<第二話> その5

 その日の夜、父はいつになく早く帰ってきた。

 髪を切った奈島さんをこれ以上にないくらいに褒めちぎり、奈島さんはそれはそれは幸せそうな笑みを浮かべた。

 あまりの幸せ空間に俺とリョナは非常に疎外感を感じたものだ。

「色々と計算外だけど、あの子を連れてきて正解だった……かな」

 ため息をつきつつ、リョナは言う。

「俺の父も楽しそうだし、いいんじゃないか」

 奈島さんの作った、やたら美味しい夕食をつつきながら、俺達はぼやく。

 四人で夕食を取り囲んでいるのに、向かい側と手前ですごい空気感の差だ。

「そう言えば、お前、なんでその服着てるんだ? 気に入ったのか?」

「ん? これ?」

 リョナが着ていたのは数日前に俺があげたダサいトレーナーとジーンズの組み合わせだった。

 ――つっても、こいつが着るとなんとなくオシャレに見えるんだから卑怯だな。

「動きやすいしね。嫌いじゃない。似合ってる?」

 どう? と感想を求めてくる。

 ――そら。お前が着ればなんでも似合うけど。

「ペアルックみたいで恥ずかしい」

「なにその感想っ! 他に言い方ないの?」

 そんなこと言われてもトレーナーのデザインは違うものの、俺もトレーナーとジーンズの服装なので妙な気恥ずかしさの方が先立つのだ。

「お、お前らも仲いいな」

「……りょーちゃん達が一緒になったら私がお母さんだからね」

「ふぇっ!?」

 俺とリョナの言い合いを父親達が茶化してくる。

 リョナは奈島さんの放った発言に素っ頓狂な声をあげ、絶句した。

 ――まあ、驚くよな。

 しかし、奈島さんは驚く友人を気にせず再び我が父といちゃつき始める。

 俺は肘で隣のリョナを小突きつつ、食事を再開。

「取りあえず、メシを食っとけ。このトンカツは冷ますには惜しい逸品だ」

 全てを棚上げする俺にリョナが冷たい目線が刺さる。が、気にせず食べる俺を見て彼女も食事に専念することにした。

 食後、リョナが風呂に入り、奈島さんがキッチンで皿を洗ってる間、俺はリビングでテレビを見る父にこっそりと尋ねた。

「なあ、我が父よ」

「おお、なんや、我が息子よ」

 声をひそめる俺に合わせて、父も小声で応える。

「あんたは陰がある女が好きだと思ってたけど、これでいいのか? あの子ドンドン明るくなってるけど?」

 少し逡巡したが、それでもはっきりと訊いた。

 例えば、非モテで「俺もモテたい! 彼女欲しいっ!」というネタをウリにする芸人は、結婚して幸せになると途端につまらなくなることがある。

 あるいは、マンガのキャラクターで病んだストーカーヒロインが居たとして、そいつが主人公とゴールインして病んだ部分がなくなったらキャラクターとしての面白味が激減したりすることもある。

 人によっては、「今も可愛いけど、恋人になる前に執拗にストーキングしてた方が可愛かった」と言うかもしれない。

 俺の意図が伝わらなかったのか、父は眼をぱちくりとさせ、俺をじろじろと見る。

「なんだよ?」

「勘違いしとうな、お前。俺はな、不幸な女を幸せにしてあげるのが好きなんやで」

 ――嘘やん。どこまで勇者体質やねんこの人。

 父の独白に絶句する。十九年間一緒に居たけどそんな特殊性癖だったのか、この人。

「けどな、俺が幸せに出来るのはせいぜい一人の女くらいや。

 こっから先はどんだけ可哀想な子がおっても紅蓮ちゃんしか助けへんよ」

 意外に一途な発言にどう反応すべきか、俺は返答に困る。

「せやから、良奈ちゃんが困ったら、お前が助けてやれよ」

 突然出てきたリョナの名前に今度は俺が目をぱちくりする。

「別に、俺とあいつはそんな関係でもない」

「好き勝手女の子を助けられるのは独り身の時だけやぞ。彼女出来たら、彼女しか助けられんようになる」

 ――この人、独身時代、どれだけの女の子を助けてたんだ?

 やけに感慨深い、含蓄のある言葉に俺は顔をしかめた。

 少なくとも、偉大なる父にこの方面で勝てることは一生無さそうだ、と確信した夜である。

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