第5話:くじけ! 彼女の物語


「『テレポート』」

「あいでっ!」


 二人まとめて飛んだ先、俺が目覚めたのは頭からずり落ちた衝撃によってだった。


「おい、捕虜にするならするで、もう少し丁寧に扱えよ。これで俺が馬鹿になったらどう責任とってくれるんだ。俺の頭脳は今や国の至宝なんだぞ? 賠償しきれるのか?」

「……ご、ごめんなさい。実は流石にもう、精神力の限界で……はぁ」


 さっきまでの態度はどこへやら。俺と二人きりになっためありすは、完全に疲れきった様子で地面に腰を下ろした。

まぁ、一度爆裂魔法を放った後に人を抱えての『テレポート』を使ったんだ。

力の込めようが違うとはいえ、ウィズの奴が爆裂魔法後に長距離『テレポート』を放つのに補給が必要だったのを考えると、気絶して無いだけマシなんじゃないか。


「あ、いや。そう考えると、実はそんなに長い距離飛んだ訳じゃ無いのか?」

「……やはり知恵が回る人ですね。あの、というか麻痺も入ってるはずなのにどうして普通に喋ってるんです……?」

「知らねーよ。口から先に生まれたお陰じゃね?」


 逆子じゃない限り普通はそうなると思うけどな、人間。

林の中に隠れちゃ居るが、感じる空気もあまりアクセルの街周辺と変わらない。

周りに散らばるテントなどの生活道具からして、ここはめありすのキャンプだろうか。

だとしたら、やっぱりさっきの所から大きく離れては居ないはずだ。


「……まぁいいか、好都合ではあるし……」


 めありすは顔を俯けながらぶつぶつと呟く。

しかし、改めて見るとやっぱりめぐみんに似てるな。

特に、2~3年前のめぐみんと比べるとそっくりなんじゃないだろうか。

黒髪紅眼。違う所といえば長めに伸ばして一本に編みこんだ髪型と、キツめに固定されたポーカーフェイスくらいか。


「……何か?」

「いや、なんでめぐみんに似てんのかなーと思って」

「当然でしょう。彼女は我がオリジナルですから」


 あと、この間から気になってたんだけど俺に対してだけちょっと丁寧だよね。

ま、丁重に扱ってもらうこと自体に文句は無い。どうせ麻痺してロクに動けないんだ。

時間を稼ぐ意味でも、少し会話を引き延ばすべきか。


「なあ、俺を捕らえてどうするつもりなんだ。お前と同じように、クローン兵でも作る気なのか?」

「はぁ?」


 あれ、なんだこの選択肢ミスった感じ。

なんだ、別に改造手術とかされる訳じゃないのか?


「いや、こう……未来から攻めてきた組織が、大英雄で有る俺たちを警戒してるのかな、と……」

「……ああ、そういう理解の仕方を。すみません、ちょっと鼻で笑っても良いですか?」


 うーん、そういうことはやる前に言わないと相手を傷つけると思うなぁボク。

なるほどつまりこいつに何かあっても、増援とかが来るわけじゃない、と。

覚えたからな畜生。


「私があなたに用があるのは、単にあなたに伝えてほしい話があるからです」

「話? 誰にだよ」

「女神アクアに。『即刻転生者を送りこむのを止め、地上に降りろ。さもなくばこの男の魂は保証しない』……と」


 ふんふん、アクアにね。まぁ丸っきり人質なのはやっぱそうだろうって感じだけど。


「ちなみに、それってどうやって伝えるんだ? ハガキを入れときゃポストにでも届くのか」

「……」


 あぁうん、無言で構える短刀が何よりの答えだね。


「うぉぉああー! やめろ、ショ○カー! ぶっ飛ばすぞー!」

「抵抗しないで下さい、苦しんで死ぬことになりますよ。我がみらいちゃんブレードに身を任せていれば大丈夫です、死体はちゃんと蘇生されるまで『フリーズ』で保存しておきますから」

「何言ってんだお前、人の命を何だと思ってんだ! どこからそんな非道な発想が浮かぶんだよ、末恐ろしいな!」

「…………」


 え、なにこの娘のすっごい微妙な顔は。

やめてよね、いくら俺でもそんな酷いこと思いつくわけ無いじゃんか。

もしそんなこと思いつく奴が居たら、そいつは本当の人間のクズだよ。なあ?


「うおおお、動け俺の右腕! 『ドレインタッチ』!」

「……ッ!? まさかもう麻痺が解け、ひゃあんっ!?」


 ははは、油断したな馬鹿め!

実はやめろショッ○ーのあたりから麻痺は解けていたのだ。バステの治りが早いのも幸運が高いからなんだろうか。

消耗しきった所に食らう『ドレインタッチ』、いかに体勢的に優位でもこれがああああああ!


「しかし残念ながら、『ドレインタッチ』なら我が掌にも宿っている。……このまま、吸引力の比べ合いでもしますか? 結果は見えているようですけどね」

「冗っ談じゃねぇ……!」


 ちくしょう、さっきからこいつ俺の上位互換か何かか。

筋力で負けているせいか、跳ね除けることもできやしない。

ステータスの差だと分かっていても、ロリに力負けするのってすっごい情けなくなるな。

ぐんぐん生命力が吸い取られて、既に足のつま先なんか凍るように冷たい。

くそ、なんとか相手の手を離させて、かつこちらが一方的にタッチできるような体勢に持ち込まなくては。

急がないと腕に力すら込められなくなってくる。何処か無いか? 何処か――


「ここかぁッ!」

「きゃぁぁぁー――ッ!?」


 天才的な閃きにより、俺はめありすのキュロット状の衣服のベルトを鷲掴むように手を伸ばした。

奴のキュロットはワイヤーだのなんだのがくっついていて、お陰で実にずり降ろしやすい形状をしている。

当然、抵抗するのなら相手も咄嗟にスカートを掴まざるを得ない。

もう片方の手も既に塞がっている以上、これで俺には触れない――!


「あの、パ、パンツまで一緒に掴んでるんですけど……」

「手加減なんてしてもらえると思ってんじゃねーぞ? 俺は女にも一切容赦しない男。お前が少しでも手を離せばこの手は下着もろともスポーンっと行くからな! ほらほら、片手で押さえるだけで良いのか、んん!?」

「いやー! 誰かー! 犯されるーッ!」

「あ、こ、こら! 暴れながら人聞きの悪いことを叫ぶな! 痛ぇ! てめ、蹴るんじゃねーよ!」


 必死に彼女の太股にしがみつき、衣服をずり下ろそうとしながら『ドレインタッチ』を続ける俺を、めありすもまた服を押さえながら必死に顔とかを蹴りつける。

この蹴りがまた中々威力が有り、折角吸った体力が根こそぎ持って行かれるようだ。

だが、元々大いに魔力を消費していた所にドレインタッチ。

抵抗する力も次第に弱々しくなり、やがて、めありすの指からするりとキュロットがずり落ちる時がくる。


「く……おと、さ……」


 気絶しためありすの乱れた着衣にしがみつき、俺はぜーはーと呼吸を整えていた。

危ない所だった。全身に重い疲労がのしかかり、もう指の一本も動かしたくない。

運良くあのタイミングで麻痺がとけていなかったら、土の上に転がっていたのは俺の方だったろう。


「へっ、手こずらせやがって……何がお父さんだ、今更呼んでも誰もこねーよ」


 最後の力を振り絞り、俺はどうにかめありすの後ろ手に『バインド』をかける。

とりあえず、これでこれ以上俺が襲われる心配は無いだろう。

彼女の外れたボタンを直してやるほどの力も無いが、今は仕方のないことだ。


「大丈夫かカズマ! 今助けに……何やっているんだ?」


 背後では、騒ぎを聞きつけて急いできたらしいダクネスが、冬将軍よりも冷たい視線で睨んでいた。


「何って、見てわからないか? おいダクネス、こいつ運べ。他の奴らに見つからないうちに監禁しちまうぞ」

「……すまないカズマ、多少前後の流れを分かっている私でも、今の台詞からは事案の匂いしかしないのだが」


 別に児童に対する性犯罪ではない。殺されかけた以上、正統な防衛処置だ。


「勘違いするなよ、俺はこいつに抵抗させるために、パンツをずり下ろす必要があって……」

「分かった、ここでは多くは聞かない。だから……ちょっと署へ行こうか」

「違う! ちょ、連行するのは俺じゃ無いだろ!? おい――!」


 冤罪というのはあってはならないことだ。社会には、ちゃんと犯した罪の分だけを裁く責任がある。

この国、この世界が、そういう正しい司法の在り方でいてくれることを切に願う。

ねえ、お願いしますよダクネスさん。






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「普通さぁ、拉致られて殺されかけた仲間をそのまま牢屋にぶちこむか? 普通の人間としてだよ?」

「状況が普通じゃなかったから仕方ないだろう。私たちだけならともかく、周りにも多少は冒険者たちが居たんだ。お前とめぐみんの声はよく目立つし、軽い騒ぎになっていたんだぞ?」

「ああそうか、声だけ聞けば完全にめぐみんだもんな。ハァー……ま、あの嘘つくとチンチン鳴る奴ですぐ嫌疑は晴れたから良いけどさ。だからって、噂にならないわけじゃ無いってのに」


 おなじみの拘置所からの帰り道。

俺は保証人であるダクネスと共に歩きながら、グチグチと文句を言い続けていた。

未成年相手の性犯罪者とか、醜聞の中でも最高峰に不名誉だぞ。正直勘弁してほしい。


「まあ、カズマが気絶させためありすはめぐみんとバニルがちゃんと拘束しているさ。特にバニルの奴が珍しく張り切っていてな、あの悪魔がやる気を見せた以上、心配は要らないだろう」

「あー、アイツがやったことって契約がどうとかで敵に回って足引っ張っただけだもんな。変装も全く通じてなかったし、居ないほうがマシだったってレベル」

「お前に延々とそう言われ続けるのがよっぽど嫌なんだろうな。正直気持ちは分かる。いや、悪魔の気持ちが分かるというのもどうかと思うんだが……」


 なんだとこの、生半可な罵声じゃあご褒美にしかならない癖に。

まあ、あの二人なら帰る前に多少はめありすから情報を聞き出していてくれるだろうか。

ダクネスが居ないのは正解だな。こいつ、交渉とか話術とかドヘタクソだし。


「おーい、ただいまー」


 玄関のドアを開けて中に入ると、食事用の椅子に縛り付けられて俯くめありすの姿があった。

それだけならまだ分かるが、バニルは難しい顔で何かを呟き続け、めぐみんはめぐみんで随分とイラだっているようだ。

一体、この短時間で何があったのだろうと俺たちの額にハテナマークが浮かぶ。


「なんだ、どうしたんだ。そんなに爆裂魔法について相容れないことでも言われたのか」

「……いえ、そうでは有りません。まぁ、カズマも聞けば分かりますよ」

「あ、そう……じゃあええと、二度手間で悪いんだが俺たちにもこいつに話したことを聞かせてくれよ」

「……分かった」


 椅子に縛り付けられためありすは、意外な程に素直だ。

観念しているとでも言うのだろうか。何かを企んでいる様子もなく、おとなしい。


「といっても、そう長い言葉じゃない。ただ『この世界は女神アクアが元凶となって滅ぶ』と、真実を言ったまでだ」

「んなっ」


 アクアが……世界を滅ぼす?

なんだろう、怒りや悲しみよりも先に、まるでその姿が想像出来ないんだが。

こいつ何か勘違いしてるんじゃないだろうか。だってよ、アクアがだぜ?


「どうです!? ありえないでしょう! アクアがこの世界にどれだけ愛着があるかなんて、他ならぬ私たちが知っています。未来からきたかどうかなど知りませんが、きっと何かの勘違いですよ!」

「……そうだな。いくらアクアでも、自分の信者が居る限りこの世界を見捨てたりなんか絶対にしない。仮にアクシズ教が世界の敵になったとしても、それならそれで自分の拳で正しに行くだろう」


 頼りになる俺の仲間たちは、ちゃんと想像することが出来たらしい。

激昂するめぐみんよりは冷静だが、ダクネスもかなりムッとした様子で唸っている。

どうしよう、なんか俺、完全に反応するタイミングを逃しちまったぞ。

特に言うことも思いつかないが、今からでも何か言うべきだろうか。

そんな風に考えていると、めありすが鋭い眼差しを送ってきた。


「疑うならそれでいい。信じようと信じまいと、この身以上の証拠は無い。だが……本当に、そう思うか?」


 え、あ、いや。まだ何も考えて無いんだけど!


「女神アクアをよく知るあなたたちだからこそ。ちょっとした"善意"と"うっかり"で彼女が世界を滅ぼす遠因になりかねないことを、良く分かってるんじゃ無いのか?」

「それは……」


 可能性はゼロでは無い、とはめぐみんも思ったのだろう。

何か反論しようとして何も言えず、悔しそうに下唇を噛む。


「セイクリッド・クリエイトウォーターは街一つを水浸しにするだけで済んだ。機動要塞デストロイヤーは国一つを滅ぼして済んだ。神器による王族入れ替わりは未遂で済んだ。……その原因を辿っていけば。それらは"誰"がこの世界に投げ入れた物なのか、あなたにだって分かるはずだ」


 ……いやぁ、改めて言われるとロクでもないことしてるなぁ、アクアの奴。

実際俺だって、何度アイツのせいで死にかけたか分かんねーし?

あれ、もしかして。アクアがうっかり「世界を滅ぼしたい」と願ってる日本人をチート付きで転生させでもしたら。

この世界って、かなりヤバいことになる……のか?


「あー……分かった! とりあえず、一つ一つ確かめていこう。まず第一に、お前は本当に未来からやってきたのか」

「そうだ。我めありすは、本来であればあなたたちの20年先に生きる人間だ。……今が13歳なので、生まれるのはだいたい7年後ということになりますね」

「20年……結構先と言うべきか、意外と近いと言うべきか。次、一体どうやってタイムスリップなんて……」

「"マクスウェルの悪魔"」


 どうやってタイムスリップしてきたんだ、と聞こうとした俺の言葉は、ずっと何かを考え続けていたバニルによって阻まれた。

マクスウェル? 知らん名前だが、以前なんか言ってたコイツの友人だろうか。


「捻じ曲げる者マクスウェル。辻褄合わせのマクスウェル。ただ単に過去を辿るならともかく、貴様の望む『真実の改変』まで行える者などそうはおるまい。……だが、流石の奴にも世界そのものとなると荷が重かったか。こうして、本来在り得ぬ時間に本来在り得ぬ人間を送り込むのが精一杯だったわけだな」

「……話が早くて助かります」

「しかし、奴は今後数千年は地獄の奥底で憩っているはずだ。どうやって呼び出した?」

「逆です。辿り着きました」


 めありすがそう言うと、バニルはしばらくポカンと口を開いた後、何がおかしいのか腹を抱えて笑い出した。

辿り着くってのは、そのマクスとか言う悪魔の元へか?

そいつが地獄の底に居るってんなら、つまり地獄を駆け下りていったということだよな。

……なんだそれ。ヤバくない? 魔王城に対する隠しダンジョン的位置づけだろ絶対。


「……ハハハ。ワハハハハ! そうか、辿り着いたか! たかが13の小娘が、悪意と非道と理不尽を煮詰めたマグマのような空間を超えて! あのウィズですら、我輩の自宅に招待するのに何年かかったことやら!」

「あなたの協力がなければ成し得なかったことだとは思いますよ、バニルミルド。そして、他の沢山の力も」

「そうか、契約はその為か……ふん、どうやら未来は相当不愉快なことになるようだな。アホの女神め、とうとうこの幸運にして不幸な男にひっかぶせるだけでは飽き足らなくなったか」

「お、おい! 自分だけが納得できるようなことばかり聞くんじゃねえよ。もうちょっとこっちに話させろ!」


 この際、タイムスリップに関しては一回置いておこう。

バニルが納得している以上、丸っきり嘘では無いということだ。

つまり、この娘がいた未来は間違いなくアクアがなんかやらかして滅びかけてると言うことだな。


「あー、アクアが遠因だって言うんなら、直接の原因は何なんだ? 魔王が何か、復活でもして……?」



「……キノコです」



 ……ホワット?

なんだろう。今、凄くラスボスに相応しくない単語が聞こえた気がするんだが。

え、何、キノコ? キノコってあのマッシュルーム?



「20年後の未来、世界は頭がパーになるキノコに滅ぼされるんですよ――!」

「「「な、なんだってー!!?」」」



 顔に集中線がかかる感じで驚く俺たちは、きっと素晴らしく息があっていた。

天丼オチってサイテー!

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