2−2

 しかし実際オルレリナは特に味が無い上に泥臭く、ジョーはひどくガッカリした。なるほどケーリー兄はジョーに気を使ったのか知らないが、要するにあの市場で見た大きな野菜は、つまり安く済ませる為の粗品だったのだな、という事を学んだわけである。

「フルネスくん、おはよう!」

 と女性が声をかけるのを聴こえたので、ジョーは驚いた。

「やあ、メラマちゃん!」

 見ると茶色の巻髪ですこしだけ背の高い女生徒であった。フルネスはジョーを差して、メラマと呼ばれた女生徒に言う。

「こっちはさっき知り合った、ジョー・プラーシックバウエくんだ。」

「はじはじはじめまして、わわわ。」

あわてるジョーを見てメラマはフフフフと笑い、言葉を返す。

「こんにちは。わたしは、メラマ・ブルーチェット。フルネスくんとは幼馴染で、モーリアの街から来たの。ジョーはどこから来たの?」

「あ・・・え・・・その、城下町近くの、バウエ山です」

「なるほどそれでプラーシック(注:アルゲバの言語で『ふもとの』の意)バウエなのね。山に住んでるんだ。素敵。」

「あ、お。」

 実際山に住んでいて、母アルナ以外の女性と話したことのないジョーにとって、初めて同年代の女性と話すのは緊張の連続であった。

「バウエ山か!」

 背の高く細い男の子がその会話を聞きつけてやってきた。

「おれ、バウエ山の近所のテルナ山出身なんだ。あ、自己紹介忘れてた。タルヒ・ケントルス。趣味はアーチェリー。」

 タルヒは呆然としているジョーに握手する。

「聞いたことあるぞ。バウエ山にはオバケがいるんだってな。」

「あ、それ私のおばあちゃんからも聞いたことある。本当なの?」

 ほぼ初対面のタルヒとメラマに攻め寄られて当惑しつつ、じゃああれ言っちゃおうかな、という風に気が大きくなってジョーは言う。

「見たことある。」

「ホント!あのオバケを!?」「どんな形だったどんな形だった?」

「真っ赤でねえ、キバが生えてた。」

「うわあこわーい。」

「・・・なんか無知な人が騒いでるな。」

 騒いでいるジョーの背後でそうつぶやく声が聞こえた。みなが黙った。

「どなた?」

 とメラマがすこし怒り気味に訊ねると、黒髪の少年が面倒くさそうに答えた。

「僕は、ベルーイ・モルデンネス。アルゲバ城下町出身。」

 見ると確かに裕福そうなしっかりした服装でおまけに長身であった。中背のジョーはなんか羨ましく感じた。

「お坊ちゃんなのは素晴らしいと思いますが、私達の話に割り込まないで下さいます?」メラマは強い口調で言った。

「いやいや、失礼。僕の父さんは植人工場の経営者でつまり貴族であり政治家だ。」

「自慢は結構。」

「人の話は最後まで聞こうか。そこのバウエ山の君。」

 ベルーイは呼び止められてジョーは吃驚した。

「君には特に残念なお知らせだが、父さんから聞いたが、その洞窟のオバケ、まあ実際はただの奇形なんだが、やつは国軍に捕まって、植人にされてしまった、らしい。」

 サッと場の空気が冷めるのをジョーは感じた。同時に、ジョーはなんだか目に涙が出てきた。

「・・・では、失礼する。」

 ベルーイは翻って去っていった。ベルーイの後ろに小男がビクビクとついていくのが見えたがジョーはそれどころでなく、この今は理解できない、激しい激しい悲しみに襲われて涙をすこし流してしまっていた。

「ジョーくん?」

 メラマに話しかけられてジョーは咄嗟にトレイに敷かれたナプキンで涙を拭こうとして皿をひっくり返してしまった。がしゃんという音をたてて食事がトレイの上で混ざり合ってしまった。

「ああらああら。僕のあげるよ。」

 フルネスがトレイをジョーの方にずらす。

「ジョーくん、大丈夫?」

 ジョーはしばらくして席を立ってどこかに行こうと思ったが、悲しみがその途端に引いてしまったので気まずそうに座った。

「まあひどい奴もいるよ。」

「お金持ちだし、人の心がないのよきっと。」

「気にしない気にしない。」

 慰められるもジョーは違う、そうじゃないんだ、と心の中では叫んでいた。自分の話題が封じられた悲しみよりも、あのオバケと呼ばれた何者かが、罪人と同じ植人としてあの郵便受けや受付のような物寂しい人形にされてしまったことに信じられない気持ちでいたのだ。なんてかわいそうな事をするんだ。

「ほらほら。」

「しっかり。」

 このとき、ふと直感が思い当たって、ジョーは植人そのものに怒りを抱いてる事に漠然と気づいた。許さない。植人などという残虐な制度を、許してなるものか、と。しかし今その事を言ってもみんな意味がわからず、また場がしらけるだけだ。ジョーは一端感情を押し殺し平静を保つ。そして笑いかける。

「ごめんね、今は大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ。」

「本当に?」

 フルネスが訊ねる。

「うん、大丈夫。ベルーイくんのことも大して気にしてないよ。」

「すごい、12歳なのにもう大人じゃない。」

 メラマが感心していたが、ジョーの腹の内は全くメラマの考える大人びた理想とは異なる正義の狂気に満ちていた。ベルーイは愚かだっただけだ。もっと憎むべき存在がベルーイよりも遥か上に存在する、と、ジョーは確信していたのだ。ジョーは誰にも見えない未来を、真っ直ぐ見つめていた。

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