<第二話> その3
朝食の後、女子高生二人はさっさと学校へと出て行った。
やや遅れて父も荷物をまとめて玄関へ向かう。父の出勤時刻は普通のサラリーマンに比べてちょっと遅いのだ。その代わり、帰宅時間も遅いのだが。
「なあ、本気なんか?」
靴を履きかけた父親に思わず声を投げかける。
「? 何がや?」
俺の問いかけにきょとんとする父。
「バックレんな。結婚のことや」
「ああ、マジやがな。言わせんな恥ずかしい」
断言する父にどうしたものかと思案する。ここまで開き直られるとコメントに困るしかない。
困っていると向こうから口を開いた。
「俺はな、人一倍性欲強いねん」
――おっと、また変なこと言い出したぞ。
「でも、九年前に母さんが死んで、お前が高校卒業するまでは我慢しよう、思って我慢しとったんや。もうええやろう?」
――そう来たか。
「まあ、親父が恋愛する分には文句ないで。でも相手、年齢が半分以下やんけ。ちょっとは自重せえ」
「うっさい。若い嫁が欲しくて何が悪い。
それに――決めとったんや。もしまた母さんみたいな子がいたら、絶対に助けるってな」
言わんとすることは痛いほど分かった。
俺だって初めてあの子――奈島さんを見た時驚いたのだから。
――奈島さんは、余りにも生前の母に似ている。
「あの子の服の下を見たか? 肌傷だらけや。放ってはおけんで」
深刻な顔をして言う父。
――成る程確かにそれは放っておけない。しかし、この男――。
「……肌見たって」
――いつの間に。
「おっと、まだ俺等はプラトニックやで。まだ。来年まで手は出さんで!」
ささっと否定してくる父。それが逆に怪しい。
色々と思うところはあるが、ともかくここは父を信用するしかない。……きっと信用できるはずだ。
「んでも、いきなり結婚て。せめて恋人から――」
「言っおくが――それで生まれたのがお前や」
――聞きたくなかったな、そんな誕生秘話。
そう言えば、父はチャラ男で女をとっかえひっかえしてたが、大学のコンパで出会ったその日に母を口説いてそのまま短期間のウチに学生結婚した経歴の持ち主だ。なるほど、俺が知っている父は母と結婚して女遊びを辞めた後のものでしかない。母が亡くなり、俺が高校を卒業した今の父こそが本来の姿と言えるのかも知れなかった。
「まあ、オヤジが本気なのはこの際よしとする。
んでも、客観的に見たら右も左も分からねえ、世間知らずの子供を悪い大人が言葉巧みに騙してるようにしか見えへんで」
「だから一年の猶予がある。その間に俺の気持ちがホンマなのか、あの子の気持ちが一時的に舞い上がっただけのものなのか――じっくり確かめればええ。一応、それまではお前の弟や妹を作ったりはしないから安心せえ」
――いかんな、このままでは俺自身が言葉巧みに悪いオヤジに言いくるめられようとしている。
向こうは俺の反論を見越してあらかじめ理論武装済み、と言うことか。
「そんなことより、お前こそちゃんと受験勉強しとんのか」
「……ぐっ」
「昨日も三時ぐらいまで起きてたけど、やってたんは深夜アニメ実況やろ」
「…………毎日勉強はしてるで。一応」
ここに来て父親然としたまともなことを言われてしまい、俺としては声が小さくならざるをえない。
「そんなことやから、慣れない家で夜眠れなくてベランダで月を見上げてる美少女を見落とすことになるんや。雑魚め」
父が奈島さんを口説いたのはそのタイミングか。というか、そこで慰めるのは父でなくリョナであって欲しかったな。あいつめ、きっと脳天気に寝ていたに違いない。
「雑魚め、て……」
「言われたくなきゃ、男を磨くか、受験勉強をするか、どっちかを頑張らんかい」
そう言って父は出社していった。
なんというか、我が父はかなり男としてはかなり偉大なのかも知れない。
とはいえ、オタク勢である俺は特にしびれず、憧れず、取りあえず昼間でもう一人寝ることにした。
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