4章:クライマックスほどトイレに行きたい
第21話:染まれ! 紅魔のベッドタウン
「――……マ……コさん、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先程、不幸にも亡くなりました。短い人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです」
真っ白な部屋の中、わたしは唐突にそんなことを告げられました。
「ぴぁぁぁ」
突然の事態に混乱する前に、わたしの身体は素早く動きます。
小さくしゃくるような悲鳴を上げ、身を縮こめて視界の端へ。
短い人生で身についた反射というか、なるべく目をつけられない為の小動物ムーブ。
「……あのー?」
「あ、う……ど、どうぞ。そのままで」
困惑した目の前の女性が、引きつった笑いを浮かべながら懸命に尋ね返しました。
彼女は淡く柔らかな印象の、透き通った水色の髪をもつ女性です。
まるで、絵本に出てくる女神さまのよう。わたしなんかとは比べるのもおこがましい、人間離れした美貌で。
「いやそのままって言われても。このまま喋ってたら私真っ白い空間に語りかけるヤバい女性なんですけど。見えちゃいけないものが見えそうなんですけど?」
「そ、そうですよね……わたし、よく家族に顔も見たくないって言われるんです……ふ、ふへへへ……」
「……エリスー! エリース、チェンジミーッ! ダメだわこれ、カズマさんとは別の意味で手に負えないわ! こういう時に大切なのって暖かい世界と無償の愛だと思うの! 具体的には後輩が無条件で優しい先輩を助けてくれる的な!」
ただそんな女神さまも、今は誰も居ない空間に向かって必死に話しかける姿は、どこかおかしみのあるものでした。
そうしていると不思議と厳かな雰囲気も薄れ、なんだか急に親しみが持てる感じに。
仄かに笑う私に気付いたのか、ふう、と呆れ混じりのため息で肘をつきました。
「まあ良いわ、初めまして。私の名はアクア。日本において、若くして死んだ人間を導く女神にして、下界じゃちょっと名の通ったアークプリーストでもあるわ」
ああ、やっぱり女神様なんだ。
でも、下界ってのは何だろう。日本でアークプリーストという職業は聞いたことが無いけれど、わたしは物を知らないから。
ひょっとしたらあんな髪色で生きてる人も居るのかもしれないと、この時は勘違いしていました。
「まあ、そうね……まずは私と、たくさんお話しましょうか!」
けれどその誤解も、それからの話ですぐに解けます。
わたしが死んだこと。異世界に行けること。その世界は、魔王の侵攻は止まったもののまだまだ人が足りなくて困ってること。
急に広がった可能性に戸惑いながらも、わたしはこの女神様のことをなんだか好きになっていました。
下界に降りた時の女神様の冒険譚を聞いたり。あっちの世界で、何をすれば良いのかを話しあったり。
わたしの人生を振り返る時は、一緒に涙を流してくれたりなんかして。
それがわたしと、とってもフレンドリーな女神さまの出会い。
「では、
最後に、少しだけ格好つけた女神様に見送られ。
わたしは、明るい光の中に包まれて……――
………………
…………
……
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「ようこそ紅魔の里へ! カズマさんは久しぶりなんですよね。どうですか? 久しぶりに見ると、どこか違ってたりしません?」
テレポートから抜けると、そこはド田舎でした。
「……今、なにか凄く不愉快なことを思われた気がするんですが」
「そうか? 気のせいだろ」
「いやー、シレッとした顔でそういう嘘つけるの同じ男として尊敬するよ」
よせやい、照れるぜ。
まぁ、しばらくぶりと言っても所詮1年やそこらだ。
森の奥の隠れ里めいた場所にそうそう変化が起きるわけもなく、多少珍妙なセンスの物体が増えたり減ったりしてるくらいか。
ああ、相も変わらずここは紅魔の里なんだな、と、一種の安心感すら与えてくれる。
嘘だな。安心はしねぇな。
いつどこで碌でも無いトラブルに巻き込まれるか、ハラハラもんだよこの里。
「お兄様の腹芸はたしかに商人や貴族向きなんですけどねぇ……ううん、ララティーナがヘタれるから」
「ア、アイリス様! お言葉ながら私は聖騎士として、仲間を出し抜いてまで男女の仲をどうこうするのはと躊躇したのであって……決してヘタれた訳では!」
「はいはい、3P志望なのよね」
「カァーズマァーッ!!」
「うわっ!? なんだよ、なんで急にこっち殴ってくんだよ! 今の会話特に俺絡んでなかっただろ!」
そんな怒られたって心当たりなんざ……いやまぁ、無いとは言わないけども!
だが、やってしまったことをくよくよ言っても仕方ない。
確かに数年前、無垢なお姫様だったころの
だけどその後、芽を育みすくすくと育てたのは決して俺とは限らないんじゃないかな?
「いいから殴らせろ! これは陛下の分! これは国民の分! そしてこれがレインの分だ!」
「あっぶね! クソッ、当たるかよポンコツクルセイダーめ! 特にレインの分を殴られるのは納得行かねぇぞオイ!」
「彼らは本当に仲がいいねぇ。しかし、紅魔の里と言うだけあって本当に紅魔族が住んでるんだなぁ……僕なんか、紅魔族って工場とかで生産されて世に出てくるイメージだったよ」
「ど、どんなイメージですかそれ。……なんでカズマさんがギクシャクしてるんですか?」
ギクリ。紅魔族がアホな人造生命ってのは、結局俺以外知らないままだ。
別に隠すほどのことでも無いと思うんだが、なんか話しそびれちゃったんだよなぁ。
「どうだろう、これだけ居るなら一人くらいパーティに参加してくれないかな?」
「ど、どうでしょう……? 基本的にこの里に居るのはひよっこか定職持ち、でなければなんだかんだと理由をつけて外に出ようとしないニート達ですから」
ゆんゆんは苦笑しつつも、本気で頭を悩ませている様子である。
世界中、どこに行ってもこういう問題は変わらないのかも知れないなぁ。
俺だって元は引きこもりだ、気持ちは分かる。
まぁニートでも無駄に戦闘力に溢れているのがこの里の怖い所だけど。
「ミツルギさんにお願いできるなら、里長としても一人くらい引っ張っていって欲しいんですけど。あの情けない人たち」
「おい、俺の前でニートを蔑むのはやめてもらおうか。俺たちは何も守れないんじゃない、掛け替えのない家を守ってるんだ」
「カズマさんが自称自警団の連中と全く同じこと言ってる……」
さて、そんな風にアホを続けていたら話が進まない。
いい加減テレポ先の広場でたむろしているのも邪魔だろうし、とっとと探索に移るとしよう。
……というか、バニルの奴はどこ行ったんだ。確か先に来ている約束だったよな?
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「おお、アンタたちか! 久しぶりだな! ……あれ? めぐみんは連れて来ていないのか?」
「我が名はまるまり! 毒の名を関する安息の地にて灼熱の黒を司るバイト! ……チリメンドンヤ? それってどんな店なの?」
「イカす仮面の人かい? ああ、それなら広場で子供たちに囲まれているのを見たよ」
顔なじみと言うほどでは無いが、数少ないよそ者である俺の顔はそれなりに覚えられて居たらしい。
会う奴会う奴に話かけられるのは正直鬱陶しいが、まぁ悪い気はしない。
……念のため、めありすという紅魔族を知らないか聞いてみたが、やはり心当たりは無いようだった。
まあ、疑っていた訳じゃないがな。それにもう、俺の娘ってことにしたんだし。
「うーん、とりあえずバニルを回収して、それからきの子とやらの家に殴りこみたいんだが」
「もうお兄様ったら、殴りこんじゃダメですよ。平和に話し合いに来たんですからね」
優しく嗜められた。……それにしても、このパーティは平和だな。
アイリスの前というのもあって、ダクネスもかなり大人しくしているし。
……なんとなく物足りないのはいかん兆候だろうか。平和なんだけど! 本当、凄く平和なんだけど!
ああ、めぐみんの血の気の多さが懐かしい。
それは決して、紅魔族に囲まれているからというだけでは無い気がする。
「フハハハハ! ようやく来たか、結婚もしないまま不倫プレイに目覚め始めている男よ。まったく何時まで入り口でダベっておるつもりなのだ。我輩、待って待って待ちすぎて危うく油を売り始めるところであった。というか暇なんで実際に仮面を売ってみた所これがまた子供たちに大人気、さすが我輩のセクシーな仮面、ご町内で評判になるのも朝飯前であるな」
――見つけた。
相変わらずの燕尾服で高笑いをかますバニルが、風船にレプリカ仮面を括りつけた奴をいっぱい持ってとり囲まれている。
その前に、紅魔族の子供たちがお小遣いを握りしめ、ワクワクした顔で並ぶ。
「……いや、何やってんだお前」
「何って、暇つぶし兼小銭稼ぎだ。なるべく自由になる時間がないようスケジュールは組んだが、それでもあのびっくりするほど有能な癖に無能な働き者の店主のことだ。どうせ金庫を空にしているに違いないからな。現金はいくらあっても足りん」
「ハチベエはハチベエで大変ですねえ。王城はいつでもあなたを歓迎しますよ?」
「真面目にそろそろ鞍替えを検討しても良いのだが……この人脈も、一応あの貧乏店主あってのものかと思うと中々な」
あぁまぁ確かに、間にウィズが居なけりゃ流石にアクアとまともな付き合いは望めないだろうし。
この国の貴族共から悪感情を絞りとってやるのも面白そうなのだが、とバニルが笑うのを、俺は呆れながら見ていた。
悪魔が国の中枢に居るとか、流石にやばいだろう。エリス教もアクシズ教も、悪魔には厳しいしな。
いや、サキュバスは国を上げて保護するべき宝だとは思うけどさ。
「ああそうだ、お前が居ない間にこっちは随分進展が有ったぞ。どうもキノマナコとかいう転生者がこの里に居るっぽいんだ」
「うむ、その小娘なら既に会ったぞ。とりあえず話しかけようと高笑いを始めた所、小動物のような悲鳴を上げて逃げていった」
「会ったのかよ! 教えに来いよ! そうしたらお前、一々探さなくても良かったじゃねえか!」
「えー、でもアクシズ教団に絡まれて噂されるとか末代までの恥だし……」
ヒロイン気取りかッ!
というか、間接的に俺のことを末代までの恥呼ばわりしたなコノヤロウ。
まあ良いさ。元々交渉でこいつを当て込みすぎるつもりは無い。
出番をくじいたりとかは得意だが、それ以上に敵を作る言動をしすぎるしな。
むしろなんで着いてきたのかも謎なくらいだ。普段はそれほどアグレッシブでも無いくせに。
「ならお前は好きにしてろよ。俺たちはこれから会いに行くから」
「うむ、がんばれがんばれ。我輩が見るに、あれはあれで相当の難物だぞ」
そう言うとバニルは、紅魔族の子供たちに仮面売りを再開し始めた。
本当に何をしに来たんだこいつ。いや、、もう気にするまい。
それにしても難物ねえ。アクアは素直ないい娘とか言ってたのによ。
「その辺どうなんだゆんゆん。なんかこう、性格に特徴的なものがあったりとか」
「んー、キノコが好きみたいですよ」
「それは知ってる」
「後は……テーブルの上に鉢植えに生えたキノコを置いて、いつも話しかけてたり……」
そうか。なんつーかこう、非常にゆんゆんと気が合いそうで何よりだな。
「……カズマさん、またなんか失礼なことを考えてませんか」
「うるせえな高知力! お前ら毎回俺の思考読んでくるんじゃねーぞ!?」
「逆ギレ!?」
まぁ、ダクネスやめぐみんとは別のベクトルで癖の強そうな奴だってのは分かった。
これ以上は正直、会わずに決めてかかるのも危険だろう。
……世界を滅ぼす切欠になるかも知れない、という疑いは捨てたわけじゃない。
そいつが育てたキノコに滅ぼされた未来があるのだって、確かな情報なのだから。
「……とっとと終わらせて、帰ってキノコ料理作ってやるかぁ」
トラウマになっているらしく、未だに椎茸を食べられない13の娘のことを思いながら、俺は大きくあくびを一つした。
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