第22話:捕らえ! 少女の転生者


 ゆんゆんに先導されながら、俺たちは里の外れへ外れへと歩く。

彼女やバニルが言うには、件の転生者は厳密には里の中に住んでおらず、モンスターの出るような郊外で生活しているらしい。


「彼女の住居はこの森をまっすぐ突っ切った所にあるそうです。と言っても、私も行ったことは無いですが」

「どうしてだい? 友人になったんだろう?」

「友人になったからって、すぐ他人の家でくつろげる方がおかしいし……」


 ミツルギの心ない一言により、ゆんゆんは深く傷ついた様子で呟いた。


「ぼ、僕は何か彼女の気に障ることを言ってしまったのか……?」

「おうおう、これだからイケメンの兄ちゃんはよぉ。オメーのリア充っぷりを煮出してゼリーよせにしてやろうか」

「やめろカズマ、チンピラみたいな絡み方をするな。お前のことを好きな自分が情けなくなってくる」


 やかましい、例え異世界でどんな境遇になろうと俺は俺。

美女を侍らせてる奴と顔が良い奴は断固として敵だ。

俺の仲間たち? あいつらは美人である以前の問題が大きすぎる。


「まあまあ、お兄様もそんな顔をしないで。確かにお兄様はイケメンではありませんが、決める時は決めてくれる人だったらいいなあという気持ちはいつだって私が抱き続けてますから」

「アイリス……んん? なあ今なんかフォローじゃ無くなかったか。ただの願望じゃなかったか?」


 しかもこっそりイケメンじゃないって断言されたぞ俺。


「なあゆんゆん、俺そこまで酷くないよな? 世間一般的にはそこまでじゃないかも知れないが、紅魔視点だと100点満点だったりすると思うんだ」

「……さあ皆さん、学生がうろつける程度とはいえ、一応モンスターも出る場所ですからね。森の中は気をつけて行きましょう!」

「スルーは止めろよ! 何を返すにしても、スルーは止めろ!」


 おかしい。俺は異世界にきてこんなに活躍しているのに、一向に俺のことを常にヨイショしてくれる女従者とかが現れない。

メイドとか雇おうとしてもダクネス家の年季の入ったおばちゃんしか来ないし。

ちげーよ馬鹿、メイドだろ!?

ミニスカにすりゃ良いってもんでも無いが、BBAは駄目だろ!



「いいからとっとと前に立て、シーフスキル担当!」



 そんなことを熱弁してたらダクネスに蹴り出されました。

なんだよくそっ、痴女のくせに。お前の「めちゃくちゃにして」って言葉、後生大事に覚えといてやるからな。






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 森に入ったとはいえ、そうそうキッチリ境界線が引かれてるって訳でもない。

学生の遠足ルートにもなるらしい道に当然罠などなく、雰囲気も至って静かなもんだ。


「強いモンスターが多いといっても、定期的に狩りをしてる相手ですからね。大きな音を立てたりしなければ、基本的には向こうが避けますよ」

「つまり、こっちから襲いかかるのは何度かあると?」

「……まあ、素材とか肉とか……色々貴重なので」


 蛮族の長であるゆんゆんは、目を逸らしながらそんなことを言った。

だが紅魔の里の経済体系などどうでも良い。俺たちは一刻も早くキノマナコとやらを見つけ出し、そいつがどのような人物であるかを見極めなくてはならない使命がある。

問題がなさそうなら多分アイリスがスカウトをかけるのだろう。きっとそういう感じで。


「こういう森の中を歩いていると実にファンタジーって感じがするよね。僕は好きだな」

「空調効いてて照明が明るい所の方が何万倍も良いに決まってるじゃん。こいつ馬鹿なの?」

「初手から会話を放棄するなぁ!? 良いじゃないか、ゲームっぽくて!」


 ゲームなぁ。実際生活してみると大変だよ? ゲームっぽい世界。

それに正直この辺はただの森だと思うけどな。イケメンの考えは分からん。

特に感知するものも無いし、俺たち一行はずんずんと歩みを進めていく。

郊外と言っても人の家だ、そんなに遠いってことはないはずだろう。



 ――そう考えていたのが甘かったです。



「……これは、また……ゲームみたい、だね……」


 日差しすら遮る厚い傘の下、ミツルギの呆れ声が絞り出された。

さっきまで道の木だったものを置き換えるように、赤白の巨大キノコが通路脇に生え並ぶ。


「なんつーか、まさにファンタジーだな。アリスのお伽話みたいだ」

「ああ、うん。そんな感じだよね」


 暗い森の中、ぼうっと光るものが何かと言えば、あれもキノコだ。

360度、どこを見回してもキノコキノコキノコ。

大きいのに至っては人の身長より高い位置でカサを開いているのもあるし、もうほとんど森がキノコに侵食されてる感じ。


「この光景はなんというか、生理的にくるものが有るな……」

「なんだよダクネス、お前変態の癖にこういう光景ダメなのか」

「変態に多くを求めるな。いや、私も胞子で前後不覚になって俺のキノコに奉仕しろみたいな展開なら全然いけるが……くっ!」


 いつもの調子で語りだしそうになった所を、近くに王女が居ることを思い出して慌てて口をふさぐダクネスであった。

いや、もうほとんど手遅れだと思うけどな。全然カバーできてなかったもん。

こちらもまた、気味が悪そうに目を走らせるアイリスが、不安げに俺の裾を掴む。


「モンスターの影は一行にありませんが……なんだか、小さいはずのものが大きいというのは酷く不安になりますね」

「そういうもんかぁ? 俺はもう慣れたけどな、なんだかんだ」

「定番の題材ではあるしね。そういう意味じゃ、こっちの人の方がむしろ『ファンタジー慣れ』していないのかもしれないよ」

「おお、なるほど」


 そうか。魔法もモンスターも居る世界だけど、当然ながら存在しないものだってある。

娯楽本とかで腐るほど空想の絵を見てきた俺たちに比べると、こっちの奴らの方が「ありえないモノ」に弱いのかもしれない。


「なあゆんゆん、まだ着かないのか?」

「もうすぐだと思いますけど……ううん、私もこんな風になってるなんて知らなかったからなぁ……」

「マジかよ、どんだけキノコ化早いんだ……っと、ちょっとストップ」


 その時俺の『千里眼』が、道の前方から歩いてくる少女の姿を見つけた。

歳は14~5歳くらい。黒髪の癖っ毛を雑に刈り、どこかの学校指定らしきほつれた印入りニットを着て歩いている。

なるほど、ジャージだった頃の俺もあんな感じに見えてたんだろうか。

こう言っちゃなんだが、明らかに浮いてるな。ファッション的に。


「……え? ひ、人?」


 おっと、向こうもこちらに気付いたみたいだな。

くりくりといたどんぐり眼が、警戒に縮む。まぁ、怪しいかこんな集団。

ぶっちゃけアイリスとか高貴オーラが隠しきれてないし。初対面だとまず戸惑う。


「よぉし、第一印象が大事だぞ。行って来いミツルギ」

「ぼ、僕がかい?」

「人間(チッ)顔が良いほうが(チッ)良いに決まってるだろうが(チッ)、お前のその爽やか系(チッ)イケメンを今行かさなきゃどこで活かすんだよ、ペッ!」

「そう思うなら舌打ちしながら会話するのやめない!?」


 そう言われても自然に出てくるんだから仕方ないだろう。

イケメンを見たら舌打ちするのはコーラを飲んだらゲップが出るくらいに確実なことなんだぜ。


「お兄様に任せると、大抵マイナス印象からのスタートになりますからね」

「うるせぇな自覚してるよ! そのマイナスに誘蛾灯のように引き寄せられた変態も居るんだからな、ここに!」

「あの、カズマ……そういう罵倒はできれば後で個人的に……な?」

「な? じゃねえよ初対面のプラスを即マイナスに突き落とされたのはお前ら3人くらいだよもぉー! ほら、ミツルギ行って! これ以上馬鹿な会話が続く前に早く話を進めて!」

「あ、あぁ、うん。や……やぁ! 君がキノ=マナコちゃんであってるかな?」


 苦笑いのミツルギが一歩踏み込み、ニットの少女がビクリと震えた。

少し頬が硬い笑顔のまま、ミツルギは少女に話しかけ。


「……――き」

「き?」




「ぎゃぁぁぁ! 溶かされるぅー――!」

「えっ」




 絹をつんざくような悲鳴が響きわたり、少女は足速に逃げ出した。


「まあ、足の早い子。追いますよ、スケさん! カクさん!」

「あ、その設定まだ生きてんのか……」


 まぁ、ここまで来たら最後まで付き合うけどさ。

でも戦闘はしないぞ? アクアいねーもん、事故が怖い。


「……というか、まず私が話しかければ良かったんじゃ……?」


 最後尾のゆんゆんが何か寂しそうに呟いたが、聞かなかったことにした。






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「ここか……?」


 逃げた少女を追うこと自体は、決して難しいことではなかった。

幾ら日本で足が早くとも、ここじゃスキルとステータスがモノを言う。

そういう意味で、腐っても俺たちは魔王城を攻略した英雄なのだ。

流石に、日の浅い転生者に撒かれるほどヤワではない。


「にしてもまぁ、妙な所に住んでるな。ひょっとして、このキノコの森だんだん拡張されていってんじゃねーか?」

「そんなことは……うう、でもそうかも。この辺、元はただの古い遺跡があった場所ですし」

「遺跡ねえ……ま、遺跡っつっても屋根も壁も残ってるし、最初は雨風凌ぐための根城にしたんだろうが」


 紅魔族に放置されてる所からして、元は本当にダンジョンでもなんでもないただの遺跡だったようだ。

元は、である。今は何らかの匠の手によって劇的にビフォーアフターされている。


「……随分サイケデリックな見た目になったなぁ」

「表面はビッチリと苔とキノコで覆われていますね。なのに自然に風化した感じがしない」


 面白みの無い石壁は今や色とりどりの菌類で覆われ、深い緑の臭いを醸し出す。

季節からすると随分蒸し暑いが、これも周囲のキノコが関係してるんだろうか。


「ちょっと怖がらせないように『聞き耳』立ててみるか。このまま延々と追いかけっこするのもナンセンスだ。テーマは優しさで行こう」


 それに、アクアの話が正しければ相手は中学生。

JC相手にビビらせるのもなんかそそる……もとい、気が引けるしな!

カズマさんは紳士なのだ。紳士的に入室もする。


『……うぅぅ、ど、どうする……思わず逃げたけど、絶対追いかけてくるし……』


 はい、来てます。


『むむ、ムリ。無理無理無理無理。急にあんなカッコいい人や可愛い子相手とか無理だし……あ、緑のポンチョの人くらいならワンチャン……?』


 ははは、ぶち転がすぞ小娘。


「エントリィー――ッ!!」

「ぎゃぁぁぁあああっ!?」

「お兄様!? 優しさは!?」

「頭痛にでも食わせとけそんなもん! おうおう、『お話』の時間だコラァッ!!」


 薄い繊維質の何かでできた扉を蹴破り、大胆に突入した俺を悲鳴が出迎える。

おそらく、元の遺跡の扉は崩れたか壊されたかしたんだろう。扉に使われていた素材は比較的新しいものだ。

マナコは元は玄室だった1区画に部屋を作り、その中で暮らしていたらしい。

テーブルの上に鉢植えに入ったキノコを置き、驚きの表情で椅子から転げ落ちていた。


「キノマナコだな? お前には既にウン億エリスの懸賞金が賭けられている。おおっと! 逃げるなよ。この俺の『発火魔法ティンダー』が恐ろしいならな!」

「火、火はダメ…タケッシー君を乾燥させないでぇ……!」

「ククク、大人しくしていれば何もしないさ……だが、ボディチェックはさせてもらおうか」

「『ライトニング』」


 バチィ、と俺の背中で雷光が迸る。

痺れて崩れ落ちる俺を、いつの間にか後ろに位置していたゆんゆんがゴミを見る目で見下ろす。


「……マナコちゃん、大丈夫?」

「ひぃぃ!? こ、紅魔族!?」

「落ち着いて! ほら! 私の顔、分かるでしょ」

「ももも、もうダメだぁ……あ……? ゆ、ゆんゆんさん……?」

「そう! ほら! 我が名はゆんゆん! 雷光を操りし紅魔の長!」

「紅魔族だぁぁぁー――ッ!!」

「あっれぇ!?」


 ボサボサの髪を振り乱し、這ってでも逃げようとするキノマナコ。こいつ紅魔族に何されたんだ。

まぁ、逃げるとはいえ所詮はハイハイ、普通に二本足に追いつけるはずもなく。


「えぇっと……入って良いのかな?」

「お兄様ったら、本当ごくたまに勢いだけで動くんですから……まぁ、誰が相手でもあの調子が出せるのは凄いですけど」

「あわわわわ」


 遅れて入ってきたアイリス達に道を塞がれ、危なげなく捕縛と相成った。

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