<第一話> その5
二日後、俺の家に訪問者があった。
「どちらさま?」
眠気眼をこらしてインターホンのモニターを見るとぴっちりとしたスーツに包まれた美女がいた。
『神姫女子高校の者です。少し伺いたいことがあって訪問いたしました』
「話すことはありませんよ。お帰りください」
インターホンを切り、あくびをしながら布団へ向かう。
が、背後から丁寧に、だが何度もインターホンが鳴ってくる。
俺は時計を見た。十一時半をややすぎたところ。昼過ぎにいつも起きる俺にとってはやや睡眠不足な時間。
コンディションはあまりよろしくないが――無視をする訳にもいかないようだ。
「ウチは散らかってて、とても人をお迎えするような場所ではありませんよ」
『こちらは構いません』
キリッとした顔でインターホンのカメラを睨んでくる美女。女教師と言うよりキャリアウーマンみたいな雰囲気だ。
「起きたばかりで着替えも出来てませんし、何もご用意するものが――」
『結構です。少しお話を伺わせていただければそれでよろしいので』
「……最後に、あなたと私の会話は録音させてもらいます。念のため」
『構いません。私にはなんら不利になることはないので』
俺はそのまま部屋を片付けることなく、寝間着代わりのトレーナー姿で玄関の扉を開けた。
寝間着姿に動揺はしなかったようだが、絆創膏まみれな俺の顔を見て彼女はやや目を見開く。
「お怪我を――?」
俺は肩をすくめて流した。
「ちょっと猫にひっかかれましてね。……どうぞ、中へ」
――ま、その猫の職業は女子高生って言うんですけどね。
昨日、とある女子高生達の頼みを断ったせいでボコボコにされてしまったのである。嫌な世の中だ。その結果が女教師訪問とは――いや、これはある意味ご褒美なのかも知れないが。
「失礼いたします」
女教師は玄関に入り――散らかった廊下を見て再びぎょっとした。廊下の隅には明日出す予定のゴミ袋が二つそのまま置かれているし、乱雑に雑誌などが積み上げられたりして歩くのも一苦労な状態になっている。
「散らかっていると言ったはずですが?」
「……失礼。私は平気です」
そのまま廊下を通って、リビングへと誘導する。
雑誌や脱ぎっぱなしの上着が幾つか散らかり、毎日歩く場所以外は足の踏み場もないリビングを見て女教師は再びフリーズする。
頭が真っ白になっている女教師をニヤニヤと見つつ、俺は繰り返した。
「日を改めますか?」
「――いいえ、私はまったく持って平気です。ええ、本当ですよ?」
――すごく無理をしてるように見えるんですけど?
予想に反してイジメ甲斐のある相手に俺は思わず楽しくなってきた。
笑みを隠さず、俺はテーブルの席を勧め、お茶を出す。苦丁茶はやめておいてあげた。
「では、会話は録音させてもらいますよ」
と、スマホの録音アプリを起動してテーブルの真ん中に置く。
「改めまして、私は神姫女子校の鳥河寧々子と言います」
「おや、ネネコなんて、意外に可愛い名前ですね」
渡された名刺を見て思わず口にする。
「え?」
言われ慣れてないのか女教師が目を見開く。
「失礼、年上に言うことではありませんね」
「……お褒め頂きありがとうございます」
ちょっと顔を赤らめながら女教師――ネネコさんは席に着いた。
「あーっと、俺は茶堤祭介、しがない浪人生です。
それで、女子校の教師が何の用です?」
「匿名の投稿で、日がな我が校の生徒を連れ込み、いかがわしいことをしてる男がいる、というものがありましたので」
――そう来たか。
俺は茶をすすって間を持たせる。
「なるほど。俺がそのいかがわしい男だと?」
「投稿がありましたので」
眼鏡をくいっ、と持ち上げつつ、こちらを睨んでくる。
その視線から、女の敵を絶対に許さない、という強い意志を感じる。こういう視線は俺の好物だ。
「質問ばかりして申し訳ないですが、この家、女の子を連れ込んでるような場所に見えます?」
女教師の強面が一瞬で瓦解した。あっさりと言葉を失うネネコさん。
――この人、簡単にフリーズするな。考えて話せよ。
「もっと言うと俺って女の子にモテるように見えます?」
「……見えませんね」
「うーわー、傷つーくー。メイヨキソンダー」
ネネコさんの絞り出した声に俺はわざとらしく声をあげた。
「あ、いえ、その……今のは失言でした。申し訳ございません」
あたふたと謝るネネコさん。イジメ甲斐がありすぎて困る。
「冗談です。むしろ、俺が被害者だって言ったら信じます?」
不穏な言葉に女教師は再び眼鏡をくいっと押し上げ、こちらを睨んでくる。
「それはどういう意味でしょう?」
再び女の敵は許さないぞ、というきっついオーラを漂わせてくるネネコさん。
――ま、俺が女の敵だと言うのは間違いではないけれど。
にやつきそうになるのを必死で我慢し、俺は被害者然とした気弱な態度を取る。
「オタク狩りって言うんですかね? この外見ですから。そちらの学校の生徒に襲われたりしまして」
「ありえません。我が校にはそんなことをするような生徒はおりません」
ギラリ、とネネコさんの眼鏡が光った……ような気がした。
「ちょっと失礼しますね」
俺は二人の間に置いてある録音モードのスマホを持ち上げた。
そして、アプリを切り替えて昨日の録音を再生する。すると、スマホからやたらかん高い女子達の声が再生される。
『キャハハ! 何その態度? 調子乗ってるの?』
『なんか言ったらどうなの? さっきからスマホばっかり弄って!』
『チョー、キーモーイー』
『ちょっとは反撃したらどうなの?』
『ま、少しでも攻撃したらウチ等の親が黙ってないけどね』
『キャハハ』『アハハハ』『キャハキャハハハ』
『なんたって、うちらは神姫女子のオジョー様なんだから――』
ピッ、と再生モードを止め、再び録音モードに切り替えてテーブルの真ん中に置いた。
「必要なら他の証拠も提出できますが?」
顔を上げるとネネコさんはなかなか筆舌に尽くしがたい複雑な顔をしていた。
馬鹿な生徒達に対する怒りと悲しさと、ついでに俺にハメられたことへの悔しさと――。
立て続けに示された情報に彼女の感情処理が追いつかず、ぷるぷると面白いように震えていた。
いつまでもそれを見ていたい衝動に駆られるが、そうもいかない。
「で、この生徒達の行為に対してそちらは何か言うべきことがあるんじゃないですか?」
俺の言葉に女教師ははっとする。
そして、苦渋に満ちた顔で頭を下げた。
「……この度は、……我が校の生徒が……大変失礼をいたしました」
「俺に対して変な色眼鏡で訪問してきたことについては?」
「真に……、真に申し訳ありませんでした」
これ以上ないくらい頭を下げてくる女教師。
「というか、先ほどから気になってた俺の顔の傷ですけど、言うまでもなく昨日、そちらの生徒達に集団リンチ喰らった時のものですからね」
「その……あの……、本当に、この度は、我が校の生徒が――」
しどろもどろになりながら、それでも必死に謝罪の言葉を重ねてくるネネコさん。
そんな彼女の姿は――彼女には悪いが、なかなかいい気分である。
昨日は、例の女子高生――リョナに会わなかった。
代わりに遭遇したのはリョナと同じ学校の女子五人組である。
年下の女の子に囲まれて軽くハーレム状態であるが、もちろんそんないいものではない。
あれよあれよという間に裏路地に連れ込まれ、ボコられてしまった。
正直、彼女らの言ってることは余りにも脈絡がなくてよく分からなかったのだが、要約すれば『久所良奈を手助けするな』と言うことだった。
『オタクキモイ』『目つきが気にくわない』等と片っ端から思いついたことを適当に呟きつつボコって来てなかなか真意を計りあぐねたのだが、そういうことらしかった。
おそらくはリョナに水の入ったバケツをぶっかけたりしていたのは彼女らなのだろう。それを外から手助けする俺が目障りで、こうして実力行使に及んだ――そういうことだと思われる。
俺は相手の言い分をある程度確認できたところで反撃をせず、隙を見て逃げ出した。
逃げようと思えばすぐ逃げられたが、必要な情報を手に入れるまで我慢していたのだ。決して強がりではない。決して。
女教師に通報したのもおそらくリョナと敵対する昨日の女子高生グループだろう。逃げられた腹いせに通報までした、ということなのだろう。
――すべては俺の憶測だが。
ひとしきり、俺が回想をしている間にネネコさんの顔が酷いことになっていた。
向こうから見たら仏頂面のまま、何も言わないので「これ以上どうすれば」と言う感じなのだろう。
――ひとまず彼女の役目を解放してやるか。
「あなたでは話にならない。日を改めて上の者を呼んでください」
ネネコさんの顔が更に絶望に満ちた顔に歪む。「あなたでは話にならない」て台詞は男女を問わずプライドの高い人間にとってはとても聞きたくない言葉だろう。
「そんな……今回の件は私が責任を持って――」
「今日はお引き取りください。俺も顔の傷が痛くてあんまりまともに会話出来ませんので」
必死に食い下がろうとするネネコさんであったが、俺が絆創膏を指さしつつ断ると無念の表情をした。
正直に言うとネネコさんとの会話はとても楽しかったが、これ以上は俺のサディスト成分が抑えられなくなる。ここらが潮時だろう。
「分かりました。日を改めます」
「その時までには部屋の掃除くらいはしておきますよ」
俺の軽口に彼女は何も言えず、頭を下げた。
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