚はちょっと分かるかも」

「だろ」

 しかし、相変わらずリョナは俺のことを睨んでくる。

「でも怪しい。もしかして昔マゾ奴隷飼ってたの?」

「人聞きの悪いこと言うなよ。現代の日本でそんなの無理に決まってるだろ」

 常識で考えて欲しい。そんなの不可能だ。

「つーか、なんで俺達は昼間っからこんなところでこんなアホな会話してるんだ?」

「そりゃあ……家に帰ったらおじさまとなっちゃんがいちゃついてるからでしょ」

 言われて思い出してしまう。

 そう、先ほどまで俺達は家に居たのだが、ソファーの上で親父が奈島さんに膝枕で耳かきされていたのだ。そこから放たれるラブオーラに俺達二人は耐えきれず外に出たのである。

 ――奈島さんが来てからまだ一週間も経ってないのに、なんという距離の詰め方だよ。

 やはりリア充勢たる親父とは分かり合えそうにない。俺はあと百年経とうが女の子に膝枕されそうにないというのに。

「言うなよ。せっかく忘れてたのに」

「ゴメン」

 俺のコメントにリョナの表情も沈む。彼女にとっても友人がおっさんといちゃついてる光景は見てて楽しいものでもないらしい。

「……あれ? あの二人を二人っきりにして大丈夫なの?」

 俺は肩をすくめる。

「もう、そこは全部親父に丸投げすることにした」

 なにがあっても、まあ、あの親父がなんとかするだろう。俺がやきもきするだけ無駄だ。

「無責任」

「もともとだ」

 それで話を打ち切るとリョナもそれ以上なにも言ってこなかった。彼女もうちの親父に対してはそれなりに信頼してくれた……はず。

 そもそも、今から家に引き返して二人のベッドシーンに遭遇したとして、止められる気がしない。

「で、さっきの話にもど――」

「あーーーーー! センパイじゃないですかっ!」

 リョナが口を開きかけた時、公園の入り口から大きな声が聞こえてくる。

 見ると童顔の少年が大きく手を振って――げっ、と俺が思うよりも早く気がついたら俺達のいるベンチの前に駆け寄って跪いていた。

「お久しぶりですっ! センパイっ! 元気にしてましたかっ!」

 性格の全てを陽性に振り切ったかのような少年の朗らかな笑顔がやたら眩しい。

「ん、まあな。ぼちぼち」

「そうですかっ! こっちはセンパイが卒業して寂しかったですよ! あ、こっちは彼女さんですかっ!」

 突然現れた少年にリョナが「なにこの子?」と言った目線を向けてくる。

「後輩、高二、委上光洋。愛称イガミン」

 俺はめんどくさそうに少年――イガミンに掌を向けて端的に紹介した。

「はいっ! 委上光洋ですっ! よろしくお願いしますっ!」

 背筋をピンッと伸ばして名乗り、がばっ、と腰を九十度曲げて礼をするイガミン。

「俺のツレ、久所良奈。高一。俺はリョナって呼んでる。お前は呼ぶな」

「分かりました! 姐さんっ! よろしくお願いしますっ!」

 イガミンは決められた行動を繰り返すマシーンのように再び礼をする。

「ど、どうも。あの、私の方が年下だから敬語とか――」

「いえ、センパイの彼女にそんなこと出来ません!」

 イガミンは戸惑うリョナの提案をぴしゃりとはねのける。

「あ、センパイ! 袖のボタンが外れかけてますよ!」

 言われて片手を挙げて見るとどこが引っかけたのか確かに袖口のボタンが外れかかっていた。

「そのまま腕伸ばしてください」

「うむ」

 俺が手を差し出すとイガミンはどこからともなく裁縫道具を取り出し、ボタンを一旦外した後、さささっと袖口のボタンを刺繍した。

 相変わらず、着たままの服を裁縫するのが美味い奴である。

「いつもありがとな」

「いえ、これくらい当然ですっ!」

 童顔ながらも俺よりも身長の高い少年がぺこぺこするのはなかなかむず痒い。

 ――学校で一緒だった頃は慣れてしまっていたが、改めて久しぶりにやられると気恥ずかしいかもしれんな。

 俺が左手をのど元に当てるとイガミンははっとする。

「あ、喉渇きましたか。ジンジャエール買って来ます。姐さんは何がいいです?」

「――いや、私は別に」

「じゃ、適当なもの買って来ます」

 イガミンは有無を言わさずそのまま猛ダッシュで公園を出て行った。俺の好きなジンジャエールの売ってる最寄りのコンビニまで走っていったのだろう。

 再び俺とリョナは二人きりになり――。

「あいつは見ての通り体育会系の後輩で――」

「マゾ奴隷でしょ」

 俺の発言を遮断し、リョナが断言する。

「勘ぐるな。ただの後輩だ」

 俺は手をひらひらと横に振って否定する。

「あんた高校の時、何部だったの?」

「――帰宅部だが?」

「帰宅部の後輩があんな、先輩を崇拝した目で見る訳ないでしょっ! 横で聞いてて、どう考えてもご主人様って書いてセンパイって読むノリじゃないの」

 俺はため息をつく。

「あいつ、ちょっとマゾの素養があったので」

「へえ」

「軽く調教してみたらレベルマックス、好感度マックスになってしまっただけだ」

「やっぱりマゾ奴隷じゃないのっ!」

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