第6話:あばけ! 滅びの菌糸類


 キノコ(茸、菌、蕈)。

菌類のうちで比較的大型の子実体を形成するもの、あるいはその子実体そのものをいう。

俗称で厳密な定義があるわけではないが、植物とは明確に異なる。

ばーい、うぃきぺでぃあ。


「なんつーか、この世界の尊厳もついに下の方に極まったな。キノコに支配される世界とか、もうどこのキ○コ王国だよ。ヒゲのおっさんを探してこい、配管工事の人を」

「……そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだぞ。実際、人類が事態に気付いた時には既に……いや、神と悪魔すら出し抜かれ、手の打ちようが無くなっていたのだから」

「菌類にか?」

「菌類にだ。今にして思えば、奴らの動きは恐ろしく戦略的だった」


 戦略て。そりゃ、大自然の中にはびっくりするくらい緻密な生態してる奴らも居るだろうけどさ。


「……ていうか、今更なんだがお前ら菌の話って分かるのか? いや馬鹿にしてるわけじゃ無くて、俺いまいちこの国の教育レベルが分かんねーんだけど」

「まあ、風邪をひきたくなければ手洗いうがいを徹底しましょうくらいの知識は有りますよ」

「発酵させて作るものもあるしな。眼に見えないほど小さな生物が酒やキノコなんかを作るってことは知ってる」


 なるほど。おおかた転生者の誰かが概念を持ち込んだんだろうな。

そのせいか、この世界って妙に学問が進んでる分野と進んでない分野があったりする。


「順を追って話そう。5年前……あなたたちにとっては15年後の未来か。当時、各地で奇妙な冬牛夏草の異常発生があった」


 冬牛夏草というのは、牛や山羊なんかの脳にくっつく寄生型のモンスターだ。

こいつは別に菌類というワケではなく、むしろエイリアンめいてかなりキモい。

触手とかが生えていて、水に弱いという弱点があった。


「奇妙と言うのは伝聞だが、異常繁殖した奴らはどうも、わざわざ討伐されに来たかのような挙動を取っていたらしい。全然攻撃をしてこないし、かといって逃げるふうでも無く、楽に一儲けできたと父母から聞いた」


 そりゃ羨ましいな。俺の時にもそんなモンスターが居て欲しかったぜ。


「その1年後。特に冬牛夏草が多く討伐された地域で、新種のキノコが発見された。色は鮮やかだが肉厚で、味も悪くなかったらしい。今にして思えば、あの頃既に奴らは『寄生モンスターに寄生』して、糞や死体に紛れ効率よく繁殖地を増やしていたんだ」

「……ロイコクロリディウムみたいなもんか?」


 あれは確か、カタツムリだかナメクジだかに寄生する寄生虫だったか。、

宿主にあえて目立つ行動を取らせる事で、宿主を捕食した鳥などに寄生し直すという生態をもつ。


「近いと思う。実際に、それからしばらく新種キノコブームが続いた。少し見てくれは悪いが寒暖問わず幾らでも採れたし、半年もすればすっかり安価な定番食材として定着していた。あまりキノコが生えない地域にも、干した奴が運ばれていった」


 キノコってのは、煮ても焼いても美味いし出汁も取れる。

でもこの世界だと、美味いキノコを年中食べるってほどには採れないんだよなぁ。やっぱ養殖方法が確立していないのか。

それが安定して供給できるとなったら、皆して食いだすのも分かる気がする。

実際、日本じゃどこのスーパーに行っても椎茸とか売られてたわけだし。




「そして2年前。人や獣の身体の中で生き残っていた菌が一斉に活動を始め、世界のおよそ半分の人類が一晩にして『茸人間マタンゴ』と化した」

「……は?」




 なにその急展開。


「言ったろう。奴らの動きは恐ろしく戦略的だと。じわじわと繁殖地を増やしながらヒトに取り入り、もう雌伏の必要が無いとなれば一気呵成に世界を染め上げたんだ」

「いや……いやいやいや! キノコだろ!?」

「そうだ。水が沸騰する程度の温度ならば耐え、胃酸にも強く、乾燥しても仮死状態になるだけの菌だ。生きたままヒトの腹の中で潜伏し、目に見えないほど小さな」

「おかしいだろ……おかしいだろ! ゲームやってんじゃねぇんだぞ!?」


 突然変異した個体が急に危険度を増した性質を持った、ってんならまだ分かる。

全ての菌が一斉に、同じタイミングで進化を起こした?

バカ言え。そんなの絶対、自然に起きる現象じゃない。


「やっていたんだろう。転生者の誰かが、人類絶滅のを」


 めありすの紅い瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。

……ああ、そうだな。確かにあったさ、そんなゲーム。

ウィルスだか細菌だかを変異させて、人類を絶滅させるとクリアってやつ。

悪趣味だが、サクサク周回できるのでハイスコア目指して結構やりこんだ覚えがある。


「それで、マタンゴになった人たちはどうしたんですか?」

「何も変わらないまま。ただし、頭に生えたキノコを大切にし、まだマタンゴになっていない生物を見たら同族に変えようとする以外は。……そうでなくとも、マタンゴの胞子はやがて人の身体に入り込み、脳に至り、マタンゴを増やす。人類が再集結を行えた頃には、世界人口は既に2割以下となっていた」


 冗談じゃねえや、そりゃ世界も終わるわ。

目に見えないほど小さな生物を、完全に駆逐する手段など日本にだって無い。

マジか。マジでこの世界は、キノコが支配する王国に生まれ変わるのか。


「あ、いやでもアクアなら、本気出せば世界を浄化するくらい出来るんじゃ? あいつ、なんだかんだ力だけは確かだし」

「残念ながら、彼女の聖地アルカレンティアは真っ先に壊滅した――マタンゴと化した紅魔族の軍に襲撃を受けたことが原因だった。奴らの嫌らしい点は、人がマタンゴとなっても『人間だったもの』の魂は残り続けるということだ。魂だけがあってもマタンゴは神に祈りもしないし、悪魔の食料となる感情もろくに生まない。植物のようにぼうっと、『母菌』への崇拝だけがある」

「……そうなれば神は力を喪失し、悪魔も下級魔族から飢えていく。そして、新しく生まれ直させることもできなくなる。菌類に支配された世界の完成か。ハッ、ぞっとせんな」


 おお、もう詰んでるじゃ無いか。

バニルは鼻で笑い飛ばしたが、俺とめぐみんとダクネスは重苦しく口を開けないでいた。

いやもう、何が酷いってアクアならうっかりやっちゃいそうな内容なのが酷い。

あなたキノコが友達なの? 寂しい人間ねーとか笑いながら、サクッと菌を従えるチートとか授ける姿がありありと想像できる。

ご丁寧なステータス画面付き。脳侵食スキルをMAXまでアップ。やったぜ。


「で……でもアクアだって、わざとじゃ無いのでしょう? ちゃんと話せば分かってくれますよ。きっと!」

「どうだろなぁ? あいつ馬鹿だぞ」

「カズマはちょっと黙ってて下さい!」


 あーあ、めぐみんに怒られた。

いやもう、少しは茶化さないと心の許容量が限界近いんだよ。

なんつーの? ちょっぴり事態がシリアス過ぎない? なんか世界観が違うんだよね、この話。


「……いや、話し合いで解決というのは無理であろうな」

「なぜですか!」

「それが歴史の修正力というものである。あるいは観測された真実とでも言うべきか。世界と言うのはな、そう簡単に『未来のことが分かったので、やり直してそれを回避しましょう』という風にはいかんようになっているのだ。ある意味では『過去へ飛ぶ』という事象へのカウンターでもある。どれ、少し説明してやろうか」


 そう言って、バニルは呪いのリボンをピロピロさせながら立ち上がる。

珍しい。基本的にどんな状況であれ、必要以上には親切にしない奴なのに。


「時の流れと言うのは、このリボンのような形だと思え。わずかな揺れでヒラヒラと変化し、一定の状態とはならない。とはいえ過去はそうそう変わるものでは無いため、実際には一分一秒ごとに今まで歩んできた部分が固定される訳だ。この固定するのに使う糊が『真実』と言う」


 バニルはしばらくリボンを振り回した後、それをぽいっと食卓の上に放り投げた。

飯食う所に何を置いてんだと怒鳴りたくなったが、説明を放棄されても困るので大人しくしておく。

まあ、理屈はなんとなく分からんでもない。本当になんとなくだけど……


「さて、ここで誰かが『過去を変えたい』と願ったとしよう。その周辺を固定していた糊をふやかし、再びリボンは自由に動かせるようになった。しかし、その人物が過去を変えたいと願った『現在』だけはどうしようもないのだ。そこまでは自由に動かせても、行き着く結果は決まっている。まるでピンで固定されたリボンのようにな」

「……すまん、私にはその例えがいまいちピンと来ないのだが……」

「ならば愚かなるクルセイダーの身近な人物で例えてやろう。えー、『サトウカズマ』が、『公衆の面前』で『下着泥棒をした罪』で『捕まった』、っと」

「おい」


 なんだその不名誉な例えは!

ふざけんな、俺がそんなことするわけ……いや、いくらか身に覚えはあるけども。

でもあれはお互い承知の上だったからノーカンのはずだ。いわばプレイだ。

そうですよねエリス様? そうだと言って下さい。恥じらい気味に。


「まぁこれだと余りに情けなさ過ぎるので手を加えてやる。『サトウカズマ』が『夜にこっそり』と『泥棒から下着を取り返したことを誤解され』て『捕まった』。どうだ、これならば多少は未来が明るく思えるであろう?」

「結局、俺が下着泥棒として捕まったのは変わってねえじゃん……」

「……なるほど。それこそ『現在』は変わらないと言った理由ですか。カズマがその後受ける扱いはだいぶ変わりますが、『今』牢屋に入れられていることには干渉できないと」

「そういうことであるな。変わるのは『過去』であり、決して『今』では無い。おそらくは我々から見た未来が収束しているのも、そこに縛り付けられた娘のせいであろう」


 ちくしょう、めぐみんの奴ここぞとばかりに知力の高さを発揮しやがって。

要は過去の状況は変えられるけど、無制限じゃないよってことなんだろ?

で、そのせいで俺たちの未来はキノコ王国になるのが確定しちまったと。

なんだよ、めありすのせいでいい迷惑じゃないか。


「ちなみに、こいつを未来に叩き返したら俺たちだけは無事だったりしないのか?」

「うむ、相変わらず外道らしい素晴らしい発想だな。だが残念ながら無意味だ。何の事情も知らなかった頃ならともかく、こうして我々が未来の状況を知ってしまった以上はな」

「はぁ!? なんだそりゃ、罠情報かよ!」

「罠って……私だって、一人でなんとかするよう努力はしましたよ。あなたが躊躇なくパンツまで脱がそうとしなければ、最悪私が消え去るだけで済んでたのに」

「……そんなことしてたんですか、カズマ」


 おっと、仲間たちが軽蔑の眼差しを送ってきてますね。

恨みがましい視線を送ると、めありすは無表情のままぷいと目を背けた。

こいつ、本当に表情が変わんねえな。喜怒哀楽が無いわけじゃなさそうだけど。


「とにかく、私の事情は全て語りました。日本人にチートを授ける女神アクアを舞台から退場させる……そうして歴史がどうあっても修復不可能なレベルの矛盾を生み出せば、地獄より酷い『現在いま』を変えることだって出来るはず」

「ん? 『今』は変えられないんじゃ無かったのか?」

「……普通はな。ピンで固定された状態だと言っただろう? 例えをそのまま使うなら……強い力でリボンを引っ張れば、ピンは抜け、自由な状態に戻る」


 思わずバニルに尋ねたが、どうやらそういうことらしい。

要はそのくらい力技じゃないと、未来――めありすにとっての現在は変わらないってことか。

語り疲れたらしいめありすがふう、と息を吐くと、身体を縛り付けていたロープがするりと地面に落ちた。

縄抜けまでできんのかよ。大概なんでも有りだな、こいつも。


「……あなたたちにとって苦渋の決断だということは分かるつもりだ。けれど、まだあなたたちが生きている時代の未来が掛かっている。これ以上協力しろとは言わない。せめて私の邪魔はしないで欲しい」


 そしてめありすは、自身のマントを羽織り直すと屋敷の外に向かって歩き出した。

通り過ぎる間際。本当に申し訳無さそうな声で「ごめんなさい」と謝る声が聞こえたものだから、俺は何も言えずに立ち尽くしてしまった。

ダクネスもまた、感情を言葉に出来ずに棒立ちしている。

止めたほうが良いのは分かってる。

けれど、こいつにいったいどんな声をかけられるんだ?


「さあ。……そこを退いてくれ、オリジナル」

「嫌です」


 だが、めぐみんだけは違っていた。

こいつはめありすを通せんぼをするように部屋の戸の前に立ち塞がると、いつものようにマントを翻し、大声を張り上げる。


「我が名はめぐみん! 世界最強のアークウィザードにして、女神の仲間となりしもの! あなたにはあなたの事情があることは分かりましたが、アクアは私にとってかけがえの無い友人です。いくら取り返しがつかないほどうっかりしていようと、見殺しになんてできません!」


 こうして見ると、本当に同じ顔をした二人だ。

しいて言えば若干めぐみんの方が背が高く、大人びているか。

……ま、めぐみんならそう言うよな。やっぱり俺たちは、四人揃ってこそである。

それに、アクアのリザレクション無しだとひょんなことで命を落としそうで怖い。

俺は死ぬ時は稼いだ金を全部使いきってからと決めているんだ。


「……そうだな。私としたことが、話のスケールの大きさに弱気になるところだった。なんだかんだ言いながら、私たちにはアクアが居なくちゃ始まらないさ。お前もそうだろう、カズマ?」

「まーな。この時代に来たばかりってんなら、俺たちのことなんか分からないだろうけどよ。これでも魔王を倒したパーティなんだぜ? アクアの尻拭いなら任せとけって。言われてみりゃ、あのアホ女神の後始末するのなんざいつものことだ」


 単に歴史に大きな力を加えるだけなら、何もアクアを殺さなきゃいけないってことは無いだろう。

大変な道のりかも知れないが、きっと他の手段は見つかるはずだ。

そう言って立ち上がる俺たちだったが、どうにもめありすの瞳は曇ったまま。


「いや……あなたたちの事ならよく知っている」


 俯きがちに発せられる声には、驚くほどの怒気が込められていた。

暗く、冷たく、まるで鋼のような敵意に晒されて、意気揚々としていためぐみんすら思わず身を竦ませる。


「よく知っているとも。いつもはサボってるくせに肝心な時だけそうやって格好つけて、挙句、どうにも出来なくて。結局、娘の約束を守ってすらくれなかった!」

「……娘?」

「そこの悪魔ならもう気付いているでしょう。だがあえて、もう一度名乗り返しましょう! 我が名はめありす! 神と悪魔の祝福を受け、地獄を踏破せしものにして最強の!」

「冒険者? ……まさか、あなたの言う両親オリジンとは――!」




「――母はめぐみん。父はサトウカズマ」



 めぐみんと同じ紅い瞳が、まっすぐにめぐみんと向かい合う。

そして今度こそ、俺はめありすに何と声をかければ良いのかわからなかった。

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