第1話(その6) 自分たちの過去についてでたらめな話をする樋浦家の姉妹
ふんふん~と鼻歌を歌いながらわたしは浴室から出て、姉を呼ぶ。
ちなみに入浴シーンは物語部室のビデオではやはりデータ飛んでて、立花備には見られませんでした。
「おねーちゃん、お風呂開いたからいいよ?」
「わかった、すぐ行く」
「それから、お風呂出たら話したいことがあるんだけど」
姉の風呂は長い。だいたい50分ぐらいで、どうして長いのかというと、風呂の中で本を読んでいるからだ。本は読むけど髪は毎日は洗わない。わたしの場合は毎日洗って入浴時間は40分ぐらいで、乾かすのに10分ぐらいかかる。
どうもこのわたしの髪の毛の色、他の人にはピンクに見えるらしいんだけど、そんな髪の毛の人間には、リアルでは出会ったことないんで、これも物語上の都合なんだろうな。
とりあえず、人には見せられない寝巻と髪型で、明日の理科系の予習をやってみる。
うちの高校の授業進行はものすごく早くて、先生のほうは、このくらいはお前らならわかるだろ、と、非常に雑な教えかたをするので、予習と復習は毎日3時間ぐらいやらないとついていけない。
体調不良で1日学校を休んでも大丈夫、というレベルで進めてるわけなんだけど、春休みの間に古文ざっくり全部やっといてよかったよ。英語は1年の半分ぐらいか。
ということで、生物の予習をだいたい終わったころに姉が出てくる。
風呂の中で読んでいたのは、講談社文芸文庫の新刊らしいけど、どうも姉は最近の作家の小説は読まない設定らしい。本を読む早さは、試しに測定してみたら1分間に6ページぐらいだった。どんな本でも、日本語ならだいたい1時間で読めちゃうわけだ。
ウッドランド・パターンの寝巻にさっさと着替えた姉は、わたしの部屋のわたしのベッドでごろごろしながら聞く。
「で、話ってなによ? 部員の誰を最初に殺そうかとか、そんなの?」
「うんまあ、それは置いといて。わたしたち、母子家庭っていうか、父親がいなくて、母方のお祖母ちゃんの家に、お母さんと住んでる設定だよね?」
「なんだよその設定ってのは。まあいいや、それで?」
「わたしたちのお父さんって、どうなっちゃったんだっけ」
姉は考えこむときには、眉間にしわがよるため、それを右手の人差指と親指でつまむようにして考える。
「え、えーと、何だったっけかな。交通事故だったと思うんだよね。そうだよ、葬式、ちゃんとやったし、おまえも覚えてるはずじゃん」
「残念でした」
わたしは真犯人はお前だ、みたいな感じで指を出す。
「そのときに死んだのはおねーちゃん」
「ええっ…そうだよ、思い出したよ! でも、じゃあ何で今、俺がここにいるのよさ」
「お父さんは科学者で、娘の代わりにそっくりのロボットを作ったんだよね。だけどロボットだから全然大きくならなくて、小学生の身長のままなわけ」
「いやさすがにそれは嘘だろ」
「だよね…でも、交通事故という設定でいいのかな」
「じゃあしょうがないな、おまえの話をもう少し聞こう」
「お父さんは生きていて、おねーちゃんは死んでる。お父さんは作家で、その死因で心を病んでしまって離婚して、今は施設でこの話を書いている。この話の中では、おねーちゃんは死んでいない」
姉が口をはさむ。
「ちょっと待ってよ。この物語はおまえの創作だろ? だったら、作家のお父さんもおまえの創作で…あれ?」
わたしは首をたてに振る。
「うんうん、そうなんだよね。物語の中に作家を出すとややこしくなるのは、この物語が誰のものなのかわからなくなるのね。で、とりあえず、わたしたちは小学生のとき、お母さんの実家に引っ越す、という、これは本当でいいよね?」
「本当も何も、当時の同級生、ふつうにいるからな」
「でもさ、写真も記憶も、いくらでも偽造できるんだよ? 実は、いつか言わなければいけない、と思ってたんだけど、わたしは未来から来ました」
姉はびっくりする。
「ええっ、そういう設定なの?」
「設定じゃなくて本当の、本当のこと。ある役目を果たすために来たんだよね。で、その役目を終えたら、未来に戻らなければならないんです。そのときには、みんなの記憶からわたしが消えます」
「そ、それじゃちっちゃいころ一緒に公園で遊んだり、海に行ったりしたってことも? 浜で五十両拾ったのも?」
「うん、最後のはともかく。おねーちゃんには最初から妹はいないことになります」
そのあと、姉には大泣きされて困った。そうだよね、わたしはずっとこの、何でも信じてしまう姉の妹だよね。
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