3章:直前になって旅行がめんどい
第14話:迫れ! 新たな大騒ぎ
「コォォケコッコォォォォー――……!!」
今日も朝から、ゼル帝の気合の入った鳴き声が響く。
迂闊にも料理スキルなぞ取っちまった俺は、全員分の食事を作るのが日課である。
あいつらは大したもの作れないし仕方ないんだが、なんか納得行かないよな?
「なんで俺……女の子と同棲してんのに飯作ってるんだろ……」
ふとそんな言葉が頭をよぎる。俺だってどうせなら女の子の手料理が食べたい。
とぼとぼとキッチンに向かうと、既に誰かが料理を作っている音がした。
「あ、おはようございます、お父さん」
「お……おう、おはよう」
めありすだった。後ろに編みこんだ三つ編みを揺らし、はにかみつつ振り向く。
エプロン姿に違和感がないというか、着こなしてる感じがするな。
めぐみんに着せたんじゃこうはならないだろう。
「料理スキルも覚えてたのか?」
「大事ですよ、料理スキル。これが有れば有毒な食材だらけでも無毒化できる事がありますし」
尋ねてみれば、思ったよりサバイバルな答えだった。
「これからお世話になる訳ですから、多少なり、家事も任せて貰いましょうかと」
「あぁ、うん、それはありがたいな。この家、料理は俺しかしないから……」
「とりあえず、出来た分を運んで下さい。乗り切らなくなってしまうので」
皿に乗せられたのは優しくくるりと丸められた、美味しそうなオムレツである。
こういうの意外と面倒だから、料理スキルがあっても俺はやらないんだよな。
バターの香りがふわりと漂う。オムレツは他人が作ったのを食ってこそって感じ。
しかしこう、女の子のエプロン姿って妙にドキドキするのはなんでだろう?
普段見慣れないから俺のオトコのコな部分がときめいちゃってるんだろうか。
おかしい、実の娘の筈なんだが。
「かぁずまぁー……ご飯まぁーだぁー……?」
「おはようございます、今日もいい爆裂日和ですねカズマ。実は昨日崩しやすそうな廃墟を偶然見つけたんですよ。連れて行って下さいねぇカズマ!」
それに比べ、こいつらはどうだ? 開口一番からこの要求量。
お前ら本当に女子かと問いかけたい。うわっ、俺の仲間の女子力……低すぎ……?
「お父さん、どうしました? ……その、上手く出来ませんでした?」
「……どうしよう、俺、この子を嫁に出したくない……」
「は?」
なんかこの美少女が、ゆくゆくは何処か別の男の嫁になるのだと思うとふつふつ殺意が湧いてきた。
おいおい、こんなに可愛いのに俺と結婚できないってどうなってんだよ。
間違ってるんじゃないのか、世の中。
「ぶっふー! 何言ってんのカズマったら、キモいわ! 気が早すぎて気持ち悪い! あははは!」
「ちょっと、笑っちゃダメですよアクア。ふふっ……しかしあのカズマが……く、くくくっ」
ロクデナシどもが後ろで笑う。
「……あぁ、お前らは出てって良いよ。むしろとっとと良い男見つけな」
「「ちょおっ!?」」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
朝食の後。
俺は膝の上にめありすを乗せ、何をするでもなくボーッとしていた。
口コミで寄せられてくる目撃情報については、もうバニルに任せている。
俺が行かなきゃアクアもちょっかい出しに行かないし、結果的に早く終るだろ。
「お父さん、13にもなってこれはちょっと恥ずかしいのですが……」
膝の上で借りた猫のように縮こまっているめありすが、やや嫌そうに呟いた。
ツンデレだな、分かってる。家族の温かみを思い出すのにまだ慣れていのだろう。
「そう言うなよ。俺、娘が出来たらこうして膝の上に乗せながら漫画を読んだりするのが夢だったんだよ」
「知ってますよ、昔散々読みましたから。『皆こうしてるんだぞ』って嘘ついてたのも分かってますからね。おかげで結構恥かいたんですよ」
「マジか。羨ましいなー未来の俺。あー、でも結婚かぁ……」
重いなー、娘の居る生活はちょっと憧れるけど重いなー。
結婚とかしないで可愛い娘だけ欲しい。
そういう欲望が駄々漏れになった漫画も結構あるよな。
まあ、俺もああいうの見て娘に憧れたクチだけど。
「というか微妙に座り方が硬いんだよ。そんなんじゃリラックスできないだろ。ほら、もっとくつろいじまえ。自分ちのように!」
「セクハラですかお父さん、セクハラですよ。私だってもう色々分かってる歳なんですからね、変なことしたら怒りますよ?」
「しねーって、父親をそんなに疑うなって。俺がお前に何をしたんだよ、言ってみろ」
「10歳まで一緒にお風呂入らされてました」
……ああ、それは確かにちょっとヤバい気がする。
いや、流石に我が子の可愛さ余ってだと思いたいんだけど。
二桁はマズいよな。家の風呂は結構広いから、皆で入るのもわからなくは無いが。
「はぁ、まったく。……ちょっとだけですよ」
少々痛くて黙っていたところ、めありすが少しずつこちらに体重をかけてくるようになった。
背中越しの体温がやんわりと伝わってくる。枝みたいに、細っこい身体。
「……やっぱり、お父さんは温かいですね」
はにかむ様に笑う顔は、本当に可愛らしいもので。
いや、めぐみんと顔の造形はほぼ一致してるんだけど、やっぱ表情が違うもんだ。
『ポーカーフェイス』を取っているからでもないだろうが、コロコロと表情を変えるめぐみんに比べると静と動というか……。
「家庭内暴力断行チョーップ!」
娘とのスキンシップを堪能していた俺に、めぐみんの手刀が突き刺さった。
……いきなり何しやがる、この爆裂娘。
幸せな空間に浸っていた俺を引き戻した罪は重いぞ。
「おいめぐみん、この手は何のつもりだ? もしただ叩きたくなっただけだとぬかしたら、俺はお前のケツを叩く」
「ただ叩きたくなったのではありません。羨ましくて叩きたくなったのです。なんですか、さっきからめありすばっかり甘えさせて。私だって娘を膝に乗せて甘えさせたいです! その間、カズマは私を膝の上で甘やかしてくれればより完璧。フフフ、どうですかこの見事な作戦は?」
「重い」
その一言を皮切りに、めぐみんがまたギャーギャーと騒ぎ出す。
そんな俺たちを尻目にせんべいを噛み砕いていたアクアが、ふと思い出したように呟いた。
「そういえばさー、昨日からダクネス見てない気がするんだけど」
「……お? そういえばそうだな。いつもその辺で薄着で筋トレとかしてるのに何処行ったんだアイツ」
「今更ですか。それ、今更ですか」
「ねー? 私は今朝から気づいてたわよ。ひどい男よねほんと」
「な、なんだよ。仕方ないだろ、俺は娘を愛でるので忙しかったんだよ」
今になって気付いた俺のことを、女どもはすぐに顔を突き合わせてヒソヒソと話し始めた。
元はアクアが振ってきたのに、なんだこの扱いは。視線が痛い。
「……ダクネスさんなら、昨日からダスティネスの本家に帰っていますよ。なにやら、急に出迎えせねばならない客がきたとかで」
「ふーん、だから居ねーんだ……ってちょっと待て、なんでめありすが俺より詳しいんだよ」
「お父さんが気にしさなすぎるだけでは?」
はい、すみません。
ダメだ、前から思ってたが男一人に対して女の集団が居ると肩身が狭い。
いつもの3人だったらまだ「何言ってんだこのダメンズどもは」と鼻で笑うこともできたが、めありすが混じってるとちょっと分が悪い。
「まー、それならそこまで遠くでも無いわね、すぐにでも帰ってくるでしょ」
「だったら良いけどなぁ」
あっけらかんと雑誌に目を戻したアクアを睨めつけ、俺は一応昼は冷めても美味しいものにしといてやるか、と考えた。
……
…………
………………
さて、時刻は昼下がりである。
その間俺はめありすに耳かきさせてみたり肩たたきさせてみたりと親子のスキンシップを堪能していたんだが、この時間になると流石にネタも切れてくる。
後、やってみたいことなんてちゃぶ台返しくらいしか残ってないしな。
しかもウチの屋敷で使ってるのは作りのしっかりした木製テーブルだ。
とてもじゃないが、気軽にひっくり返せる重量じゃない。
「ならばどうするか……いっそ、テーブルクロス抜きで満足するのはどうか」
「あの、それ私にやらせるんですか? まぁ多分できますけど、撃っていいですか?」
できるのか。流石だな手品マスターレベル。
後で聞いたのだが、マントの裏に色々収納する謎技術も実は手品スキルらしい。
種も仕掛けもなさすぎだろ、この世界。実は大道芸ってかなり強スキルなんじゃ?
「はーぁ、どうするかなー。流石に丸一日放置ってのもアレだし、ギルドの様子でも見に行くかなー。あ、アクアはついてくんなよ? お前が居ると途端にバニルがポンコツ化するんだから」
「頼まれたって行かないわよ。私はこれからゼル帝の毛づくろいをするの。しっしっ! ゼル帝を見ながら手羽先とかもも肉とか呟く輩はどっか行ってちょうだい!」
任せっきりってのも何だし、丁度良くアクアも用事があるようだ。
バニルの奴も、アクアとくっつけさえしなければ契約した分はちゃんと働いてくれる男である。
めありすに「任せとけ」って言っちまった分もあるし、少しは手伝いに行くべきだろう、やはり。
重い腰を上げて、ソファーから立ち上がろうとしたその時。
玄関扉が軋む音と同時に、カランカランと呼び鈴が鳴った。
「カズマカズマー、お客様ですよ」
「あん?」
応対していたらしいめぐみんが、リビングに顔を覗かせる。
几帳面にも玄関口で待っていたのは、執事服がビシリと決まった白髪の老人である。
「ああ、セバスチャンか。どうもどうも、普段ダクネスがご迷惑をおかけして」
「いえいえ、こちらこそお手数をおかけしております、サトウカズマどの。つきましては我が主人、ダスティネス・フォード・ララティーナ様より、緊急のご依頼があるのですが……」
「はぁ? そんな堅苦しくしなくていいぞセバスチャン。俺とあんたたちの仲じゃないか。俺はお嬢様の腹筋の数まで知ってるんだぜ? えっと、ひのふの……16」
「はは、相変わらずですな。お嬢様が聞いたらさぞお怒りになられましょう。それと私、セバスチャンと言う名ではございませんが……」
「そうだねセバスチャン」
俺にとっちゃ執事でお爺ちゃんならそれはセバスチャンだ。名誉職と言っても良い。
それはともかく、外を見ればなんとダスティネス家の家紋入り馬車まできている
水臭いなとも思うが、貴族ともなれば公私を分ける必要も有るのだろう。
まあ、俺たちは全力で気にしないけども。
「それで、緊急の依頼ってのは?」
「詳しくは主人からお話致しますが、そのためにも少々お時間を頂きたく。えー……とりあえずは馬車に乗って頂きたいのですが、その前に一人、乗り合わせるお方がですね……どうしても、と」
なんだ? なんかさっきから歯にモノが詰まったような話し方だな。
ダクネスなら騙して悪いがってことも無いだろうが、どうも嫌な予感がする。
いつの間に近づいて居たのだろう。その少女は玄関口からひょっこりと顔を出すと、スカートの裾をつまみ優雅に一礼した。
そしてニンマリと笑顔を作ると、俺に向かって飛び込んできたのだった。
「お久しぶりです、お兄様。私はチリメンドンヤの娘、イリスと申します!」
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