<第一話> その4
「だからなんでリンス買ってないのよっ!」
シャワー音に混じって昨日に引き続き、二度目の怒声が飛んでくる。
俺はリビングでスマホを弄りつつ、肩をすくめた。
「まさか二回も俺に助けられる馬鹿がいるなんて思わなかったからな!」
そう応えると彼女は何も言い返してこなかった。風呂場でがたーんっと何か大きな音がしたが気にしないことにする。人間、モノに当たりたい時もあるだろう。
「なんでもいいけど、トランクスってやたら腰がスースーする。慣れない」
しばらくすると昨日とは別のトレーナーとズボンをはいた少女が出てきた。
――うん、相変わらず何着てもかわいい子だ。
「……二回も助けてくれてどうもありがとう」
「勘違いするな。別にお前のためじゃない」
俺はにやつきつつ、お茶をすすった。
「なにそれ? ツンデレ?」
――おや、こいつ生意気にもツンデレが分かるのか。
「昨日も言ったろ? 俺は意地悪だからな。こうして女の子をいびるのが趣味なんだ。
君を助けたのも家に来るまでイジって楽しむためだったのさ。だから、恩に着ることはないよ」
俺は正直な胸の裡を吐露する。
「うっわー、最低」
心底嫌そうな顔をする彼女を見て俺はににんまりし、びしっ、と指さす。
「そう、そういう顔が見たかった」
「めんどくさ……」
呆れた顔をする彼女に俺は笑い返す。
「だから、気にすることはない。
とっととこの家を去るといいよ」
すると女子高生はむっとして俺を睨んでくる。
「――やっぱりそれは納得がいかない」
「どうして?」
「助けられたし、恩を感じる。ちょっとは仲良くなりたいじゃない」
思わず薄く笑みを浮かべる。
「おや、俺に惚れたか?」
「そんなんじゃない」
「そらよかった」
彼女の即答に俺はうんうんと頷き、また睨まれてしまった。
「おっと……あんたが嫌いな訳じゃない。俺みたいな最低男を好きになったら苦労するって話さ」
彼女に睨まれ、慌てて言い返す。
「自意識過剰すぎる。そうやって……自分に仲良くなる人間を片っ端から遠ざけてるの?」
「まあ、そう言うことになるな」
途端に、バンッと彼女がテーブルを叩いた。
「なにそれっ!?」
「なんであんたが怒るのか分からないな。これは、俺なりの処世術だよ。
仲良くなればなる程相手を傷つけたくなる性分だからね」
ますます目を尖らせる少女に俺は笑みを深める。
――そういう態度が俺に取っちゃなによりのご褒美だというのに。
俺は人が喜ぶ顔が見たいのではない。苦しんだり、怒ったりするところを見たいのだ。
「そんなことより、あんたの方こそ大丈夫なのか?」
「何が?」
片眉をびくんっとあげる少女。
「何があったかは聞かないが、この調子で明日もあんたにシャワーを貸すことになるのは忍びない。
うちも、水道代はタダじゃないからね」
痛いところを突かれたのか少女はうっ、と黙り込む。
「最低男に恩返しを考えるより、自分の事をなんとかするべきだな」
真っ当な正論に少女は黙り込んだ。
そう、よく分からないが彼女は何か問題を抱え込んでいる。
昨日は全身を泥まみれにし、今日は頭からバケツを被ってずぶ濡れだ。さすがに全て偶然とは考えがたい。
――もし、全てが偶然なら祈祷師か、お祓い、あるいは退魔師でも呼ぶべきだな。
「……そっちのお茶飲んでいい?」
やがて黙っていた少女が俺の対面にある席を指さした。
「ああ、それはあんたへのもてなしだ。飲むがいいよ。俺の悪意があるかもしれないがね」
彼女はつかつかと席へ向かい、座ると同時に無造作にお茶に口をつけた。
「ニガっ!」
渋い顔をする彼女を見て俺はアッハッハッ、と指さして笑った。
きっ、と睨んでくる少女の顔が愛おしくてたまらない。
「警告はしたぞ。なんでそんなにあっさりひっかかってんだよ」
軽く心配になってくるほどだ。
「んもうっ!」
「安心しろ。毒じゃない。苦丁茶っつー中国茶だ。身体に害があるどころか健康にもいいぞ」
「ホントに?」
「『良薬、口に苦し』ってことだ」
最近父が海外から手に入れたものの、一度飲んだらそれっきり放置されていたモノだ。飲ませる相手が出来てよかった。
「な? 俺に関わるとろくな事がないぞ。やめとけ」
「ちなみに、あんたが今の飲んでるのも同じお茶?」
「そうだけど?」
なにげに俺はこのお茶は気に入っている。飲まずに置いていたのは――意外に値段のはるお茶だったからだ。
彼女はそれを聞くと立ち上がり、対面の席にある俺のカップを手にとって口にした。
――こいつ、間接キスとかは気にしないのか。
「……ニガぁ」
「嘘はついてないだろ?」
俺が笑うと、彼女はムキになったのかそのまま俺の飲んでいたお茶を一気に飲み干した。
そして、カップを返すと自分の手元にある分も強引に飲み干す。
突然の行動に俺はきょとんとする。
俺が目をぱちくりすると彼女は勝ち誇った顔で笑った。
「へえ、あんたもそんな顔するんだ?
いいお茶じゃない。最初は苦いけど、甘みが残るし」
俺の驚いた顔がおかしかったのか、楽しげに彼女は笑う。俺は思わず憮然とした顔になる。他人に一杯食わされるのは好きじゃない。
「決めた。
私はあんたの苦みを受けれる。
だから、私の友達になりなさい」
「は? なんで今の流れで?」
「どうしたの? さっきまでの厚い面の皮がはがれてるみたいだけど?」
――えらそうに。この女、何様のつもりか。
「俺だって驚くことくらい――」
「私の名前は久所良奈」
俺の反論を制して彼女は畳みかけてくる。
――こいつ、名乗りやがった。
しかし、そんなことよりも気になる名前だったので俺は思わず聞き返した。
「……え? クッコロ・リョナ?」
「クードーコーロー・リョーウーナ。変な呼び方しないで」
ばんっ、と軽くテーブルを叩いて訂正してくる。とはいえ、言うほど怒ってないようだ。
「いいじゃないか、リョナで」
俺好みの名前だ。
「なら、私はあんたをサティって呼ぶ」
「サディの方が好みだな」
――サディストの略っぽくていい。
「じゃあそれで。サディ、私達、友達になりましょ?」
――こうなるから名前を聞きたくなかった。
名前を聞いてしまったら――赤の他人として無視しづらい。ここまで来て今更だが。
俺は観念して聞き返す。
「――それで、リョナは俺にどうして欲しい?」
「私を助けて。お願い」
彼女は立ち上がり、まっすぐに俺の目を見つめてくる。
吸い込まれそうな美しい黒瞳に戸惑う俺の姿が映っていた。
強く、気高い目だ。こんな目をされてしまっては――。
「なんでまた俺が――」
抵抗する俺に彼女は畳みかけてくる。
「いいじゃない。お願い。私達、友達でしょ?」
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