<第一話> その3

 次の日。

 街を歩いていると頭にバケツを被り、びしょ濡れで倒れている女子高生を発見した。

 異様な光景に周囲の人間は遠巻きに彼女を見つつ、「何あれ」とぼそぼそと囁き合っている。

 誰もが彼女に関わるのを忌避しているようだった。

 が。

 俺は思わず近寄り、指さして笑った。

「アッハッハッハッハァッ! なんだそりゃ! なんて間抜けな姿だっ!」

「何よっ! うっさいわねっ!」

 バケツの奥からくぐもった声が聞こえてくる。この強気な反応。間違いない。昨日の子だ。

「お、泣いてんのかお前? 大丈夫か?」

「大丈夫よっ! 私のことなんか放っといてよもうっ!」

 ぐすっ……と涙ぐむ声。

 ――あーあ、昨日と同じやりとりだ。

 細かいところは違うが代わり映えのないやりとり。

「もう一度聞くけど、本当に大丈夫か?」

 一字一句、同じ言葉を聞き返す。

「大丈夫な訳ないでしょっ! 見て分からないっ!?」

 彼女の罵声を聞いて思わずにやける。

 ――まったく、相変わらず俺は最低の人間だな。

 顔がにやけるのを自覚しつつ、カバンからタオルを取り出す。

「何があったかは知らないが――今日も俺はタオルを持ってる。汗かきだからな」

 バケツ女は何も言わず右手をばっ、と伸ばしてきた。

 渡せ、と言う意思表示らしい。なかなかシュールな絵面だ。

 このまま渡してもいいが、それじゃちょっと芸がない。

「人にものを頼む時の態度じゃないな。

 やっぱり無視して帰ろうか」

 まっすぐに伸びていた腕がへにゃっと曲がる。指先からぽたぽたと落ちる水滴が実にシュール。

「タオル貸してください、お願いします、だろ?」

 曲がっていた腕がわなわなと震える。

「…………さい…………ます」

 バケツの中からくぐもった声が漏れてくるが、上手く聞き取れない。

「え? なんて? バケツの音が反響してよく聞こえないぞ?」

「助けてください……お願いします」

 バケツ越しでも奥歯を噛みしめてるのがよく伝わるいい声だ。

 俺は大きく頷くと、さらに付け加えた。

「助けてください、ご主人様、だろ?」

「調子に乗るなっ!」

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