ボーイミーツガール アンド ホープの書 1ページ

 朝靄が立ち込める早朝。

 村長は日課である村の散歩をしていた。

 昨晩はゴーレムの撃退の祝賀会ということで普段より酒を嗜んだため多少頭が重い。それでも朝になると目が覚めるのは歳の性かと自嘲気味に苦笑する。

 そしていつもよりも皆の眠りも深いように感じる。

 それは無理もないと村長は思った。ここ数カ月の懸念が一気に取り払われたのだ。精神的な不安が解消され気持ちも楽になったのだろう。それに付け加えてのあのドンチャン騒ぎの祝賀会だ。場の中心にいるロッソが酒や食べ物に素直に喜ぶため、作った村人も気をよくしてさらに勧めさらに喜ぶという幸福の螺旋階段を上るようだった。

 そのため今日は誰もが深い眠りで幸せな気持ちで床についているのだろう、と思った。

 だが一人だけは違ったようだ。


「おや。ルベル殿」

「村長。お早いですね」


あの戦闘があった畑のところでルベルが立っていたのだ。


「昨日の件の調査ですか。頭が下がりますな」

「まあ当然のことというか。それと日課もありましたし、ついでのようなものです」

「日課とは?」

「魔法の特訓ですよ」


 村長の言葉にルベルは本を3冊見せる。

 一つは『召喚術』と書かれたもの。

 一つは『ルーン秘術』。

 一つは『ドルイドの秘奥』。

 魔法に疎い村長でも何となくは分かる。これら全ては違う、全く違う術式体系の魔法であると。

 例えるなら果樹と作物、さらに生花の栽培は全く違うノウハウで行うのに農業という大きな括りで乱暴に纏めた様なもの。

 それらを纏めて特訓をする。それは身にはならない、かえって毒なのでは。むしろこれが魔法を使えない原因なのでは。

 その推測をルベルは察す。いや、毎度のことだから察するというよりいつも通りの説明をする。


「分かってますよ。これが全て違う体系が違う術式だというのも。そもそも自分の出自を考えれば『赤の魔法』が一番馴染み深いはずなんですが何年経っても、それこそ一族の秘奥とすら言っていいレベルのグリモアを読んでも使えませんでしたからね」


 ルベルは自嘲気味に語る。

 だがそれはもう吹っ切った過去の話だ。

 だから村長にはルベルの顔が不思議に感じれた。悔しさや自分に対しての呆れは表情から察せるが、絶望という影が見れないのだ。


「だからいっそ別の魔術なら使えないか。使えなくても、その別の魔術を知ることで『赤の魔法』を今までとは別の角度から見れてさらに理解が深まって、もしかしたら何かが分かるかもしれない。そんな気持ちであらゆる本を買っては試してるんですよ。だからこうして基礎だけですが、別の魔法体系も特訓してるんです。『赤の魔法』のグリモアは持ち出さなくても頭に全部入ってますからね」


 ルベルの言葉に村長は息を飲んだ。

 口で言うのは簡単だが、それはとても過酷な道だと分かるからだ。

 むしろ諦めたら良いのでは、そう口から出そうにすらなった。

 だが村長は口に出さなかった。

 言った所で諦める様な目をしていない、というのもある。きっと村長が思うよりも絶望を感じて来たのだろう。何度も何度も眠れぬ夜を過ごしてきたのだろう。

 それすら超えて今前に進んでる。そんな人物に掛ける言葉はきっと違う。


「頑張ってくださいね。魔法、使えるようになると良いですね」


 人生の先達として楽な生き方を教えることは出来る。

 けどきっとこの青年が望んでるのはそんな生き方では無い。

 ならば人生の先達として与えるのは彼を支える言葉なのだろう。そう村長は思うのだ。


「あなたのその特訓があったからこそ、村は救われました。これからも頑張って」


 その言葉にルベルは恥ずかしそうに頭を掻く。


「ありがとうございます。精進します」


村長は村の方へ戻る。朝靄の中へ、また。

 ルベルも畑の方へ一歩先に進む。朝靄の深い中へ。

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