第2話 部員は6人、クラスは28人、全校生徒は496人の完全数

第2話(その1) 市川醍醐が見える範囲の世界と、嘘つきについて

 この話の中で、ぼくは樋浦清さんが語っていないことについて語ることになりました。ぼくは清さんと同じクラスで、部活も同じ物語部の市川醍醐といいます。

 清さんが語っていないことでまず大事なのは、彼女は学校の中でもむしろ美人のほうだし、スクールカースト的に最下位でもないし、ひとりだけ浮いてるわけではない、ということと、彼女が話しているのは全部嘘だということです。

 始業式と、そのあとのクラスで戻っての自己紹介のときに清さんはいませんでした。最初の、趣味とか出身中学とか自己アピールとか、そういうことしてなかったんで、清さん自身はどうもクラスになじめない感があったかもしれませんが、ぼくはそのときに藤堂明音さんが言ったことを覚えています。

「藤堂明音です。ふつつかものですがこれから一年よろしくおねがいします。好きなものは嘘と嘘つきです」

 そう言って、斜め後ろの空席を指さすと、こう言いました。

「その席に座る設定になっている、樋浦清という人は、信頼できる嘘つきで、私の友だちです」

 さて、物語には、信頼できる語り手と信頼出来ない語り手がいます。人は物語を、そこで語られたものについては、ある程度の真実と嘘がうまい具合に混じりあっている、という感じで受け取ります。昔こんなことがあった、遠い土地でこんなことがあった、と話す語り手は、真実か嘘かのどちらかを言っています。それが、一人称多視点で、みんなが特定の事件に関して話しているのに、言っていることが違う、という物語構成も可能にしたのは、19世紀の小説と20世紀の映画の話法・文法によります。

 始業式の藤堂明音さんは、紺のブレザーに、胸にユズリハのエンブレムがついた、服はおしゃれだけどどこかぼくたちが通っている高校とはだいぶ離れたところにある公立高校の制服を着て、腕に喪の腕章をつけていました。

 ぼくは、今まで藤堂さんほど美しい人には会ったことがありませんでした。そして、振り返って見ているぼくに気がつくと、やさしくほほえんで手を軽く振りました。

「お前は信頼できない嘘つきだけどな」

 ぼくの部屋へ遊びに来ている、昔からの友だちで、学校ではぼくのうしろの席にいる関谷久志が、勝手に冷蔵庫をあけて取り出したプリンを食べながら言いました。

 かれとぼくとは、あなたの想像するよりはるかに古い、人類がただのサルではなく知性を持った野蛮なサルになったころからの友だちです。それはともかく。

 ぼくは久志に聞きました。

「だけど、藤堂さんが言ったこと、おかしくない?」

「別におかしくないよ? 樋浦は嘘つきで、藤堂さんはふつつかもので、360度どの方向から見ても美人だろ」

「そうじゃなくてさ、これ、『嫌いなものは嘘と嘘つきです』ならわかるのよ。でも、好きなもの、って言ったら、それ、嘘だよね? つまり、嘘が好き、ということは、本当なのか嘘なのかわからない」

「ちょっと考えさせてくれ…嘘が好きというのが嘘だったら、嘘が嫌いということになるし、嘘が嫌いなら、嘘が好きというのは本当になって、嘘が好きというのは嘘になるんだな」

「うん、多分そう」

 ぼくは机の上にルーズリーフの紙を一枚広げて、図にしてみました。

「だから、藤堂さんが清さんの友だちなのかも、観察している外部の人間にはわからない」

 久志はとりあえず食べかけのプリンをぼくの机の上に置いて、ぼくのベッドの上に体をどさりと置いて考えこみました。

 そして、ぼくは樋浦清さんの物語を作りはじめました。

 清さんは藤堂さんに、自分用の箸を持ってきてもらったんではなくて、清さんが箸を作ったんです。

 その箸はほどほどの小ささの朱塗りで、太いほうには白猫と黒猫の絵が入っていて、いかにも清さんのために藤堂さんが用意したように見えるのですが、実は黒猫の絵が少し薄くて、灰色がかっているのです。

「なるほど、これはよくできた箸ですね」

 ぼくがそう言うと、清さんは困りました。ここはふたりをもっと困らせたいと思ったぼくは、こう聞きました

「藤堂さん、その箸はどうやって手に入れたんですか?」

 そうして箸の物語は生まれるのです。

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