第25話:目覚めろ! 鋼の大巨人


「コォォケコッコォォォォー――……!!」




「うおおっ!?」


 なんだか妙に久しぶりに感じる、朝鬨の声。

『目覚め』の波動に揺り起こされて、思わず慌ててベッドから起き上がる俺である。


「って、なんだゼル帝か……脅かすなよ……」


 眠気はぱっちり覚めているのだが、ぬくい布団の中が恋しくて外に出れない。

まぁもう冬も近いしな。この辺りの時刻は流石に寒いぜ。


「んん……? ゼル帝?」


 なんか違和感を感じたが、まぁ良いか。

ここがアクセルの街か否かなんて、些細な問題に過ぎないだろう?

朝は寒いんだ。暖かくなるまで布団の中でダラダラするのが人として正しい生き方だ。

なんかもう、色々と疲れちゃったし。今日くらい別に良いよね。


「カカカ、カズマさぁん! 大変ですよ!?」


 ところが、社会ってのはそう安々と俺をサボらせてはくれないらしい。

身支度もそこそこに、慌てて飛び出してきましたって感じのゆんゆんが、驚きの表情でドアを開ける。


「キャー、エッチ! ノックも無しに入ってこないでよね!」

「えっ!? いや、男の人が何言ってるんですか……」

「おいおいゆんゆん、男にだって隠すもんくらいあるぞ。もしこれで俺が就寝中で、下半身がマッパだったとしたら?」

「カズマさんを変態として通報します」


 何故だ。家主が何と言おうと、好きな服で寝る自由は保証されているはずだ。

そう、ここはゆんゆんの家、ぶっちゃけて言えば里長の屋敷である。

なんせこの紅魔の里どイナカ、宿屋も無いわけじゃ無いが、店主が道楽で開いてるようなところだからな。

変な趣味よりはゆんゆん家に泊まったほうが良いと満場一致で決定したのだ。

……まあ、今はそれよりゆんゆんだ。そういやコイツ、ゼル帝の鳴き声は聞いたこと無いんだっけ?


「落ち着けって、ただのにわとりの鳴き声だろ。ったく、誰だあんな公害ペットをアクセルの外に連れ出したのは……」

「あ、いえ、そっちも大きかったですけど、そっちじゃなくて……聞こえませんか? ほら、何か地響きみたいな……」

「あん?」


 何言ってんだこいつ、と俺が顔を上げた時だった。

スプリングの上の身体にも、ズシン、ズシンと確かに響く手応え。

均等かつ定期的に響く低音は、心なしかデストロイヤーの襲来を思い起こさせる。


「なんだこりゃ、地震か? 違うよな。やだなー、俺なんか嫌なこと思い出すんだけど」

「でも、ミツルギさんとダクネスさんは、正体を確かめに行くってもう行っちゃいましたよ」

「マジか、薄情な奴らだな」


 さすが俺の顔見知りの比較的真面目な方。

ダクネスすら真面目な方に入るのに涙ちょちょぎれそうだが、人の縁ばかりはしょうがねえよ。

類は友を呼ぶというから、あのバカ女神が全部悪いのだ。


「しゃーない、焼いたクロワッサンとハムエッグ食って、コーヒーを飲み終わったら俺も行くか。ゆんゆん、朝飯まだ?」

「黒パンでも食べてて下さい!」


 顔面にカチカチの黒パンが直撃しました。痛ぇ。




 ……

 …………

 ………………




 軽くゆんゆんとじゃれ合いながら里に行くと、既に紅魔族たちが大わらわとなっていた。


「あ、里長オサ! どこ行ってたんです!」

「大変よ里長オサ! 巨大なデュラハン像が歩いてくるの!」

「「里長オサ! 里長オサ! 里長オサ! 里長オサ!」」

「その掛け声やめて……」


 どうやら里長を継いだ後でも、ゆんゆんは里からいじられ続けて居るらしい。

そんなんでリーダーが務まるのかと思わなくもないが、こいつら全員知力の高いガチ思考だしなんとかなっては居るんだろう。感性はちょっと世間からズレてるけど。


「しっかし、でっけぇなぁ。30メートルくらい有るんじゃねえかアレ」

「ウルトラの人を足元から見上げるとこんな感じなのかな」


 隣に立つミツルギが、分かりづらい同意をする。

仰げば遠し、とはよく言ったもんだ。聞いたこと無いが。

太陽が眼に入るせいで正しく測定はできないが、3メートルくらいの森の木を雑草のように踏み倒しながら進むのだからそのくらいだろうか。

『千里眼』でよく目を凝らしてみれば、確かに首が無いようだ。

それ以上に、だからなんだと言いたくなるサイズ差があるが。


「で、マジであれが里に向かってきてるんだな?」

「今はただゆっくり歩いてるだけみたいですが……通り道になるだけで、里の大部分は破壊されるでしょうね」

「放っといて良いんじゃねえの? この里じゃ日常茶飯事らしいし」

「おい、カズマ!」


 流石に耳くそほじりながらの発言はマズかったのか、ダクネスがやや鋭い目つきで睨みつけてきた。

いや、だってスーパーロボットだよ? じゃなきゃ光の巨人さんとかの案件だ。

一民間人に何ができるよ。自衛隊だって戦車持ってんだぞ。


「仮に人間サイズで対抗できるとして、ここは無駄に優秀な魔法使いが集う紅魔の里だぞ。チンタラ歩いてるだけの目標に一斉射撃で終わるだろ」


 現に今も竜巻だの稲光だのが飛び交いまくってるしな。

流石に爆裂魔法を使うやつは居ないが、それでも十分な威力だろう。


「はい、終わり終わり。大した問題じゃないことを祈って、帰って寝直そうぜ」

「しかしだな……」


 ダクネスが渋るが、かと言ってじゃあ勝手に行けと言うわけにもいかない。

仮にコイツなら耐えられるとしても、このサイズ差じゃ障害物にすらなんないだろ。

石は人より硬いが、人は小石を踏み潰せる。簡単な理屈である。


「まあまあ、ダクネス。確かに今は里の人たちが頑張ってるのも事実です。ここはグッとこらえて、頼られるのを待つのもオトナの手段よ?」

「しかし、アイ……じゃなかった、イリス嬢……」

「それに、お兄様のことですもの。きっとすぐに出番が来るわ」


 そりゃどういう意味だ。言っておくが、俺の幸運はえらく高いのだぞ。

座ってるだけで災厄を呼びこむ貧乏神と一緒にしないで貰おう。


「はん、見てろよお前ら。タチの悪さじゃ魔族以上と言われた紅魔族の皆さんだぞ? あんな木偶の坊くらい、どうにかしてくれるに決まって……」

「「「うわーだめだー!」」」

「マジでッ!?」


 紅魔の里自宅警備団、ちょっと目を離した隙に壊滅。

我先に逃げ出し、バックパックに家財を詰め込み始めている。未練なしか。


「お、おいどうしたんだよ! お前らそれでも自宅警備員か! ニートが自宅すら守れなくていったい何を守るんだよ!」

「無論、命さ」

「たとえ踏み潰されようと、花はまた植えればいい」

「魔法無効化さえ……魔法無効化さえなければあんな奴なんかに……」


 ダメだこいつら、既に負けロールに入ってやがる……!

というか諦めが早過ぎるぞ。今どきオクラでももうちょっと粘るわ。


「あの大きさで魔法無効化か。厄介だね、まるで紅魔族の敵となるために拵えられた存在のようだ」

「……案外、それで正しいのかもな。そういうのを作りそうな奴に心当たりが有る」

「強大過ぎる紅魔族の力を抑えつけるため……とか?」

「いや、自作自演でライバルを創り出すためだ」


 ミツルギは知らんだろうが、アホな癖に技術力だけはあった亡国の科学者だ。

あの元日本人と初代紅魔族の皆さんなら、国に隠れてこっそり人型機動兵器を作るくらいしそうである。魔法を無効化する装甲もなんか聞き覚えあるし。

とはいえ、もう死んだ人間に恨み言を言ってもしょうがない。

そうなると巡り回ってアクアのせいとなるわけだな。

バカ女神め。この場に居なくても俺の前に立ちふさがってくるのか。


「ぶっちゃけ、詳細はあそこに居る詳しそうな奴にインタビューするべきなんじゃないか」

「鉄巨人の足元にか? あそこにまだ残ってるのはゆんゆんと……あれ、あの子は」


 ちょっと見難いが、ダクネスたちも気付いたようだな。

今なお戦闘圏に残ってるのは、時間稼ぎのつもりか健気にも魔法で気を引こうとしているゆんゆんともう一人。


「マナコちゃんか? 危ないぞ、なんであんな所に」


 直接戦っている訳ではないが、流れ弾は飛びそうな場所でこそこそと。

茂みの奥に身をかがめ、巨人の様子を伺うマナコの姿があった。

多分、クソシイタケも一緒だろう。時折、口がもごもごと動いてるのが見える。


『どどど、どうしようタケッシー君。全然止まらないよぉ』

『予期せぬ方法で覚醒しちゃって、完全に制御下から外れてるッシー。こりゃまずどうにか止めないと干渉も出来そうにないッシーな。筋肉にあたる部分だけ先に増やしてたのが裏目に出たッシー』

『と、止めるってどうやって……?』

『……山にでもぶつかれば止まるッシー。きっと』


 よし、容疑者確保だ。

気取られないよう『潜伏』を用いながら近づき、首根っこをひっ掴んで引きずり出す。

すっかりパニック状態に陥ったマナコに向けてにっこりと笑顔を向けると、俺は努めて優しい声で問いかけた。


「よう、二人とも。ちょっとお話伺いたいんだが?」

「あ、あばばばば……」

「人を追い詰める時は本当にいい笑顔をするな、この男……」


 失敬な。どこから見ても爽やかなお兄さんだろうが。

まぁそれは良いとして、こいつらが何をやらかしたのかは聞いとかねばなるまい。

ぶっちゃけこの里がどうなろうが俺にはどうでも良いのだが、一宿一飯の恩って奴だ。

もともと、こいつらからは色々聞かなきゃ行けないのもあるしな。


「で、ありゃ何なんだ。知らないとは言わせねえぞ。こっちにも炭火の用意がある」

『答える、答えるから焼くなッシー! ……ありゃ遺跡の隠し扉の下に眠っていた、ガワだけの機動兵器だッシー。装甲はいい奴が使われてたから、多分魔法に耐性のある金属っだッシー』

「ガワだけぇ? なんで装甲だけのマシンが動くんだよ」

「せ、繊維の力です。オジギソウとか、あんな感じで……中を刺激によって伸び縮みする菌糸で満たしてるんです」

『あっ馬鹿』


 プルプルと傘を震わせて喋るタケッシーだが……こいつ今一瞬素が出たな。

菌糸類の癖にキャラ立てとか、しゃらくさい奴め。

マナコから奪い取るようにひっ掴んで『ティンダー』の火を近づけてやると、苦しそうに柄の部分をうねらせた。キモイ。

それにしても、繊維の力なぁ。要はゴム動力みたいに動いてるってことだろうか?


「馬鹿って言った? ねえ今馬鹿って言った?」

『言ってな……アチチっ! アチっ! わかったから火を近づけるなッシー!』

「燃えてるんだろうか?」

『燃えてるんだよ!!』


 菌糸類、渾身の叫びである。お前やっぱ普段キャラ作ってんだろ。


「あ、あの……タケッシー君を、あまり虐めないで……」

「へいへい。おーいゆんゆん、お前もいい加減戻ってこいよ。作戦会議するぞ」


 どうに巨人のか注意を引こうと頑張ってるゆんゆんも、この状況では貴重な戦力だ。

ゆんゆんは焦りで気が回っていないようだが、効かない攻撃魔法を撃つよりはもっとマシな魔力の使い方があるだろう。

……にしても、またアクアのケツ拭いか。

いい加減アイツのアダ名ウォシュレットにしてやろうかな。






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「うう……見向きもされませんでした」

「ダメージ通ってなさそうでしたものね。これはどうしたものか……」


 魔法無効化という厄介な特性に、始まる前から涙目の魔法担当2人である。

いや、ゆんゆんの方は多少頑張っては居たんだけどな。

結果が伴ってないとちょっとこっちとしても言葉に困るというか……。

この間にも、鉄巨人は森を踏み倒しながら里へ歩んでいく。

ぶっちゃけ守ってやる義理もそんなに無いのだが、この状況でマナコのイヤリングだけ取り上げてもなぁ……って感じではあるし。


「そもそもだけどよ、あの大きさの奴がちょっとチクっとした程度でこっちにヘイトを向けるなんてあり得るのかね?」


 なんかそのまま素通りされそうな気配が有るんだけど。


「む……ならば私が『デコイ』を使おうか? いや、正直あんなに硬くてデカいブツを相手にするのは流石に初めてで、先ほどからソワソワが止まらないのだが」

「座ってろ、変態。地味に機動力の有るゆんゆんならともかく、お前がタゲ取ったら本当に踏み潰された甲殻類みたいになるぞ」


 いくら硬くても重さはどうにもならないからな。

ゴア死体になりたいならせめてアクアが居る時にして欲しい。

いくら俺でも、仲間がそんな無残な姿に成り果てたらしばらく夢に見そうだ。


「あ……あの……」


 行き詰った空気の中、そっと手を上げたのは他ならぬマナコであった。

そうだ、製作者なんだからコイツなら何か知ってるよな。直接聞けば良かったんだ。


「あの、放棄されたゴーレムは……本当は、私がある程度操縦するはずだったんです」

「何? お前、アレに乗る気だったの?」

「この辺りは強いモンスターが多いから、あれくらい戦闘力が無いと次の街に出られないって聞いて……」


 アレで他の街に行く気かよ。大恐慌に陥るぞ、あんなもん。

場合によっては緊急討伐クエストとか組まれそうなんだが。


「でもお前、ここに居るじゃねーか」

『これに関してはマナコちゃんのせいじゃ無いッシー! なんかの拍子で勝手に目覚めたんだッシー!』

「……そこはぶっちゃけ心当たりがあるんで良いわ。で、目覚めたけど司令塔が居ないからああやって暴走してんのか?」

「暴走……とはちょっと違うと思います。あれは、あくまで『倒れない』ようしているだけかと」

「うん?」


 勝手に動き出して暴走してないことは無いと思うんだが。


「ええと……普通、こう前に傾くと、倒れないように一歩踏み出しますよね? それだけなんです。スプリングのオモチャが階段を下って行くとか、ヨーヨーが行ったり来たりするとか。正直、まだ『敵だ、倒そう』と認識するだけの知能も感覚も無いはずなんです……そういう風には、伸ばしてないので」


 ボサボサの髪を恥ずかしそうに抑えながら、マナコは少しずつ時間をかけて語る。

どうも要領は掴めないが、つまりあの身体は本当に「身体」で、脳みそは入ってないってことか?


「要するに、あれはまだ『倒れない為に一歩踏み出す』だけの装置だと」

「あ……はい、そんな感じで」

「……それなら、希望が見えてきたかな」


 何やら真面目な顔でミツルギが頷く。

こいつも根が真面目だから、里を救って賞賛を浴びる算段でもしているのだろう。

だが思い直せ。ここは紅魔の里で、住人は紅魔族だぞ。


「『倒れない為に動く』なら、いっそ倒してやればもう動かないんじゃないかい?」

「それはそうですけど……どうやってあれを転ばせるんです?」

「そこら辺は、ほら……落とし穴とか?」

「どんだけ深い穴を掘るつもりだよ。人がすっぽり入れる穴でも、向こうから見りゃただの窪みだぞ」

「そうだよなぁ……君のとこの、あの、紅魔族の女の子がいたら大きなクレーターを作れそうなのに」

「爆裂魔法ですか……そうですね」


 確かにめぐみんが居りゃ話が早いんだが、アイツ今居ないし。

ゆんゆんに連れて来て貰うにしても、屋敷にいるとは限らないからな。

ヘタに入れ違ってたりしたら、純粋に戦力ダウンだ。今、そこまでの賭けはするべきじゃない。



「おやおや、世界一の爆裂魔法使いをお探しですか?」



 腕を組む俺たちに、この場に居るはずの無い声がかかった。

そいつが一息に「『エクスプロージョン』!」と唱えると、鉄巨人を中心に魔導の爆炎が舞い踊る。

ポーズを決めるその影は、杖で身体を支えつつ爆風でマントをはためかせる。


「お、お前、なんでここに」

「水臭いですよカズマ。爆裂を司る我が、爆裂魔法が必要な瞬間を見逃す訳無いじゃないですか」


 精神力を使い果たして辛いだろうに、めぐみんはめいいっぱいの笑顔を向ける。

迸る激情のままに、俺は思わず小柄な彼女へと駆け寄ると、



「1日1発の大砲を効かない相手に無駄にぶっぱしてどうすんだバカ野郎ッ!!」

「あいたぁーッ!?」



 その渾身のドヤ顔におもいっきり拳骨を振り下ろしてやった。


 ――古代の巨大兵器、今だ健在。

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