ボーイミーツガール アンド ホープの書 2ページ

 日もだいぶ上がり朝靄も晴れた頃。特訓を終えたルベルとロッソは村長の家にいた。

 ロッソは昨日樽半分の葡萄酒を飲んだというのにケロッとしている。二日酔いもなく、気だるさも全くなく、気持ち悪いとも何も言わない。むしろ快眠が取れたと言うぐらいなので表情はかなり明るかった。

 一方ルベルは深夜までの祝賀会に日課の早朝特訓で多少眠気があったが、そこは仕事である。気合をいれてこの時だけは気を張り詰めている。


「さて報酬の件ですが」

「ええ。最初の契約通りで」

「待ってください」


 村長の切り出しにギルドマスターのルベルが応える。

 だが村長がそれに待ったを掛ける。

 それは高過ぎるからではない。


「完全に解決していただいたのです。成功報酬もつけたいと」


 だがそれにルベルは首を横に振う。


「それは受け取れません」


 その言葉に村長は驚きを隠せなかった。

 だがロッソは当然という表情と、またかという呆れ顔を見せる。

 そしてルベルがその真意を答える。


「話を聞く限り半年以上作物が育てられず、村の貯蓄で切り盛りしていた状態だったはず。これに通常の契約通りのお金だって厳しいでしょう。さらに成功報酬の上乗せなんて大変なはずですよ」

「しかし!!」


 そこにロッソが割って入る。


「あー村長さん。こうなったこいつは頑として動かないから諦めた方が良いって。前にそんな感じで報酬上乗せするって相手から無理矢理金品握らされた時なんて丁寧に返しに行ったからな、こいつ」

「不服そうだな。ロッソ」

「ったりめーだ。お金を追加で正統にくれるってのにそれを断るんだぞ。【カザミドリ】に行く回数が減ると思うとな……」

「良いか。報酬ってのは適正な額というのがあるんだ。相手の事情だけで報酬を断れば今まで俺達に払ってくれた人たちを馬鹿にしてるのと同義だし、無償という事でウチだけに依頼が来て他のギルドに仕事が行かなくなる。それは社会としても悪だ。逆に貰い過ぎは俺達にとっても毒なんだ。さらにあっちが苦しんでいるというのにそれを貰えるか」

「分かった分かった。一つとってもお前の小言は話が長くて面倒だ。俺は諦めてるから、それを村長さんに言ってくれ」


 そしてロッソがガクッと項垂れる。

 そうなのだ。ルベルの憧れる存在。その存在がそうだったからルベルもまたこの道を当然のように辿るのだ。


「というわけです。むしろその成功報酬分のお金は村の復興に使ってください」

「いえ。しかしですよ」

「相手に余裕があるなら言葉に甘える事も出来ます。ただそのお金の価値は私たちがした仕事量には大きすぎます」

「ってことだ。村長さん」


 それにロッソが同意すると言葉を足す。

 それでも納得しかねるという村長に何度か使った助け舟を出す。


「それで納得しないならあれだ。グリモアイーターのルベルだからな。適当に本をやれば良いぞ。廃品回収だと思えばな」

「俺をゴミ箱みたいに言うな」

「だってな。本ならなんでも見境なくなんでもお構いなしだろ。お前の魔術体系に合ってなくても、読むし」

「……そうだけど……。まあそういうことです。納得されるのなら物品でも結構ですよ」

「俺は肉が良いな。あれだ俺の世界だと暑い時期と寒い時期にお中元とお歳暮ってのを贈る行事があるんだ。ってことであの猪肉を」

「そうやって催促をするな。お前は毎度毎度」

「あー分かった分かった。冗談だって」


 そのルベルとロッソのやり取りに村長も息をつく。

 そして思い出す

ルベル・ルビクンドゥス。

思えばルビクンドゥス家は有力な貴族である。

 ならば追い出されたとしてもその貴族としての心、ノブレス・オブリージュがルベルに息づいているのは当然だろう。

 困っている人がいれば助ける。それが自尊であり自負であり、そして義務である。

 その心が過剰なお金は受け取れないということなのだろう。

 

「分かりました。では私の書斎に案内しましょう。特別な魔導書などはありませんが」

「そうですね。絵本とかあれば良いですかね」

「あーそうだな。ロズとエリスロの二人にはちょうど良いな」

「お子さんですか?」

「預かってる子です。小さな子がいて」


 それにルベルがちょっとはにかむ。

 そして村長が席を立ち、二人もそれについていく。


「何歳ほどなのですか」

「7歳ほどです」

「あいつら問題起こしてないよな」

「良い子にしておいてくれとは言ったけど。それに困ったらヴェールさんのところに転がりこんでおいてって伝えたし」

「俺はロズが料理してない事を祈るだけだ。エリスロのことだから回避させてると思うが」

「あーそうだな……」


 ロッソの重い発言にルベルもただただ重く同意する。

 村長としては小さい子が料理をするという事で火を使って危ないという親心だと思っているが、現実はもっと悲惨なのだと二人の舌は覚えている。


「さてここが書斎です。私は他の家にも何かないか聞いてきます」

「ありがとうございます。ではしばらくここで見させていただきます」


 そしてルベルは書斎の本を一望した。

 確かに魔導書はない。

 だが気になるものがある。

 その表情の変化に興味なげだったロッソも片頬を上げ、面白そうだとルベルに聞く。


「おいおい。なんかあったのか」


 だが一方のルベルは興味や好奇心よりも冷たい汗が背中をつたっていた。

 そして気になる本の取るとすぐさま一番最後のページを見る。

 そこに書かれている事実をルベルは何度も何度も確認した。

 だがそれは変わりはなかった。

 そして思わず声が出てしまう。


「ベラノ・アゴスト著  果実・獣酒の作り方  14版」

「おっ美味そうじゃないか。ってお前なんでそんな白い顔してるんだ」


 ロッソの言う通り確かにルベルの顔は真っ白になり、額に汗も浮かんでいる。

 それを拭いてルベルは一度深呼吸をする。


「これは回収しないとな」

「どうしたんだよ、おい」

「家庭の事情だ。それもかなり面倒な」


 それにルベルは「はあ」と息を吐く。

 勘当され、追い出されたルベルですら家庭の事情といって抜け出せない問題に巻き込まれる。

 それほどの影響力がその本にあるのかと、ロッソは気になった。

 だが聞こうとした時、村長が戻って来たのだ。

 しかも真っ白な本を持って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る