第20話:向かえ! さだめの集結点(下)


「カズマざぁ~ん、だすげてくださぁ~い」

「まぁ待て落ち着け、まず何があったんだよそんなになって」


 喫茶店内、絡んできたゆんゆんにおしぼりを押し付けると、彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭った。

せっかくの美人顔も、これでは台無しだ。

なんでこう、俺の周りって残念美人ばっかなんだろうな。


「うう……それがですね? あ、いえちょっと待ってください」


 顔を拭いたことで、少し冷静になったのだろうか。

ゆんゆんは一旦言葉を引っ込めると、小動物が警戒するように視線を巡らせる。


「その、ところでこちらの方は……」

「チリメンドンヤのイリスと申します、どうぞ宜しく」

「あー……まぁ何て言うか、依頼主だ。ちょっと特別に、護衛の依頼をな」

「そ、そうでしたか。あの……ひょっとして、ダクネスさんも一緒だったり?」


 ダクネス? めぐみんの存在が気になるならともかく、ゆんゆんとダクネスにどんな繋がりが有ったっけ?


「昼に落ち合う約束をしてるけど。アイツがどうかしたのか?」

「あ、いえ! それなら良いんです。ただちょっとあの人にはお聞かせし辛い話だったので、昼まであれば……」


 ダクネスには聞かせ辛い話……なんだ、なんかイケナイ臭いがするぞ?

まあ、ゆんゆんが悪いことなんて出来る筈もないから、単なる気のせいである可能性が高いんだが。

ただ少し興味は湧いた。あの里のことだ、どうせガッカリすることになるんだろうけど、ロマンは大事だからな。


「それで、里の秘密って何なんだよ。それ、俺に話しちまっていいことなのか? まぁどうせまた何かくだらないホラだったりするんだろうけどさ。ダメだぞゆんゆん、嘘は嘘だって見抜けないと」

「嘘じゃないです! 嘘だったらどんなに良かったか! これは伝聞じゃなくて、私が初めて気がついたことなんですよ!?」

「わーかったわーかった。いいからとりあえず言ってみろって」


 ゆんゆんだって、一流以上に腕の良いアークウィザードである。

大抵の問題はソロで解決する能力を持っているし、そんなもんだから友達が居ない。

いや、実際は居ないわけじゃないんだろうけど、どいつもこいつもがゆんゆんを曇らせて楽しむ性格の持ち主だからな。


「その……私、正式に里の長を継いだわけじゃ無いですか。それで、里長のみが閲覧を許される過去の記録を纏めていた時に、ふと気がついたんですけど……」


 ちゃんと眠れていないのか、ゆんゆんは少しやつれた顔を更に青白くして語り出す。

定番だな、村に代々伝わる秘密の伝説。

あの里の伝説というだけで信ぴょう性は大幅ダウンだ。それでそれで?




「……ウチの里、全然国に税金とか納めてなかったんです……!」

「――ほう?」




 あ、アカンお方が食いついた。


「どうしましょうカズマさん、これがもし偉い人にバレたらまずいことになりますよね!? でも数十年滞納し続けてきた税を払えるお金なんてありませんし、も、も、もし不当に土地を占拠してるなんてことになったら、私たちの里が……! あああー……、こんなこと領主であるダクネスさんにバレたら……!?」


 安心しろ、ダクネスよりよっぽど聞かれちゃいけない相手に駄々漏れだぞ。

うん……まぁ、税金か。俺はもうダスティネス家に丸投げしてっけど、そりゃ大変だよね。きちんとやらないと捕まっちゃうし。

日本に比べりゃこっちの世界はガバガバだが、取り立てられない訳は無いだろうし。


「お前も大変だな、ケーキくらい奢ってやるから落ち着いたら帰れよ」

「帰れませんよッ! 里の皆は税金なんてカッコ悪いもの収める気ゼロだし、わ、私がなんとかしないと……! 私が、私が里の長なんだから……! お願いしますカズマさん、お金貸してください! なんでもしますから、本当になんでもしますからっ!」

「なんでも?」


 悲壮な声で必死にすがりつくゆんゆんは、年齢と不相応に発育が良い。

そりゃもうめぐみんとゆんゆん、どうして差が付いたのかってレベルである。

そうか、なんでもかぁ……いやしかし、これで本当になんでもさせたらめぐみんに爆殺されたりしないか?

だが正直な話、昨日ダクネスにお預けを食らったせいで今の僕はとっても野獣なのだ。

欲を言えば、後先考えずにゆんゆんの胸の谷間に札束つっこんでやりたいくらいだ。


「……ちなみにイリス、もし一括で払うとしたら幾らくらいの金額になる?」

「そうですねぇ……ウチの国では税の過不足を遡れるのは十年までと決まっていますし、個人個人の税金は年の瀬に払われなければ流れてしまいますから……まあ、あくまで里全体の金額と考えて、地価、軍隊派遣の必要無し、長年魔族の襲撃に晒されていたことを考えると――こんなものですわね」

「5億……ごおくっ!? いちねん、ごせんまんえりす!?」

「あの辺り遺跡が多いんですよねー。それも殆どが未探索で、価値を残したまま放置していると考えると……ねえ? まあ、別にあなた一人に払ってもらうわけじゃなくて、里全体で用意してもらうお金ですから」

「5億かぁ……流石に女一人に払う金額じゃ無えなあ……」

「ううっ、最低な台詞なのにどこか頼もしさを感じてしまう私が嫌ぁ……」


 なんとかしてやれない範囲ではない、が。

問題はどうやって爆殺エンドからの蘇生ループを回避するかである。

一日一回爆殺されるような生活は流石にごめんだ。エリス様も苦笑いであろう。


(……ところでこの金額、めちゃくちゃ吹っかけてるよな?)

(あ、わかります?)


 ま、分からいでか。

土地代だけと考えても、ダスティネス家の領地分よりは少し安いくらいだぞこれ。

あんな村レベルの集落一つ分で、国の右腕たる大貴族の領地と同レベルなのだ。

比較対象を知らないゆんゆんは分からないだろうが、そりゃあおかしいと思うわ。


「5億……5億なんて、どうやって稼げば……いえ、5千万エリスすら……」

「まぁそんな暗い顔をするなよゆんゆん。話は変わるが、今この街はモンスターの混乱でテレポーターが止まっててな。お嬢様を紅魔の里まで連れて行ってくれる、腕の良い魔法使いを探してるんだが」

「ッ! やります! やらせてください! だから、その……できれば、謝礼のほどを……」


 顔を赤らめて恥じらいながら必死に頭を下げるゆんゆん。

いかん、これは何かに目覚めそうになる。これが優等生だけど、お金に困ってどうしても……というシチュか。

別にアイリスはそんなつもりじゃなかっただろうが、この状況を仕掛けたことに惜しみない拍手を送りたい。

これからしばらく、ゆんゆんは爪に火を灯す生活を続けるのだろうか。

そんな風に思っていると、ゆんゆんは重くため息を吐いて、たまげた言葉を呟いた。




「はぁ……長になって早々、こんなことになるなんて……いえ、マナコちゃんが居なかったらずっと気付かった私もどうかと思うんだけど……」




「……すまん、誰だって?」


 急に出てきた馴染みのない名前に、俺は驚いて顔を上げる。

知ってる名前では無い。だが、なんとなく聞き覚えのある独特の響き。


「あ、マナコちゃんです。キノ=マナコだったかな? なんというか、最近になって急に近くの遺跡の一つに住み着いた子なんですけど、凄く波長があってすぐお友達になれたんですよ」

「……そ、そいつだぁッ!」


 さてはバニルの野郎、知っていて紅魔の里へ連れて行こうとしていたのか。

ひょんな所から出てきた"当たり"に、俺は椅子を蹴って立ち上がった。






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「……これは、すごいな」

「うむ……貴公と私なら、多少の敵には遅れを取らないとは思ったが」


 そしてまた、別の場所。

アルカレンティアの野外フィールドで、ダクネスとミツルギはモンスターたちの死骸を確かめていた。

なにせ、アクシズ教徒が至る所に居る街の中に、あのドMクルセイダーである。

テレポーターの代わりを探すと言ってもうまく行かず、せめて何かしらの情報は手に入れようと、奴らはわざわざ外まで歩いてきたのだ。


「この死体の山は……警戒する必要すら、なかったかも知れないな」

「油断は禁物ですよ、ダクネスさん。もしかしたら、生き残りが居て不意をうってくるかも知れない」


 過去何度も不意打ちに負けた男の実感が込もった言葉である。

言い知れぬ説得力に、ダクネスも改めて身を引き締める。


「……こっちは両断、こっちは丸焦げ。氷漬けにされてるのもあるし、石化や毒でやられてるのも……まるでモンスターの倒し方の見本市だ」

「モンスター同士の仲間割れなのか? いや、それにしては余りに倒されているモンスターの種類が多い。それに、この草が踏み倒された痕は妙だ。広い範囲の割に、飛び石のようになっている」


 念の為、石化したモンスター像の額を砕きながらダクネスは首を傾げた。

足跡らしき草の痕には、優に人が寝そべられる幅がある。

巨大な何かが――おそらくは戦いを繰り広げながら――先へ先へと移動している。

そう推測できるような跡だ、幸いなことに、街に向かっては居ないようだが……。


「複数回爆裂魔法を使用した痕がある。それに石化していたり毒でやられていたりと、状態異常に掛かったまま放置されているのも多い」

「巨大で、魔法にも強く、状態異常まで使う……厄介だな。1体だとしたら、どんなモンスターなんだろう」

「もしや、噂に聞く魔神か? カズマは、魔王が居るなら魔神もどこかに居るのがお約束と言っていたが」


 あの男が言うそれは、丸っきりゲームからの知識であろう。

それにしても、異様な光景と言える。ゾワゾワと背筋を這いまわる不安を感じながらも、2人は破壊痕の奥へと進んでいく。


「何か……違和感を感じるな。例えばほら、『安楽少女』が今にも襲いかかってきそうな表情で切り飛ばされています」

「安楽少女が? それは変だな。無害でこそないが、普段はいたって大人しい植物性のモンスターはずだろう」

「それだけじゃない。互いに捕食関係にあるモンスターでも、肩を並べて戦っていた形跡がある。……うん?」


 ミツルギが"何か"に気付いたのは、その時であった。

大型モンスターの死骸に手を当て、奥歯を噛みながら全身に力を込める。


「お、おい? どうした」

「少し……手伝って、ください……! この下に、何か……!」

「わ、分かった。フンッ!」


 ――ズドン、と音がした。

ごろりと転がった大型モンスターの身体の前で、ミツルギが口をあんぐりと開けてダクネスを見た。

目をパチクリとさせた怪力女が、視線に気付いて恥ずかしそうに目を伏せる。


「……いや、これは、違うぞ」

「そ、そうですね。いやー流石魔剣グラム! 筋力強化は頼りになるなー!」

「ちょっとやめてくれ。フォローされればされるほど、カズマの『ノー、ゴリラパワー。キンジラレタチカラ』という言葉が脳裏に響く」


 自身の妄想に苛まれるダクネスはさておき、ミツルギは死骸の下敷きとなっていたものを探り出す。

それは只の潰れた草地のようでいて、薄い白が地面を覆っていた。

どことなく粘ついた薄雲のような層から、所々で赤々としたカサが伸び。


「これは……キノコ?」


 薄暗闇の中から、不吉がせり上がっていた。




 ………………

 …………

 ……




「つまりは、運命とは風に煽られるリボンのようなものだ。一連の『流れ』は確かにあるが、ひらひらと形を変え、狙って掴むのは中々難しい」


 ここは喫茶『デッドリーポイズン』。

一足早く紅魔の里まで足を伸ばしていた我輩が羽を休めている場所であり、ついでに言えばここのコーヒーは中々に美味であった。

何故か妙な白い粉が付いてくるが。


「……おい店主。この粉は何なのだ。なぜか微かにアーモンド臭がするが」

「それですか? それはお客さんが『ペロッ……これは、青酸カリ!』ってやって遊ぶための粉ですよ。ちなみに只のフレーバーシュガーです」

「そうか。流石に地の底まで名が通るネタ種族の里。嫌なサービスが行き届いているな」


 基本、青酸カリはペロッとでも摂取したら死に至る猛毒だったと思うのだが。

ああそれでデッドリーポイズンか。物凄くどうでもいいことに知力を使ってしまった。


「それより早く、続きをお願いしますよ。今、凄く良いネタが湧いてきてるんですから」

「あー、うむ……相手が強くなるごとに見通す力が使いにくくなるのは、相手の『できること』に比例してリボンの揺れ幅が増えるからだ。それだけ見通すのに時間がかかるようになり、言わば『1秒先を読むのに0.1秒かかっていたもの』が0.5秒かかるようになる。差が広がらんのだな」


 そして当然、『1秒先を読むのに1秒かかる』ようになれば未来など見えなくなる。

悪魔である我輩にとって、そういった可能性の光は眩しく感じられる物だ。

特にあのアホ女神や貧乏店主は、力は溢れているくせに何をしでかすか分からない精神性を持っているからな。

力はあるが選択肢に乏しい勇者などより、よほど読み辛い。


「身も蓋も無いことを言うが、未来とは比較的簡単に移り変わるものなのだ。その分、すでに観測されたこと……『過去』を変えるのには苦労を伴う。それを苦もなくやってのける唯一人は、過去と現在の区別すら付かんのだから皮肉な話だ」

「おおおー!」


 ああ、それにしても何故我輩はこんな寂れた喫茶店で語り聞かせのような真似をしているのだろう。

現実逃避に「見た」ところ、事態は概ね理想的に推移しているから手の出しようも無い。


「素晴らしい……そのイカした仮面と良い、場所を選ばぬ燕尾服といい、あなた旅人にしては中々分かっていますね……。台詞、今度の作品で参考にさせてもらっても良いですか」

「ああ、良い良い、勝手にしろ。やれやれ、これでは褒められてるのか貶されてるのかも分からんな……」

「何を言うんですか、褒めてますよ!」

「紅魔族に褒められていると言うのが微妙なのだ。分かれ」


 まぁ、この仮面は確かに格好いいものだが。

相席になった娘は一度小首をかしげると、自分の手元のメモ帳に向かって猛烈に何かを書き込み始めた。

さて、カズマらがこの里に来るのもそろそろか。

となれば我輩も、そろそろ出迎えの準備をするべきであろう。


「……せっかくここまで手伝ってやったのだ。我輩に最高の馳走を味あわせてくれよな」


 それまでは、ここのコーヒーで我慢してやるとしよう。

正直、ネタ種族を煽ると変な方向にかっ飛んで行きそうで嫌だ。

カップを傾ける前に、謎の白い粉を僅かに指に付けて舐めてみる。


「うむ。……これは砂糖」

「だから、砂糖ですって」


 ……なるべく早く来て欲しいところだ、サトウカズマ。

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