第24話:待て! しかして大激動
菌糸で覆われた遺跡の家。
苔の絨毯が敷かれたその中で、わたしは子実体の椅子に腰掛けます。
気分はアンニュイ。嫌われたんじゃないかなという不安が、わたしを押し潰すよう。
「ね、ねえタケッシー君……良かったのかな、あんな風に追い返しちゃって……」
『構うことは無いッシー! あんな胡散臭いやつら、マナコちゃんが付き合う必要なんか無いッシー!』
「で、でも……ゆんゆんさんも居たのに……」
ゆんゆんさんは、この世界における私の数少ない知り合いです。
幸い森の恵みで今のところ飢えることはありませんが、いざとなったら頼れる相手は彼女だけ。
どこかわたしと同じニオイがするのに、立派に里長をやっている尊敬できる相手でもあります。
『……いくらゆんゆんにも、この事は明かせないッシー。マナコちゃんの"特訓"が紅魔族の連中にバレたら、あいつらこぞって奪いに来るに違いないッシー!』
「うう……確かに変な人たちですけど、ほんとにそこまでするのかなぁ……」
『するッシー! 間違い無いッシー! マナコちゃんは、"カッコ良ければ何しても良い"というあいつらの性格を知らんのだッシー!』
なんだか分からないけれど、タケッシー君は紅魔族を目の敵にしています。
森のキノコ達にとって、そんなに嫌なことが以前あったのでしょうか。
わたし達の「特訓」も、いつも絶対に秘密にしろって言って怒ってくるんです。
……きっとわたしが頼りなくて、心配してくれるからなんでしょうけど。
いつか、怒られないようになれればいいなあ。
『大丈夫だッシー、マナコちゃん。いつまでもこんな薄暗い森の中でジメジメしていたく無いことは、シーだって分かっているッシー……だって、マナコちゃんは人間だから』
「タケッシー君……そんな事ないよ、わたし、ジメジメ好きだよ」
『うっうっ……でも、もう少しなんだッシー。「アイツ」さえ完成すれば、この危険なモンスターがうようよする森からもおさらばできるんだッシー! だからマナコちゃん、今日も特訓頑張るッシー!』
「本当なんだけどなぁ……」
でもタケッシー君が言う通り、せっかくの新しい世界でずっと引きこもってるのもどうかと思うし。
それに、わたしでも何かを成し遂げられるんだって実感が欲しいから。今日もわたしは地下に向かいます。
……元は、古い文明の遺跡だったわたしの住処には、一つ秘密がありました。
それはかつて、苔さんが教えてくれた床の隠し扉。
暗い階段を、光るキノコの燭台を持って一歩ずつ降りていくと、とても広い空間に出ます。
『さあ、マナコちゃん。今日も頑張るッシー』
「う、うん……じゃあ始めるね」
その中にあった"ある物"が、わたし達の特訓の中身。
タケッシー君は紅魔族にバレちゃいけないって言うけど……それじゃあ、どうやって使うんだろう?
なんて、ボサっとしてたらまた怒られちゃうよね。さぁ、今日もがんばりましょう。
「育てー……育てー……」
『ああ……もうすぐだッシー……もうすぐ……』
タケッシー君の嬉しそうな声が、地下深くで響いた。
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「チッ、相変わらずすばしっこいわね。流石地獄のドブネズミってところかしら。いや悪魔って潰しても潰しても出てくるし、もうGね、G」
「地獄の侯爵と台所の嫌がらせ屋を同列に語るとは、天界の穀潰しが偉くなったではないか。履歴書は書けるか? 面接の練習は? もうじき後輩に追い落とされて職を失うのだから、そのつもりで活動しておいたほうが良いとこの『見通す悪魔』が忠告してやろう」
「ぶち浄化してやる」
まだ続くんですかね、このしょうもない神魔の戦いは。
ほら、いい加減オリジナルが暇してうつらうつらしてますよ。
木陰に置かれた私の身体の隣に腰掛けて、体育座りで船を漕いでいます。
ちなみに私めありすは、今は諸事情で意識だけがある状態です。
「アクアー、そろそろ私お腹すいたんですけど……」
「……それもそうね。しょうがないわねー、今は見逃してあげるわ邪悪。それよりアンタがここにいるってことはカズマもこっち来てるんでしょ? カズマ出しなさいよカズマを。めぐみんが会いたくて仕方ないってうるさいんだから」
「ちょっとアクア、まるで私が聞き分けの無い子供のように言うのはやめて下さい。拉致同然で連れ去られていった仲間を気にしてるだけじゃないですか」
からかわれたオリジナルが、まんざらでもなさそうに頬を膨らまします。
今更そんな建前も要らないと思いますけどね。
「ふむ? 貴様らが気にしてるのは、あの変態クルセイダーと裸の付き合いをしつつお前を滅茶苦茶にしてやると囁いた男のことか?」
「許さぬ」
ほら、どうせまたそういう顔をするんですから。
しかし私が確認できなかった風呂場ではそんなことになってたんですか。
そんな顔しなくても大丈夫ですよ。私がここに居られる限りは、ある意味で"めありす"の誕生は保証されていますし。
「めぐみん顔こわっ! 大丈夫よ、どうせこの腐れ悪魔のいつものデマに決まってるわ。真に受けたらあなたまで悪魔になっちゃうわよ」
「……そうですね。アイリスが何か狙ってるようでも有りましたし、どうせ何かでばったりToLoveった所を意地の張り合いにでもなったのでしょう。あの2人、意地を張るタイミングが一緒ならヘタレるタイミングも一緒ですから」
「さてさて。まぁ、我輩にはどうでもいいことではあるがな。嫉妬を煽るのはレヴィアタンの仕事であるし、人と人の好意をつつくのに容易く悪感情がにじみ出てくる以上の理由は無い」
母が無い胸を張って言い切るので、バニルはつまらなさそうな顔を浮かべました。
母には案外、会話で煽れる点が無いんですよね。
0か爆裂でしか反応を返さないので、ギリギリ許されるラインが凄く狭いというか。
喧嘩っ早いのだって、あれ怒っていると言うよりは爆裂魔法を放つ大義名分を探していると言ったほうが近いでしょうし。
「それより、この先は今は近づかん方が良いぞ。どうしてもと言うならそっちの娘が起きてからにしておけ。そこの疫病神を置いていくことができれば更に吉」
「ああン? なによ、何か近づいてほしくない理由があるわけ? 悪魔に導かれるとかちょーっと冗談じゃないんですけど」
「まぁまぁアクア、お互い仲悪いのは分かってるんですから、そう思わせる為の策略かも知れないじゃないですか。だったら予定通りめありすをどこかで休ませましょうよ。正直私も疲れました」
「くうう、どっちにしろ腹立つ!」
地団駄を踏む女神の姿。
私と肩を合わせたオリジナルが、ダメ元という感じで声をかけます。
「というか、めありすがいつ起きるかとかバニルさんの眼でわかりません? この子、揺すっても抓っても起きる気配がないんですが」
「我輩の目は便利グッズでは……まあいい。それは言わば呪いによるもの、もっと正確に言えば契約の代償……いや、副作用か? そういう類だろう」
一瞬表情をしかめるものの、何を思い直したのかあっさりと口を割る悪魔。
いったいなに考えているんでしょう?
またぞろ、ろくでもないことに間違いはありませんが。
「契約? ……そういえば、めありすは貴方と契約を交わしたようでしたが……」
「やっぱり! この子時々、汚らわしい気配がぷんぷんするなと思ったらアンタの契約だったのね! コレちょっと解きなさいよ! 無効よ、無効!」
「無理を言うな。お互いに対価を約束した正式な契約だぞ、仮に解きたくなったとしても我輩の一存では解けぬわ! というか貴様が約束した家事当番をちょくちょく忘れて困るという悩みが保護者から寄せられているのだぞ。神なら約束くらい守れ!」
「はぁー!? 私だって約束くらい守ってるし! 仮に守ってなかったとしたらそれは私が忘れていたと言うことよ。神が忘却した約束なんて無効に決まっているじゃない!」
「何を胸を張って横暴なことを……」
凄い、見通す悪魔が一周して言葉に詰まってますよ。
これは中々見れる光景じゃありませんね。痺れも憧れもしませんけど。
「対価とは? 貴方はめありすに、何を要求したんですか?」
「知らん。要求したのは『めありすの居る現在』の我輩だぞ? 今ここにいる我輩にとっては寝耳に水の話だ。それはお前も見ていた筈だろう、紅魔の娘よ」
「む……確かにあの時のバニルさんは、まったくもって役に立って居ませんでしたが……」
「ぷーっ! 何よ、そんなことがあったの? ダッサ! 悪魔ダッサ!」
「『バニル式殺人光線』!」
「『ゴッドクロスカウンター』!」
ああもう、揉みあい圧しあいで本当に話が進みませんねこの2人。
人が寝ている時に暴れないで下さいって、ホント。
「ま、推測ならば話せる。地獄は本来、とても人が踏破できる難易度ではないからな。それを踏まえてこの状態に陥るような契約を持ちかけるとすれば……我輩なら『と、いう夢をみれる契約』であろうか」
「なんですかその素っ頓狂な……契約? は」
「これは自己の死をトリガーに発動し、『そういう幻視を見た』ことにして僅かに時を戻す。そういった性質の『見通す悪魔』としての加護だ。この娘、時折未来予知めいた回避をしておっただろう?」
「そう言われると、思い当たる節があるような……」
……ネタばらしされてしまったので言いますけど、『敵の爆裂魔法を収束した爆裂魔法で打ち消す』なんてタイミングが分かってないとできません。
そもそも、この世に母より早く・強く爆裂魔法を放てる者など居ないでしょう。
私やウィズさんを含めても無理です。私、むしろ小手先で戦うタイプですし。
つまり、母が唱え始めてからでは絶対に間に合うはずが無いんですよね。
「人間でも耐えられる程度に加減してあるとはいえ、負荷をかける訳だから連続して発動すれば疲労もする。
さて、言ってることに嘘は無し。
地獄ではどうせ当たれば即死だったのであまり気にしていませんでしたが、私、冒険者なので体力そのものはレベルの割にかなり低いのです。
大量のモンスターに囲まれたことで、何度か死んでしまったんですよね。
現在、眠りこけてしまっているのはそのせいです。情けない。
「つまり、寝かせておくしか無いのですか?」
「言わば時間の前借りだからな。返済が終われば直に動けるようになる。それまではテコでも動かんし、呪いを解除しようとしても無駄だ。そこの駄女神に分かるように説明するなら、『能力の発動コストは打ち消しできない』とかそういう感じだ」
「分かんないんだけど!」
多分父さんなら分かると思うので、後で聞けばいいですよ。
この調子だと、私が動けるのは明日以降でしょうが。
「それにしても、今日は随分素直に説明してくれますね。いつもはもっと、思わせぶりなことばかり言ってウザいくらいなのに」
「なに、どうせそこの娘が起きたら知れることだ、一々隠しておく必要もない。それに所詮は推測だしな」
「そんなこと言っちゃって。また何か回りくどいこと企んでるんでしょ?」
眉をしかめて睨みつけるアクアを鼻で笑いながら、バニルは両肩を竦めました。
イラッときたアクアが口角を釣り上げますが、まだ拳が出るには至らない様子。
「我輩とて相手くらい選ぶとも。なぜわざわざ狂犬女神に手を噛まれるような真似をせねばならん? この説明に関しては何の企みも存在せん、あくまでサービスだ。分かったらさっさとその小娘を休ませてやれ、あまり死なせすぎると今の時間軸に戻ってこれなくなるぞ」
「……ちなみに、死にすぎるとどうなるんです?」
「意識は『詰んだ』状態で延々とループする羽目になる。だがその実、身体は昏睡し続けたままやがて衰弱死だな。ちなみに強制発動なので解除方法は無い」
「人の娘になんてものを……」
普段あまり物怖じしない母も、流石にゾッとしたようでした。
やや顔を青ざめさせ、心配そうに眠る私の頬をなぞります。
「アクア、やっぱり一旦里に帰りましょうよ。そりゃカズマも心配ですけど、めありすを背負い続けたまま動きたく無いですって」
「んー……正直コイツ、めちゃくちゃ怪しいと思うんだけどなぁ……」
「ご近所に轟く敏腕主夫、カラス退治のバニルさんをさして何という言いざま。なんなら今度街頭で好感度アンケートでも取ってみるか? 残酷な真実をつきつけられる前に泣いて謝るが吉だぞ」
「ああん!? ジョートーじゃない今この場で泣かしてやるわ!」
「アクア!」
「う……分かったわよ。帰ればいいんでしょ、帰れば」
悪魔全般を敵視するアクアですが、流石にオリジナルの剣幕には叶わなかったようで。
恨めしげな視線をバニルに向け続けながらも、来た道を引き返していきます。
……まあ、何か企んでるのは間違いないとは思いますけどね。
この悪魔、わざわざ「この説明には」企みがないとか主語をつけてましたし。
やることなすこと一々悪趣味で遠回りなのが、爵位持ちの悪魔という存在ですから……。
――そのようにして、バニルと別れてしばらく。
「ん……あ、あれ?」
「アクア? 今度はどうしたんですか?」
唐突に自身の身体をペタペタと触り始めたアクアが、泣き出しそうな顔で呟きました。
服の隙間からどんぐりやヘビの抜け殻やらを投げ捨て、何かを探している風。
「うそぅ……ゼル帝、居ないんですけど」
「……まさか落としたんですか? 森の中で?」
「そ、そんなわけ無いじゃない! 無い……けど、うん。今の私の近くには居ないと言わざるを得ないわね」
なんとまぁ。
バッグ一つ持ってないのにペットを連れ回せるのも謎ですが、更にそれを落っことせるってのも重ねて謎ですね。
ま、その謎の収容術を活用してる私が言えることじゃないんですけど。
「野生の血が目覚めたんじゃないですか? 大丈夫、きっといつか機を織りに来てくれますよ」
「め、めぐみんがカズマみたいな適当な慰め方してくるー! やっぱ良くないわよあの男! 即刻別れたほうが良いわ!」
「ぶっちゃけ私夜型なので……」
起こされたくないってことですね。気持ちは分からないでも無いですが。
何者にも脅かされない睡眠は、貴重で素晴らしいものですし。
「大丈夫かしら、身体に流れるドラゴンの血が目覚めて森のボスになってたりしないかしら」
「餌になってる心配はしないんですね。まぁあの鶏、無駄に威圧感ありますから大丈夫だとは思いますけど」
「探しに……」
「だめです。最後に見たのモンスターラッシュの前でしょう? スキルも無い私たちが探すのは無理ですよ。まだしもめありすが起きるのを待って、お願いした方が確実です」
ちょっと待ってください、そんな馬鹿な仕事させないでください。
というか、彼の鳴き声は非凡な魔力を含み、概念のレベルに達した『目覚めの
朝になれば自然に居場所は分かるでしょう。……大声で。
何より、ゼル帝を飼い慣らせるような人が他に……。
――あ、そうか。そういうことでしたか。
だとすれば、とんだ宅配便もあったものです。
2人にこの思いを伝えられないのが口惜しい。
いや、ひょっとしたらここまで見通されていたのか。本当に、悪魔というのは信用ならない。
もはや後悔先に立たず、私にできるのは夜が明けるのを待つことだけ。
目覚めの朝を。おそらくは、あらゆるものが目覚めるだろう、次の朝を。
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