第16話:追え! 背中とAチーム
決めました! わたし、冒険者になる!
――えええーッ!?
――しょ、正気ですかめありす!? 冒険者ですよ? あなたのステータスなら、何でも選べるどころかいきなり上級職になることだって……。
んー、でも冒険者がいい。
――どうして!? 日頃からあんなにアクシズ教のアークプリーストになるように睡眠学習を行っていたのに! カズマなの!? カズマの血を引いてるからグレちゃったの!?
――おいアホ女神、人の娘に何してんだお前は。別にいいじゃねえか冒険者、これほど便利な職も無いぞ?
――そりゃ、カズマにとってはそうでしょうが……ううう、めありすー。母さんと一緒に爆裂魔法撃つって言ったじゃないですか~……。
――ま、まあまあ二人とも。まずはめありすの意見を最後まで聞こうじゃないか。ちゃんと悩んだ上で冒険者が良いって決めたんだろう?
うん! わたし、冒険者になるよ。それで、皆のスキル一杯覚えるの!
――なるほど、そういうことか。
わたし、お母さんの爆裂魔法も、お父さんのスティールも、ダクネスさんやアクア様のスキルも、もっともっと……みんなが教えてくれること、沢山覚えたい! だから、冒険者になる!
――めありす……。
――ううっ、めありすちゃーん……。
――あーもう、泣くな鬱陶しい。別に良いだろ、世界は平和になったんだし。俺の娘なら、ちょっとくらいステータスが低くたって心配ねえだろ。
――……まぁ、そうですよね。もう魔王の幹部と戦うようなことは無いでしょうし。好きな風にやらせてあげるのが一番ですよね……。はぁ、しかし我が子ながらなんでそうも茨の道を……。
――世の中で一番お前にだけは言われたくないと思うぞ、その台詞。
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「なあ、もう良いだろ? いい加減これ外してくれよ、抵抗しないからよ」
その頃。まだ目隠し拘束されている俺は、運び込まれるまま馬車に乗せられていた。
流石に身体の縄は解いてもらってるんだが、近くにアイリスが居ると思うと外そうと思っても妙に外しづらい。
何を思ってこんなことをしてるか知らないが、これは立派な拉致である。犯罪である。
まさか王女自らがこんな堂々と罪を犯すとは思わなかった。大丈夫かこの国?
「ダメですお兄様。今この場では私が法です」
「弁護士を要求する!」
しれっとした感じで何言ってるんだろう。おかしい、こんな義妹じゃなかったのに。
やはり、この世界の女は皆したたかになっていってしまうのだろうか。
ああ、清純系ヒロインが欲しい!
「つか、行き先が分からないのが不安でしょうが無いんだけど。俺はいったい何処に連れて行かれるんだ……?」
「そうですね、そのくらいは教えてあげても良いでしょうか。お兄様に目隠しさせている理由でもありますし」
なんだ、ちゃんと理由があったのかこの目隠し。
膝に乗せていた俺の手を、柔らかい他の誰かが握る。
未知の感覚にちょっとドギマギしていると、そっと何かを握りこまされた。
「どうぞ、お兄様。ダーツです」
「テレビ番組か!」
何かと思ったよ! くそっ、反射的に床にたたきつけちまった。
アイリスにテレビが分かるはずも無いから、絶対誰かが吹き込んだだろう、これ。
「おっと、お兄様の『ちょっとイイ話』~」
「テレビ番組かッ!」
的あるの!? ほんとに当たったのこの床!?
くそっ、目が隠されてるから嘘かどうかもわからねえ!
十中八九嘘だと思うけども!
「まぁ、冗談です。王族ジョーク。本当は目的地すでに決まってますよ」
「だよな……ったく、もしかして目隠しは今のコントがやりたかっただけか? もう外していいか?」
「はい、どうぞ。あ、ハチベエ、お兄様にあの情報を」
「了解した。えー、紅魔の里にお住まいのペンネーム『揺蕩うビー玉』さんより。
『最近、何か面白い未来でも無いかと
ペンネーム『揺蕩うビー玉』さん、ご投稿ありがとうございました」
「テレビ番組かッ!? ええいクソ、もう天丼はいいんだよ無駄に息のあったボケしやがって! この二人、いつの間にそんなに仲良くなったんだ!?」
アイリスがはっちゃけた性格になったものさてはお前のせいだな、この悪魔め!
こんな奴と付き合いがあるなんて、お兄様は許しませんよ!
「ああ、アイリス様。バニルとそんな親しげに……うう、悪魔と王女が仲良くなるなんて、エリス様になんと言ったらいいか」
「ワハハハ! 悪感情ご馳走様である。やはりお主らの側に居れば空腹とは無縁だな。しょっちゅう女神が牙を向いてくるのが難ではあるが……おい飼い主、狂犬病のワクチンはきっちりと摂取させておくのが責任というものだぞ」
「うっせ、俺は別にアクアの飼い主になった覚えはねえよ。ほらアイリスもそいつから離れなさい。ダクネスが泣いちゃうでしょ。離れて!」
「はぁーい。あ、馬車の中は良いですけど、外に出たらイリスと呼んで下さいね。お忍びなので」
へいへい。あぁ、なんかどっと疲れた。
フリーになった視界で状況を確認すれば、今、馬車の中には3人。
俺とダクネスが隣り合わせで、向かいにアイリスが座っている。
残り二人は御者台で、バニルは馬の操縦、ミツルギは万一に備えて警戒しているようだ。
「なんだ、『サトウカズマのちょっとイイ話』やらないのかい? 君の話は面白いからわりと期待してたのに」
「やるわけねえだろ。ったく、お前もなんだからしくねえな。普段の取り巻きはどうしたんだ」
冗談めかして囃してくるミツルギに、俺も憮然とした態度で返す。
こいつには女子が2人ひっついてるのがお約束なんだが、見当たらないな?
「あの2人はどうも君の事を嫌ってるからなぁ。いい子たちなんだけど……まあ、たまにはゆっくりする時間も必要だろう。話はバニルさんから聞いたよ。また世界の危機なんだって?」
「またあの馬鹿女神の尻拭いだけどな」
「アクア様を悪く言うのは止めてくれ。まあ、流石にもうそれが君たちなんだって分かるけれど」
ちょっと羨ましげなミツルギの声に、俺は苦々しく顔をしかめた。
じゃれ合いとか言われるとまるであいつと同レベルみたいじゃないか。
そんなはずは無い。万年知力一桁と比べられるのは勘弁してくれ。
「な、なあ、カズマ……」
「なんだよ」
俺の隣で終始もじもじとしていたダクネスが、意を決して話しかけてきた。
あんまり触れないようにしてたけど、なんでこいつだけいつもの鎧姿ではなくちょっと胸元が開けたドレスのままなんだろう。
なんかいい匂いするし、ムラムラしそうだ。悔しいから悟られないようにしてるが。
「あー……目的地なんだが、紅魔の里に行く前にアルカレンティアに寄ることになる。まぁ、この辺は一度旅したことあるから分かるだろう」
「お、おう。そうだな」
「お……温泉だぞ。楽しみだな!」
「あ、うん。まぁな?」
なんだろう、このぎこちないやり取りは。
なんか、ダクネスもダクネスで何故かテンパってるのが伝わってきてすごく辛い。
本当に何が目的なんだ、これ?
「ええ、まったく楽しみですわね。
一人、花が咲くように笑うアイリスが、何か企んでいるようにしか思えなかった。
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「ゆるすまじ」
オリジナルは激怒した。必ず、あの邪智暴虐な王女を退けねばならぬと決意した。
「まさかの逆ハーレム……! あの王女、逆ハーを形成しやがりましたよ!」
「『やがる』とか言っちゃ駄目よめぐみん、言葉が汚いわよ」
「しかしですねアクア! アクアは突然カズマがハイエースされたことに思う所は無いんですか!?」
「えー? んー、まぁちょっと大丈夫かなーとは思うけど、これから寒くなるし、私せっかくの休暇だし……」
「ああんもう似た者同士!」
別名、われ鍋にとじ蓋。ただしどちらも自分は立派な器だと思っている、みたいな。
絶妙にどうにも良さそうなアクア様に、オリジナルは地団駄を踏みました。
我々の目の前には、例の「音を拾う魔道具」。これで先ほどから馬車内の会話を拾い取って居たのです。
しかし、逆ハーレムとは言いますが、拉致メンバーにはダクネスさんも混じってるわけで。
「ダクネスはあれで王宮ではダメな所を見せないので女子人気が有るんですよ。つまり逆ハー要員でもなんの問題もありません。おお、恐ろしや悪徳令嬢……権力をかさに着て男を次々と毒牙に……!」
「大丈夫ですかオリジナル? 少し父さんに毒されすぎては居ませんか?」
このパーティー、ダメな奴が居なくなったら他の誰かがダメになるようですね。
働きアリみたいです。これは私がしっかりしなければ。
「ねえ、ひょっとして追いかけるの? 私めんどくさいんですけど。ゼル帝の世話もあるし」
「そんなことを言ってる場合ですかアクア! 若い男女で温泉街だなんて、何か間違いがあっても知りませんよ!」
「まぁ、相手は王女様ですからね。その場合『間違い』にはならないでしょうが」
偉い人が言えば黒も白になるとか、そういう感じで。
いやまぁ私は直接顔を見たことは無かったので、話の流れからの推測ですけれど。
その割には対応が刺々しい? ……うん、色々あったのです。
父さんもわりと流される人ですからね。しっかりと碇を刺しておかないと。
そういう意味で、そこそこ危機感はあります。顔には出しませんが。
「とはいえ……追いつくこと自体は、そう難しくないはずです」
「というと?」
「今回、目的が建前とまでは言いませんが、アイリスちゃんはかなり過程を重視しています。彼女の立場を考えたら、そう何度もできないわがままの筈ですからね。テレポートでひとっ飛びに目的地についてハイ終わり、みたいなことはしないと思います」
「なるほど……」
確かに、有無を言わさぬ勢いからして気合は入っていました。
一旦我々に装備を整えさせてからダスティネス邸に集めたのもそう。
もし玄関にあの面子が集合して冒険者装束に着替えるよう勧めていたら、勘の鋭い父はすぐさま逃亡を画策していただろうし。
「なので、あまり先回りしすぎても意味が無いかも知れませんよ」
平野であればそれなりに届くとはいえ、集音魔道具の有効距離は無限では無い。
私が装置のつまみを弄っていると、アクアがなんとなく興味深そうに覗き込んできた。
「……勝手に触らないで下さいね、デリケートなので。壊したら弁償金を請求しますよ」
「ギクッ! や、やーね、そんなことするわけ無いじゃない。神様よ私? もっと敬って?」
「はいはい、これは遠く離れた魔導鉱石を同時に振動させる装置です。多分言ってもわからないと思うんで『へー凄いな―』とだけ思ってて下さい」
「ねえ、なんかめありすちゃん私だけ扱いぞんざいじゃない!? だめよそう言うの、良くないと思うの! 将来、カズマみたいな大人になっちゃうわよ!?」
「へー凄いなー」
さて、父さんの服に潜ませた方の結晶は、今のところ順調。
どことなくぎこちない雑談めいた声が、受信機から漏れ聞こえて来ます。
「しかし凄いですよね、この装置。どこで手に入れたんですか?」
「叡智の悪魔と交換です。場合によっては泥棒も視野に入れますけど、即座に階層を移れる手段がないとリスクが大きく……」
「ど、泥棒?」
「……知恵比べに勝利した戦利品です。窃盗ではありません。実際、1階逃げ切ればお咎め無しですから」
スッ、と一歩距離を取るオリジナルを私の目が追う。
いけないいけない、長く地獄に居たせいか微妙に倫理観が狂っていますね、私。
「……あの、めありす。これをカズマに仕掛けているお陰で助かっているのは事実ですけど、もちろんお母さんにはこんなもの仕掛けてませんよね?」
「え? そんな当たり前のことを聞かれても困るんですが」
「そ、そうですよねー! すみません、疑ったりして」
「オリジナルはどこで気を失うか分かったもんじゃないですからね、音声に加えて位置情報も発信される奴を付けてあります。これでいつ爆裂魔法をぶっぱしてても回収に行けます……どうかしましたか?」
私がそう言うと、母は慌ててバタバタと服の裏を探し始めた。
とっさに付けたならともかく、仕込む時間は沢山有りましたから無駄だと思いますが。
そんなすぐ分かるような所には付けたら、何かのはずみに落ちてしまうかもしれませんし。
「……ねえめありすちゃん。それってひょっとしてダクネスや私にも……?」
「当たり前じゃないですか。ちゃんと時折皆さんの状況を確認して行動周期表も作ってますよ? 例えば夕食後1時間はオリジナルが呪文詠唱の練習を行っていますし、皆さんが寝静まった頃、夜中の1時くらいに父さんはちょくちょく忍び足での洗濯を……」
「わ、分かった。分かったから、その時間にカズマに会おうとしちゃダメだからね。武士の情けって奴だから」
「はあ」
明らかに不審な行動なので、今度直接問いただしておこうと思ったのですが。
アクアから釘を刺された以上、やめといた方が良いのでしょうか。
まあ、彼女がわかっているのなら私が何かする必要も無いでしょうし。
(……ねえめぐみん、あなたの娘ってストーカーなの?)
(ち、違いますよ! きっと違います。私にそんな素質無いですし)
後ろでコソコソと話し合う声が聞こえて来ますが、装置の調整があるので無視。
別に普通だと思いますけどね。別に恋愛目的では無いですし。
まあ、仮にターゲットができたとしたら……いえ、意味のない仮定ですね。
苦笑を一つ。それより、早いところ次の動きを決めなければ。
「あ、じゃあカズマの血なのかしら。ダメね、今度カズマが街の子どもたちの行動ルートとか調べて無いか警戒しておかないと」
「……女神、聞こえてますからね。誰かのご飯だけ食べようとする端から矢が突き立つようになりますよ」
「ぎゃだー――ッ!」
分かったら狙撃持ちを怒らせないように。
はあ、組んだは良いけどこのチーム、私にまとめきれるのだろうか。
微妙に父の偉大さを噛み締める私なのでした。
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