第2話(その2) 市川醍醐が少しだけ語る過去と、屋上でくだらない話をする

 ぼくの一日は、まず6時45分にセットしてある目覚まし時計を止めるところからはじまります。

 この、目覚まし時計を止めるところがあるアニメは、多くの場合はそれがタイム・ループのフラグになっていて、同じ一日を何度も繰り返すことになるのですが、これはそのようなことはありません。

 いろいろ、日常的すぎて描写の必要がない所作を省略すると、いちばん大切なのは、その日の帽子を選ぶことです。

 キャスケットならアスコットタイはどうだろう、とか、ニット帽ならラフな感じで、とか、ポークパイハットはボウタイも、フレッド・アステアみたいで悪くないな、とか思うのです。

 帽子と着る服が決まると、パンを食べながら歩いて5分ぐらいのところにある久志の家に行きます。

 ええと、この前にアニメだったら「よしっ!」とか言ってOPがはじまるみたいな感じで。

 ぼくが久志の部屋に勝手に入り込んで、ベッドの上にのしかかって、無理矢理起こす、ということはありません。

「お前も毎日大変だな」

 久志は中学時代は体育会系だったので、早起きには慣れているのです。むしろぼくのほうが、かれを起こしにいくということにして、早く家を出ないと遅刻することになります。

「これも何かの縁だね。同じクラスで席も家も近いのに、別々に登校するって、なんかおかしいし」

     *

 ということで、清さんたちと一緒に昼食を取るようになったぼくたちは、そのとき、太陽光パネルが一面に敷きつめられて、昔はもっとにぎやかだったんだろうな、と思われるような旧校舎の屋上で、藤堂さんが清さんのマッサージをするのを見ていました。

 見ていたのは、ぼくと久志、それに松川志展さんと、あと同学年で隣のクラスで、なぜか屋上で食事をしていた立花備くんでした。志展さんは、なぜか目がいつもよりさらにキラキラしていたと思います。

 4時間目の体育の授業のあと、ふたりがジャージから着替えてなかったのはこれのせいで、陽射しがぽかぽかと暖かい、というよりうむしろ少し暑すぎるぐらいの日だったのですが、清さんは物語部から持ってきた2枚のブランケットの間で、だらしなく藤堂さんに全身を揉まれていました。

「旦那…だいぶ肩のほうがお凝りのようですね」

「ああ、気持いいなあ、いたっ、痛いよ藤堂さん、だめだよそこは」

 藤堂さんはどんどん、男子には手がつけられないようなところまで揉んでいました。

「ここがツボなんで、少し我慢してくださいよ…この張り具合は、そうとう剣術で鍛えてますね、ただの壺振りじゃこうは肉がつかない」

「そこまでにしておくんだな」

 久志は、藤堂さんが脇に置いていた仕込み杖を手に取り、彼女の首にそれを当てて言いました。

「そういうお前も、ただの按摩じゃあるまい」

「な、何をおっしゃるんで、お武家さま、あっしゃただの…」

「ふっ、まあよかろう。お前との勝負、楽しみにしているぞ」

 久志は、中学時代は剣道部で、今は演劇部に入って芝居の勉強をしているという設定です。

 引き続ききゃっきゃしている女子ふたりはそのままにして、ぼくはぼんやり遠くのほうを見ていました。

 青い空には白い雲が流れていて、遠くにはまだ雪が残っている山、そして川の土手の向こうには、藤堂総合病院という文字が見えそうで見えない、白く新しい病院がありました。

 風が吹いて、ころころと転がったぼくのポークパイハットを拾った備くんは、ぼくにこう言いました。

「ほら。ところでこの帽子って、どういうキャラづけでそうなってるの? 別にハゲ隠しとかそういうんじゃないよね?」

「それはちゃんと意味があるんです。でも、それは今は言えません」

「いや、おれは知ってるよ。これは一芸入試の小道具だな」

 さっそく備くんは、物語を作りはじめました。

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