第15話:攻めろ! 夢みるお姫様


 乗り心地の良い馬車に揺られ、到着するはダスティネス邸。

一応、「冒険者としてで良いから正装しろ」と言われていたので、久々の帯刀である。

扉の奥には大理石の床に赤い絨毯が引かれ、その左右にメイドたちがうやうやしく並ぶ。

正面から入ってくる俺たちの歩きに合わせ、彼女たちは頭を下げる――



「「おかえりなさいませ、イリス様!」」



 あ、うん。まぁそうだよな。

この場の誰に挨拶するかとなったら、まぁそうなるよな。

当のアイリス……もとい、イリスはしずしずと歩き進みながら苦笑している。


「まったくもう、今のわたくしはただのチリメンドンヤの娘だと言ってありますのに」

「勘弁してくれ、イリス嬢。私もこれで、結構神経が削れているんだ」


 言葉を返すのは、普段の重鎧を外し淑女のようなドレスに着替えたダクネスだ。

肩から二の腕にかけてをケープで覆い、へそ回りを隠せば意外と分からんもんだな。

俺はそこそこ感心しながら、すっかり貴族の主人らしくなったダクネスに声をかけた。


「よう、ダクネス。お前手袋パツパツだな」

「よし、メイド隊。その馬鹿者を門に張り付けろ。ぶっ殺してやる」


 メイドたちは音も無く俺の背後に回ると、両腕を掴みあげる。

そのままズルズルと来た道を引き戻されそうになったので、俺は両手を振って抵抗しながら声を上げる羽目になった。


「うおお!? 止めろよお前、権力者なんだからそういう冗談は洒落になんねーんだぞ! 権力の濫用が大嫌いだったあの頃のお前は何処に行ったんだよ! 言論の自由! 情報統制! 恐怖政治だぞ!」

「はぁ……まったく、自由は人が地味に気にしていることをズケズケと言う権利じゃないぞ、カズマ。申し訳ありません、アイリス様……じゃなかった、イリス嬢。やれやれ、どうも馴れないな」

「うふふ、相変わらずお二人は仲がよろしいのですね」


 何がおかしいのか、俺たちのやりとりを見たイリスがくすくすと笑った。

それにしても、あの小さかったお姫様も今やハイティーンか。

可愛らしい微笑みはそのままに、どこか素直なだけでは無くなったと言うか、油断ならない気配が潜んでいるのは俺の気のせいだろうか?


「はぁ~……ダクネスのお家には何度か来たことはありますが、なんか今回は一際内装の手の入れようが違いますね。しばらく姿を見せなかったのは、これのせいなんですか?」

「ああ、まぁそうだな。非公式とはいえ王族を迎えるんだ。流石に普段通りとは行かなくてな」

「……あれ? ダクネス、私が来た時普段通りだったわよね。私、神様よね……?」

「あー、アクアはだな、その」

「図々しい主張をするなよ、駄女神。お前の歓迎なんてニンジンと鹿せんべいがあれば充分だろ」

「馬と鹿って言ったわね。馬鹿って言ったわねこの元ニート! 上等よ、マットに沈めてやるんだから!」

「ぐおっ! やめろっ! 俺まだメイドさんたちに拘束されてるんだよ! というかアンタたちもいい加減放してくれ、腹が! 腹がボクシングされる!」


 両の腕が緩むと同時に、アクアのゴッドブローがボディへと吸い込まれていった。

……ふぅ、ここが義妹の前じゃなかったら即死だったぜ。

流石にこんな立派な絨毯の洗浄代なんて払いたくねーもん。

洗う方も悲しくなってくるだろ。


「……それで、何時になったら話を進めてくれるのかな? イリスとやら」


 そんな空気をぶった切り、冷たい声で質問する。

ふと見上げれば、めありすは最初の何回か被っていたバニル仮面をまた装着していた。

こいつ、まだアレ持ってたのか。いや、俺も一応持ってるけどさ。

いつ正体隠さなきゃならなくなるか知れたもんじゃないし。


「あら……? あなた、そんな喋り方でしたっけ?」

「勿論、人によって変えているとも。王族ではないチリメンドンヤの娘よ。あなたに形だけでも敬意を払う必要が?」


 ……こいつ、なんか妙にトゲトゲしいな。

俺は静かに立ち上がりめありすの後ろに回ると、顔の上半分を隠す仮面を取り上げる。


「ああっ、ちょっ!」

「こいつの態度はともかくとして、俺もそこんところ詳しく知りてぇな。何でイリスがダクネスん家の馬車でやってきたんだ? いつもの護衛はどうしたんだよ、ほら、あのレインとかいう白タイツ」

「レインたちは流石に外せない用事があって、今回は留守番なんです。でも寂しくは無いですよ。ララティーナ……じゃない、ダクネスお姉様もおりますから」

「お姉様ぁ?」

「彼女らの代わりと言うことで、私がお目付け役としてどうしてもと頼まれたんだ。……まったく、そりゃあ危険からお守りすることは吝かではないが……」


 ああ、その送り迎えで数日本邸に泊まりっぱなしだったわけだ。

この数年でダクネスの親父さんも正式に引退し、今や立派な貴族だもんな。

流石に、王族が来るとなったら無視はできないだろう。


「しかし教育に悪そうだな。呼び方を変えてるのはカモフラージュか何かなの?」

「ははは、お前ほどじゃ無いわい。呼び名に関しては、イリス嬢のたっての頼みだ」

「ちょっと父さん、私のマスク返して下さい! 返せっ!」


 他人事のように言う俺の下では、肩を押さえられためありすが懸命に手を伸ばす。

いやー、こいつら本当に親子だなぁ。誰と誰がかは言うまでもあるまい。

それにしても、俺がお兄様でダクネスがお姉様か。

おいおい、いくらダクネスでも義妹をやるわけにはいかねーな?


「ちなみに今回は、あと他にも護衛の方が居らっしゃるんですよ! ねえスケさん、ハチベエ?」

「うむ、ハチベエである」

「スケさんでーす……」


 そしてひょっこり出てくる悪魔とソードマスター。

……いや、何やってんだよお前ら。特にバニルは、俺が仕事を頼んどいたはずなんだが?


「おいバニル、何サボってんだ。お前悪魔は契約を守るとか言って掛け持ちなの? 無断欠勤なの?」

「フハハハ、人にだけ働かせておいて自分は愛娘に膝枕されて越に入っている男よ聞くが良い。満月の夜には注意しておけよ、悪魔の力がもっとも増す日だからな」

「おう、俺抜きでアクアを制する方法が有るんならやってみろ。そんで、何か目ぼしい情報は有ったのか?」

「ふん、安心しろ。とっくに目星はつけておいた」


 もうか。流石は魔眼と言われるだけはあるな、仕事が速い。

俺は早速情報を催促するが、どうやらその時が来るまで答える気は無いらしい。

そこに、スケさんと呼ばれた方の男が声をかけてきた。


「あのー、サトウカズマ? 一応僕も居るんだけど……」

「おー、久しぶりだな。えっと……キクラゲさんだっけ?」

「ミツルギだッ! いい加減覚えてくれ、お歳暮送ったりもしてるんだから!」

「おー、そうだったそうだった。お前あのドラゴンのハム、アクアがうめーうめーって食ってたぞ」


 こいつはソードマスターのミツルギ。

俺と同じくアクアによって転生された者の一人で、腕利きの冒険者でもある。

アイリスとも面識があるようだからこういう事情なら居るのは不思議じゃあ無いが。

こいつ、普段の取り巻きはどうしたんだろう?


「そうか、それなら贈った甲斐が有った……! ドラゴンの尻尾は珍味としても重宝されてると聞いてね、これはまさに女神に食していただかなくては、と思っていたんだ!」

「ん? あ、ハムの人! ねえねえまた今度ハムを捧げてちょうだいよ、そしたら昔私に檻の弁償させたことはチャラにしてあげるから!」

「そうそう、この件によりお前はアクアに完全に『ハムの人』として覚えられたからな。今後もハムを欠かすんじゃないぞ」

「ミツルギ、キョウヤですッ……!」


 そう言ってがっくりと肩を落としたミツルギであった。

しょうがない、ハムの人は顔は覚えられても名前は覚えられないんだ。

それにしてもアクアの奴、いつの話をしているんだか。

アクアに恩を感じているらしいんだけど、正直アクア自身はさっぱり覚えてないっぽいんだよな。

わりと不憫な奴だ。ハーレム主なので絶対に敵だが。






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「なぁダクネス。この二人が護衛って、お前んとこのお姫様はどこのラストダンジョンに向かうつもりなんだ」

「わ、私に聞かれても困る。それに先に言っておくと、アイリス様はどうも私のことも連れて行く気満々みたいだぞ。オギンとか言ってた」

「……そうか、毎晩ちゃんと風呂入るんだぞ」

「なんだそれは!? く、臭いのか? ひょっとして私臭いのか?」


 別にそんなことは言ってないが。

実はこいつ、フルプレートを着込んで蒸れるのを気にしていたりするんだろうか。

だがまぁ、うろたえるダクネスに一々説明するのも面倒だ。

放っておこう。お色気枠だとか言ったらまた変な気起こして話が進まなくなりそうだし。


「スケさん、ハチベエ、それにオギンねえ。ご隠居様のキラキラ道中膝栗毛か? カクさんは誰なんだ、カクさんは」

「それはもちろん、お兄様です!」


 ビシリと伸びた指先は、まごうこと無く俺を指名していた。

俺がスッと視線をめぐみんに向けると、つられて指もめぐみんに逸れる。


「わ、私!? ふふふ、良いでしょう。そこまで言うのであれば、『この爆裂魔法が目に入らぬか』とやるのも吝かではありませんよ!」

「い、いえ……戦争をやりに行くわけでは無いので、爆裂魔法は必要ありませんが……」

「ガーン!?」


 わかりやすくショックを受けるめぐみん。

いや、まぁ過剰火力だよな。ミツルギとバニルが居て爆裂魔法も有るとか、それこそボスをダンジョンごとぶち壊せるだろう。


「というかそんな豪華なパーティーメンバー連れて、どんな高難度ダンジョンに行くんだよ。イリスはお嬢様なんだから、あんま危険な場所にでかけちゃ駄目だろ?」

「戦争ではありません、お話に行くのです。お兄様が探している、お兄様の世界の方と」


 むせた。

おかしいな、アイリスには日本が異世界だと話したことは無かったのだが。


「王都にはお兄様以外のちょっと変な方々も沢山いらっしゃいますから。数年前の私ならともかく、今の私には何かがおかしいって分かりますよ。きっとその人も、お兄様みたいに不思議な知識や強力なマジックアイテムを所持していらっしゃるのでしょう?」

「あー、うーん、ま、まぁそうなるのかなー!?」


 ちくしょう、やっぱ知力高い相手って恐ろしいわ。

アイリスはそのまま数歩俺の前に出てくると、少しむっとした様子で指先を唇に当てる。

そしていかにも「私、怒ってます」という様子で胸をはると、俺をやや強い口調で叱りつけた。


「それにお兄様、懸賞金に10億エリスは少しやり過ぎです。お兄様には実感が薄いかもしれませんが、それだけあれば中くらいの貴族の家がまるごと立て直せる金額なんですから。貴族が血眼になるのは別に構いませんが、それで普段やるべき政務を滞らせる輩が多くて困るんです」


 マジか。わりとあぶく銭の気分だったけど、信用経済の成り立ってないこの世界だとやっぱ10億って大金なんだな。

見栄と勢いで動かせる現金の大半を叩きつけたけど、やっぱりちょっとやり過ぎだったか?


「なので賞金は直接分配するのではなく、王家の方で一旦預かり、そこからそれぞれの貴族がかけた金額に合わせて補填することにしてくださいませんか? 王族の一人が直接手柄にしたとなれば、狙っていた方も文句は言えないでしょうし」

「あー、まぁ、その方が面倒が無いなら俺は良いんだけど」


 ううむ、アイリスの奴、随分としっかり者の妹みたくなって。

兄としてはちょっと複雑な気分だ。やはり人は純粋なままでは居られないのだろうか。

それでも可愛いけどね。あと、何か血涙で臍を噛むレインが見えた気がした。


「ふふ、それじゃお兄様とおでかけですね! わたくし、これが楽しみだったんですよ」

「分かった分かった、ちゃんとエスコートするよ。妹のたっての頼みだしな」


 アイリスは普段、王宮の外にでる機会なんてそうそうないだろうしな。

こうして町の外に冒険に行くのなんて、それこそ一生に一度かもしれない。

そう思えば、兄としてきっちり楽しませてやろうという気持ちになる。

なに、これだけ仲間が居ればそうそう怪我させることなんか無いって。


「ちなみに馬車の都合も有りますので、行けるのは5人までです」

「え?」

「……私とイリス嬢、そしてスケさんカクさんハチベエで5人だそうだ」

「ちょ、ちょっと待ってください、それってつまり……!」


 すまなさそうに目を逸らすダクネスの言葉を受け、めぐみんが立ち上がった。

まさかここに来てパーティー分割があるとは思わなかったのだろう。

もちろん、俺もである。急な話にちょっと頭がついてこない。


「お、置いてけぼりですか!? まさかの!」

「ふふ、ごめんなさいめぐみんさん。ですが私にとっても貴重な機会なので。それに、戦士・戦士・盗賊・僧侶・魔法使いの5人パーティーは古来からテンプレートだったそうじゃないですか? 私は僧侶枠なので、すっごい良いバランスになったと思うんです」

「魔法使いなら優秀なのがここに!」

「いえ、めぐみんさんは……どちらかと言うとその、六尺玉というか……」

「兵士ですらない――!」


 あまりと言えばあまりの例えにショックを受けるめぐみんであったが、うん、言い得て妙だと思うよ。

夏の夜空に浮かべるにはあまりに騒々しすぎるのが玉に瑕だけど。

それより問題はすでに行く気マンマンのイリスだ。そりゃ冒険者としての体裁は整えたとはいえ、俺武器以外の道具殆ど持ってきてないんだけど……?


「あ、あのさイリス。話は分かったけど、冒険に出るなら俺は俺で準備があるし。とりあえず今日は一旦解散と言うことで……」

「そうはさせませんわ、お兄様! スケさん、ハチベエ! やってしまってください!」

「「アラホラサッサ~」」

「……すまない、カズマ。私もここまではしゃいでいるアイリス様を見るのは初めてなんだ。本当にすまない」

「や、やめろお前ら! 離せ! 権力に魂を売った犬どもめ! 分かったぞ、幾ら貰った? 倍の金額支払ってやるから!」

「完全に汚い金持ちのセリフですね、父さん」


 うるせぇやい。汚い金持ちは男のロマンなんだ。。

そうこうしてる場合にも、俺は目隠しを取り付けられ、縄でくくられと順調に梱包が進んでいる。

ていうか拉致だこれ。

拉致だこれ!


「ねえちょっと、カズマさん本当に行くの? 私なんだか嫌な予感がするんだけど……」

「お前、この状況に俺の意思があると思うなら一度目ン玉くりぬいて洗い直せ! 敗れた障子の方がまだ目がついてるわ!」

「なによ、人が真面目に心配してあげたのに! いいわ、そんなに言うんだったらカズマなんか知らないんだから!」

「ツンデレしてる場合かよぉぉぉ――……!」


 ほんっとうに残念な女神だなお前は!

そんな万感の思いを込めた叫びは虚しく響き、俺は括られたまま屋敷の外へと運ばれていったのだった。






「ろ、六尺玉……パッと弾ける我が人生……」

「ショック受けてるとこすみませんが、すでに父さん拉致られましたよ、オリジナル?」

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