ホットスプリング村の怪奇の書 3P

 村について3日。

 幸いと言っていいのかゴーレムが村に現れることはなかった。

 そもそも散発的に現れるとので日数がかかることは承知の上だった。

 だが村長には気になる事があった。


「ルベル殿。あの……ですね」

「なんですか」

「大丈夫ですか」

「多分……」


 答えるルベルの顔に多少影が濃く落ちる。


「私たちが止められないのは分かっているんです。ただ……ですね」


 その言葉にルベルはかぶりを振う。


「いえ。ああ見えて一流ですから」


 そう言って真剣な目で見るその先では、問題となりそうな畑のど真ん中で廃棄寸前の加工品をたらふく食べるロッソの姿があった……。


「廃棄寸前ですよ。私の目から見ても結構危なそうなのありました、必要なら食事を作りますけど」

「お気持ちは嬉しいのですが解決できるという絶対の見込みもない以上、そういった施しは控えたいのです」

「お腹壊したり……」

「大丈夫だとは思うんですけどね……」


 村長とルベルが真剣な面持ちで心配して話している一方。ロッソは気楽なものだった。

 なんせ仕事は穴を掘る。なのでもう畑のそこら中に穴を掘り終えたのだ。

 後はゴーレムが来るのを待つだけ。

 ならば旅の醍醐味である、地方料理に舌鼓を上げるというのは当然の発想だった。とはいえ、ギルドマスターのルベルの思考も当然熟知している。

 酒持ってこい。料理持ってこい、と本当は言いたかったがまた小言を言われては面倒だった。そこに廃棄寸前の加工品があると知った。


「これ捨てるのか?」

「ええ」

「なら俺によこせよ」


 と相成って今に至る。


「なあ、おばさん」


 ロッソが近くで先ほどから廃棄寸前の加工品を持ってくる妙齢の女性に声をかける。


「なんだい」

「山椒ねーか。あータダだとまたあいつに言われるから買うから」


 そう言って胸元やポケットを叩き財布を探す。


「調味料ぐらいタダでやるよ」

「ホントにか。いやー今回の依頼はついてるな。上手い飯がこんだけ食えて、温泉もある良いことづくめだな」


 そう言って猪肉の燻製をかじり、地熱で黒くなった温泉卵を口に入れる。

ゴーレムで雰囲気も沈んだ村だが、ロッソのいるそこだけは妙に明るく感じた。

 ただ村にとってはそれは嬉しかった。

 これだけ楽しんでいる人がいる。ゴーレムがいなくなれば、村としてまた盛り返せる。そう信じれる要因と成っていた。

 知らず知らず村人を励ましているロッソ。本人はそうとも知らず。ただ幸せそうを噛みしめるだけだった。


 だがその幸せな顔をしたロッソが急に険しい顔になる。

 そして腰にある巻物を取り出し広げる。

 ロッソの戦闘態勢の一つだ。

 ロッソの魔術は【封印術】と言われるものだ。代表的にして、基礎的な術式がこうした巻物や紙に術印を施し物質を閉じ込めるというもの。どれだけの物質を閉じ込めておけるか、どれだけの質量を閉じ込めておけるか、どれだけ早く閉じ込めておけるか、などなど。それら封印する材質や術印、使用者の技量によるため様々だが、魔術に疎いと自他共に認めるロッソでさえこれほどの小さな巻物に手持ちの武器を仕込むぐらいは容易に出来る。

 それが今開こうとしている。

その変容にルベルも気付く。


「何か気付いたのか」

「ああ」


 それにルベルは畑のその先にある森を凝視する。

 ロッソの戦闘能力はルベルの到底敵わない先の存在だ。そのロッソが気付いたとなるとゴーレムも近いのかもしれない。


「ゴーレムか」

「ん? 違うぞ」

「え? どういう……」


 そう言われルベルがロッソに視線を戻す。そして酷い頭痛を覚えた。

 ロッソが巻物をポンと叩くと包丁が現れる。そして地面から布で包んだ肉を掘り返していたのだ。


「最初に聞いててな。地面の上で薪を燃やして、地面の下でこうやって熱を加えれば美味いって。食うか」

「……さっき気付いたのか、って問いの答えはこれか?」

「違う違う。これはおそらく濃厚な味だ。そこに山椒。さらにこの燻製で使われた胡椒を用いることできっと美味くなるとだな」


 真剣な眼差しでロッソは肉を見つめる。

 そこに先ほどの女性が山椒の入った瓶を持ってきてくれた。


「はい。山椒持ってきたよ」

「おお。おばちゃんありがとう。あとこの燻製に使った胡椒も」

「あら。鼻が良いのね。隠し味ぐらいに使ってたのに」

「ああ。五体に五感が鋭いのは俺の自慢でね。早く早く。これが冷めちまう」

「はいはい」


 そして女性は急ぎ足で胡椒を取りに行ってくれた

 それを見送るとルベルは大声を上げる。


「このバカ!! もっと緊張感を持て」

「持った所でもう手は打った。お前の解決策だってある。無茶なら無茶でお前が何か考えてくれるだろ。その間、俺は時間を稼げば良いだけだしな」


 それにロッソはにひひひ、と笑って見せる。

 信頼してるからこその行為だというのだ。

 だとしてもやられてる方、さらにはギルドマスターという上長の立場としては不安に感じるのは仕方のないことだ。

 その不安も飛ぶような雰囲気がロッソから感じれた。

 いや、ルベルもそれは感じれた。


「村長さん。この料理下げて、どっかの家入ってて。ああさっきの胡椒のおばちゃんにも声掛けて戻ってて」

「というか、村人全員を畑に近づけないでください」


 ルベルが今までにない強い語気で村長に指示する。

 それで村長も分かった。


「来るんですか」

「ああ。ようやくのお出ましだ。で、話半分で聞いてたんだがゴーレムって3体もいたのか」


 その言葉にルベルと村長が驚く。


「おいおい。3体って本当か」

「さっきおばちゃんに言ったろ。五感と五体に自信があるって。」

「いえ。今まで襲って来たのは一体だけで……」

「どう見る。ルベル」


 それにルベルは少し思案した。


「術式として増殖したというのはありえない。巨大化するならまだしも」

「となると、最初から複数いたとなるのか」

「なら考えを改めよう。一体で終わったと帰ってまた被害が出なくて良かったと」

「ポジティブだな」

「でないと、こんな人生送れてないさ」


 それにルベルが屈託なく笑う。

 普通その言葉は自虐的なのかもしれない。今でも本当に笑えてるのか分からない。

 だがこの道と歩き続けているルベル自身が、その言葉に真に笑えないと望む未来がないと分かってるから笑うのだ。


「村長さん。避難誘導お願いします」


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