第1話(その5) 千鳥紋先輩の、この物語に関する少しの疑問
ここでは話しにくいから、ということで、校舎の出入り口のところで待っていると、千鳥紋先輩が自分用の緑色の、地味だけど高そうな傘と、わたし用のビニールの傘を持ってくる。置き傘として部室に置きっぱなしの奴だ。
待ってる間に、先輩は多分カップを洗って、お手洗いに行ってきたんだろうな。
そういう描写は、伏線がないかぎりはていねいにする必要はないし、そこで起こったことが何だろうとわたしには知ることができないので、千鳥紋先輩の当番回のときに書かれるかもしれない。
「じゃあ、歩きながら話しましょうか」
先輩はそう言って、どんどん歩きはじめる。
後を追っていくと大粒の雨が降りだして、遠くで鳴っていた雷が近くなる。
学校から駅までは歩いて5分ぐらいで、学校からわたしの家までは直線距離で自転車だと20分ぐらいなので、普段は自転車で通ってる。自転車は姉から譲りうけたもので、姉は今は電車で通っている。
私が少し遅れるので、先輩は少し立ち止まって、私を見て言う。
「なんで現在形なの?」
言ってる意味がわからない。
「だから、どうして「言った」とか「思った」じゃなくて、「言う」「思う」なのか教えて」
なるほど、と納得する。
「言われてみるとそうですね。どうしてなんだろう…」
いきなり先輩はわたしの口に人差し指を当てる。
「それは多分、この話について何も考えてないからよ。今だってどうしてなのか、書きながら考えてるでしょ。つまりこの話は、どうやって終わらせるのか、あなたにはわからない」
「え、でも物語ってたいていそういうもんじゃないんですか?」
「違うわよ。何も考えてないで書きはじめる人なんていないの。物語は、はじめと真ん中と終わりがあって、終わっているものとして語られるのよね。つまり、未来から過去を見た、過去形じゃないといけない」
「なるほど…でもそういうの、最初に言ってくれないと、今からだと無理ですよ。あと最終回、誰が書くか決まってましたっけ」
先輩は少し首をかしげる…じゃなくてかしげた、なのか。もうどうにでもなれ。
「決まってるんだけど…今は秘密なのかな」
「じゃあ口元を読者に隠して、ピッチャーと試合中に作戦会議する野球チームみたいな感じでお願いします」
ということで、先輩はわたしに耳元でささやいてくれたが、それが誰なのかは言えない。
「それから、あなた、というのは言いにくいし、樋浦妹さん、というのも変なんで、どう呼んだらいいのかな」
「姉には「おまえ」って呼ばれてます」
「じゃあ、せーちゃん、で」
人の話を聞いてない。考えてみたら、わたしと姉が同じ部に入って部活動やったのって今までなかったんだよな。わたしも呼び方に困る。おねーちゃん、じゃないし。樋浦先輩でいいか。
「はい。でもどうして部室では話しにくかったんですか」
「あっそうだ、これ、アニメのシナリオとかそういうのだったらいいわよね。「清、巨大化した淫獣を前にして、仲間たちに言う。『ここは私にまかせろ!』」
「だからどうして…」
先輩は再び立ち止まって言う。
「演出効果よ。いい? せーちゃんは立花備を好きになってはいけない。きっと不幸になるわ」
途端に、先輩の背景に立っていた校舎にでかい雷が落ちて、先輩の顔の陰影が濃くなって、あたり一面の明かりが消える。
*
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「ええっ!? どうなってるのこのアニメ? こんなところで続くの?」
部室で春の新アニメ、『物語部員の生活とその意見』を見ていた立花備は言った。
市川醍醐はスマホを見ながら答えた。
「もうちょっとだけ1話はあるのです。あと、速報はまだ出てませんが、地名+停電で検索すると、なにかつぶやいてる人が何人かいるみたいですね」
「くっそー、データ飛んでたり、今夜の予約できなかったりしないよな!」
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