<第一話> その6

 更に翌日、再び我が家のインターホンが鳴った。

「やほー、サディ」

 相手はリョナだった。インターホンのモニター画面で片手を挙げて挨拶をしてくる彼女の姿が映っている。今日は水も泥も被っていなかった。ちょっと物足りないと思ったのは秘密だ。

 ――なんか急に馴れ馴れしくなったな。

 俺は肩をすくめつつ、扉を開けた。

「今日は何の用だ?」

「言ったでしょ? 私を助けてって」

「その話なら、数日前に保留にしたはずだが」

 リョナに友達になりましょう、と言われて俺はすぐに返事を保留にした。そしたら何故か彼女の敵対勢力にリンチされ、女教師に女の敵認定されて訪問されたのである。なかなかここ数日はスリリングな一日だ。

「うわっ、ていうかその顔の傷どうしたの?」

「……猫にひっかかれたんだよ」

「その割に傷多くない?」

「猫による集団リンチだ」

「ええ?? まったく意味分かんないんだけど? 猫ってそんなに群れるの?」

「知らん」

 ――この女、察しが悪すぎないか?

 なんだかすごく腹立ってきた。

「というか、お前のイジメについては解決に向かってるんじゃないか?」

 それとなく探りを入れてみる。

 俺にリンチを仕掛けてきた彼女の敵対グループはおそらく学校側から何らかの処分を受けたはず。それによって彼女の『助けて』案件は俺がこれ以上手を出さなくていいはずだ。

「え? イジメ? なにそれ? 別に私イジメられてないけど?」

 きょとんとするリョナに俺は言葉を失う。

「あ、でも、サディにはイジメられてるかもねー」

 何故かニヤニヤしにがら俺を指さしてくるリョナ。

「ええい、人を指さすな」

 彼女の手を払いつつ、俺の頭の中は疑問符で溢れかえる。

 一体全体、どうなっているのか。じゃあ二日前に襲いかかってきたあのやたらイヤミったらしい女子高生軍団なんだったのか。

 ――俺はなぶられ損か? っていうか、イジメじゃなきゃなんで連日泥まみれになったりずぶ濡れになってたんだよ?

「…………話だけ聞こう。

 お前、俺にどうして欲しいんだ?」

 憮然とする俺に彼女はわざとらしく上目遣いの猫なで声で言ってくる。

「今夜は……帰りたくないかな、って」

 ふざけた返答に思わずイラッとする。

 ――なにしたいんだこいつ。しかもちょっと可愛いじゃねーか。

「いいから用件を言え、要件をっ! 大事な部分を、正確に、分かりやすく、こう、あれだ、小学生でも理解出来るように!」

「もう、何を苛ついてんの? せっかく可愛くおねだりしてあげたのに」

 不満げに口を尖らせるリョナ。別にそんなサービスは求めてない。嬉しくない訳ではないが。

「知ってるか? 『ねだる』って漢字で書くと『ゆする』と同じで『強請る』って漢字になるんだぞ?」

「いや、別に知らないし」

 ――しまった、ついどうでもいいツッコミをしてしまった。

「まあいいや。簡単に言うと、しばらく泊めて欲しいの」

「は? なんでまた?」

「それは――色々あって」

 何故かニヤリと笑うリョナ。いまいち彼女の感覚が分からない。

「厄介事に巻き込まれるのはゴメンだね」

「ダーイ・ジョ・ウ・ブ。代わりに部屋とか片付けたりしてあげるから、これってWin-Winの関係でしょ」

「あー、それなら間に合ってる。ほれ」

 と半身ずらして背後を見せる。そこには昨日までとは打って変わってすごくキレイに片付けられた廊下があった。言うまでもなく、廊下だけではなく家中が片付いている。

「うわ、すっごいキレイ。どうしたの?」

「昨日女教師が来たって言ったら親父が何故かテンションあがって昨晩のうちに全部片付けたよ」

 仕事で疲れてるはずなのにほぼ徹夜で嬉々として掃除する父の姿はなかなかの見物だった。俺は馬鹿らしくなってとっとと寝てしまったが。

「女教師? 何があったの?」

「それは――色々あってな。

 なんにしても、こっちは父親と二人暮らしの男所帯だ。おいそれと年頃の娘を泊められねーよ」

「うわ、意外にまともな回答」

 俺の言葉に本気で目を丸くするリョナ。実に調子が狂う。自分が攻めるのはいいが、攻められるのは苦手だ。

 ――それにしても、こいつ、本当にネネコさんと関係ないのか? 色々と分からないことだらけだ。

「ねえ、お願い。これも人助けだと思って」

 両手を合掌し、自分の頬に当ててここぞとばかりに可愛くお強請ねだりしてくるリョナ。

 ――くっそ、卑怯なかわいさしてるなこいつ。

「ちょっとなにその仏頂面。せっかく可愛いい所みせてあげてるんだから、もっと鼻の下とか伸ばしなさい。もしくは頬を赤らめるとか」

「鼻の下を伸ばせ、てのは人生初めての要求だな」

 基本無表情でいつも何を考えてるか分からないとよく言われる俺だ。もっと感情を顔に出せ、と言われるが鼻の下を伸ばせ、は初耳である。

 ――人をイジメる時には笑顔になれるんだがな。

 我ながら最低の性癖だ。

「ねえ、オ・ネ・ガ・イ」

 なにはともあれ、それほど親しくもない女の子を家に泊めるのは抵抗がある。

「言っておくが、俺はほいほいと気安く人助けをするほど真っ当で誠実な人間ではない」

「嘘ばっかり」

 ――お前は俺の何を知っているのだ。変な懐かれ方したな。

「なんと、更に今私を泊めてくれたのなら、お得な特典がついてるっ!」

「おい、今度は通販か。リンスとかつけられても困るぞ」

「ぎくっ」

 ――図星なのか。

 分かりやすく動揺の表情を見せるリョナ……と思いきや、にんまりと笑顔を見せて彼女は背後に手招きした。

 そして――。

「じゃーん、なんと今ならリンスと一緒にもう一人美少女がつきまーす」

 そう言ってリョナが背後から呼び出したのはどこに隠れていたのか、やたら肉付きのいい、胸と尻の大きな美少女だった。

 思わず俺は黙り込む。

「あの……初めまして」

 新たに現れたリョナと同じ制服の女子高生は言葉少なにぺこりと頭を下げる。

 ――なんて子を連れてくるんだ。

 俺は息を飲んだ。

 別に、その子が制服の上からでも分かるほどムチムチボディだったから……ではない。

 まず、目が死んでいた。そして、空気が死んでいた。

 俺は霊能力者なんかではない。しかし、彼女の周囲には見るからにどす黒い負のオーラが後から後から沸いて出てくるのが強く感じられた。

 誰がどう見ても何らかの問題を抱えた、明らかな地雷女。

 生気がないどころか死臭すら漂ってきそうな勢いである。

 いかに見た目がよかろうと男女問わず誰もが敬遠しそうな雰囲気の少女に対し、リョナは無邪気に抱きつき、笑う。

「この子の名前は奈島なしま紅蓮ぐれん。色々あって……とりあえず、私達を匿って」

 女の子なのにグレンて名前とかどんな親だ。人を名前で判断するのはあまりよろしくないが、家庭環境がとてもまずい子な気がしてならない。

 というか今こいつさらっとヤバいこと言わなかったか?

「――匿って、だと?」

 二日前に女子高生達にリンチされたことを思い出す。

 彼女らは脈絡もない言葉を重ねつつも、確かに言っていた。久所良奈に関わるな、と。

 なるほど、よく分からないが今すぐに扉を閉めて見なかったことにするのが最善の選択に思われる。

 絶対にろくな事にならない。

「おーい、聞いてる? ぼーっと突っ立ってないで返事したら?」

 リョナと目があった。

 彼女の目には驚くほど強い光が見えた。どんな困難にあっても失われる事がなさそうな不屈の光。

 その光を陰らせることが出来たのなら、とつい考えてしまう。

 俺は人助けなんかとは無縁の最低男で、数日前に彼女を助けたのは気の迷いでしかない。

 だから彼女とはこれ以上関わることはない……はずなのだが。

 俺はため息をついた。

「……まずは中に入れ。話を聞こう」



つづく

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