第4話:挑め! 未来の好敵手


「コォォケコッコォォォォー――……!!」


 やたらと気合の入ったニワトリの鳴き声が、朝のアクセルの街に響き渡った。

雄叫びの主は、もちろん我らがキングスフォード・ゼルトマン。略してゼル帝。

生まれつき強大な魔力を持ち、女神の庇護の下すくすくと育ったオンドリは今、三山の向こうまで鳴り響く朝の象徴として今日も元気である。


「ニワトリが強い魔力を有すると、『朝の目覚め』という概念を伴った物凄い鳴き声を発するようになるんですね。私、初めて知りました」

「……その辺の野生動物をビビらせるだけじゃなくて良かったな。これで一日に何回も鳴くようだったら、アクアがどう泣き喚こうがローストチキンにして食ってたんだが」

「しかし今ではお目覚めパッチリ、遅刻知らずの朝の風物詩ですよ。もうどこからも文句言われなくなったんだし良いではないですか」


 そう、卵の時からやたらめったら加護を注がれ、破格の魔力をもって生まれたゼル帝。

ヒヨコ時代はまだ、宝の持ち腐れとしか考えられていなかった。

ところがどっこい。ニワトリでも、ニワトリだからこその能力が有り余る魔力によって超強化されていたという話。

まぁ、余談である。閑話休題だ。


「……さしもの我輩も、このような屈辱を受けるのは初めてだぞ、サトウカズマ。契約の領収書が届く日を待っているがよい。我輩、自分はもう少し人に対して優しくできる存在だと思っておった」

「その……すまん、好きでやっている訳ではないと分かっては居るが、その姿でその口調だと違和感が強いのだが」


 とはいえ、今日の俺たちはゼル帝が鳴く頃には既に街門の前に居た。

目的はめありすの捕縛。他の冒険者とかち合ったら少し面倒くさいことになるかも知れないので、カエルどもが活動し始める前にカタをつける必要がある。

冬も間近なこの時期になると、朝の空気が結構寒々しい。

できるだけ早くカタをつけて、とっとと暖かいねぐらに閉じ籠もりたいところだ。


「おい、聞いているのか? あまり無視が続くようなら、ここで喫茶店のアンケート結果が世間に公表されることとなるぞ?」

「バ、バカやめろ! 何怒ってんだよ、ただちょっとアクアの皮を被っただけなんだろ? ほら、もう少しバカの顔をしろよ。あまり語彙がありすぎると別人だってバレるだろ」

「相変わらず酷い言いざまですね。それ、アクアが聞いたら確実に怒りますよ」


 そう、めありす捕縛作戦のメンバーは俺とダクネス、めぐみん、そしてバニルだ。

この内、バニルにはアクアの変装をしてもらい、めありすをおびき出すエサにする。

相手は狙撃してきたらダクネスを盾にして、即座にめぐみんがエクスプロージョンを撃つ。

もちろん相殺されるが、相手も同じ爆裂魔法を収束させて放つ訳だから消耗はするだろう。

あとはバニルとダクネスで相手の攻撃を誘いながら近づき、疲れきったところを俺が潜伏からのドレインタッチで気絶させる。

大雑把だがこんな感じだ。なに、4対1ならどうとでもなるさ。


「まったく、我輩は地獄の公爵だぞ……それをこんな、アホの女神の姿をさせて……」

「なんだよ。どんな作戦かも決まってなかったのに、金額だけで即決したのはお前だろ? これが一番確実なんだからしょうがねーじゃんか。だいたいお前、女装くらい普通にしてたじゃん」

「我々エリス教徒がサキュバスのコスプレをさせられたようなものと思えば、気持ちはわからなくは無いがな。悪魔に同情するというのもおかしな話だが」

「カズマは無宗教ですからねえ。アライメントによる争いは理解し難いんじゃないですか?」


 うーん、やっぱりあのエリス様とかでもサキュバスの格好して下さいとか言ったらマジギレするんだろうか。でもそれって凄くドスケベだと思うんですけど。

ま、俺の次のアンケート内容は良いとして、問題はめありすだ。

バニルの堪忍袋の緒が切れる前に、出てきてくれれば良いんだが……



「まぁよい。一度契約した以上、全力を振るうのは悪魔の誇りでもある。勝手に我輩の仮面を被っていたというのも気になる所ではあるし……行きましょ、カズマ! 人型相手なら私のゴッドブローが唸るわ!」

「急に声色変えるのやめろよ、鳥肌が立つ。……お、見えたぞ、一本杉だ」



 結局、何事も無くここまでたどり着いてしまった。

奇襲があるかと思ったが、ちょうど目を離してたか。

それとも、俺たちがここまで誘い込まれたのか?


「気をつけろよ、特にバクア。まぁお前なら一撃くらい貰っても大丈夫だろうけどさ」

「はいはい、分かっているって。だから名前を混ぜないで。怒るわよ」


 キリッとした表情のせいか、やっぱりどうにもアクアには見えないバニルを連れて、『千里眼』の射程内に一歩踏み込む。

このあたりからなら、俺でも向こうの姿を見れる……

と、様子を探ろうとした途端に、周囲の地面がポンッと音を立てて弾けた。


「罠だッ!」


 途端、もうもうとあたりに白煙が立ち込める。

くそっ、一応『罠発見』スキルなら持ってるのに、全然わからなかったぞ。やっぱもうちょい熟練度上げないとダメだな。

煙玉的な何かだろうか。この煙を吸ってると、やけに目や喉がひりつく。

モロに吸ってしまったのだろう。めぐみんが苦しそうに咳こむのが聞こえた。


「カズマ、後ろよっ!」

「うおおっ!」


 背中めがけて突き出された短刀を、バクアの声とスキルの恩恵でどうにか避ける。

いや、ギリギリ避け切れず皮膚をかすめたか。妙にスースーする、服が破けた感触。

背後で舌打ちの音が響く。このタイミングでの襲撃、犯人はめありすしか居ないだろう。

まさか狙撃を使わずに襲撃してくるとは思わなかったが、距離がないなら好都合――!


「お、おおお……?」


 と、仲間たちに号令をかけようと思った途端、酷いめまいがして地面に倒れ伏した。


「カズマさん? カズマさん!? どーしたのー!?」

「掠めただけなのに……毒か? それになんか、すげー身体もだるくて……」

「まさか、状態異常か?」

「なんだって良いから、早く治療――」


 は、出来ねえか。本物のアクアじゃ無いんだもんな。

めぐみんは喉をやられてるし、現状無事なのはアイツとダクネスだけ。


「いや、やっぱりダクネスのカバーに入れ! こっちはこっちでなんとかする!」

「く……すまないカズマ! 私が居ながら、後ろに攻撃を通させるとは……!」

「そう思うなら、役に立てよ!」


 とはいえ、まずはこの煙を晴らさないとどうしようもなさそうだ。

全力で『ウィンド・ブレス』すればどうにかなるか?

いや、まだ付近にはめありすが潜んでいる。

もっと爆発的に効果がある魔法じゃないと、阻止される可能性の方が高い。


「……やはりあなたは運が良い。我が妖刀『みらいちゃんブレード』で、麻痺も石化も入らないとは」


 何か手が無いかともがいていると、誰かの体重が腹を圧迫した。

馬乗りになったその身体は、やはり子供のように軽い。

だが、逆手に持っているのは明らかにヤバ気な雰囲気を放つ短刀だ。


「まぁいい。それならそれで、有効な状態異常が入るまで試すまで」

「いやー! 誰かー! 犯されるーッ!」

「あ、こ、こら! 暴れながら人聞きの悪いことを叫ぶな! くそ、こういう時に限って通りが悪い……!」


 冗談じゃない。チクチクされる度にぐんぐん体調が悪くなっていくんですけど。

ていうか、誰だよみらいちゃん! こんな時だけ紅魔族っぽいネーミングしやがって!

この状況、スキルが使えなくなる前にどうにかしなけりゃどん詰まりだ。

不幸中の幸いと言うべきか、地面の近くは煙も薄くて呼吸の心配は無い。

そしてどうやら、こいつはアクア以外を殺すつもりは無いみたいだ。

だったら何か、手は有るはず――!


「めぐみんッ!」


 いや、こういう時こそ初心に帰るべきだったな。

細かく指示を飛ばす時間は無いが、めぐみんなら分かってくれると信じたい。

どうせあいつには一つしか選択肢が無いんだ。頼むからミスんなよ……!


「『キュアー・ディジーズ』!」


 俺が唱えたのは、ごく簡単な治癒魔法。

プリーストですらない俺が使った所で、せいぜい風邪の初期症状に効くくらいだ。

もっぱら二日酔い対策として使われてたが、まさか戦闘で日の目を見る日が来るとはな。


「けほっ……ええ、ありがとうございます、カズマ。これで思い切り、ぶちかますことができます」


 ハッ、とめありすが振り向くが、もう遅い。

元々、タイミングを外さないことに関しては一級品の紅魔族だ。

魔力のチャージは既に完了している!



「「『エクスプロージョン』ッ!」」



 何百回と聞いたその呪文を、今日の俺はステレオで聞いていた。

俺たちをギリギリで巻き込むように放たれた衝撃が、小賢しい煙を全て吹き飛ばす。

さすがはめぐみん、絶妙な位置に撃ってくれたぜ。

めぐみん自身も自爆ダメージで戦闘不能になるだろうが、元からあいつは一発撃てばガス欠だ。

ああ、充分に仕事はした。


「……どうやらお前も……ノーリスクで打ち消しとは行かねえみてぇだなぁ……!」

「くっ……!」


 咄嗟に爆裂魔法を"抜き打ち"した疲労からか、めありすは肩で息をしている。

めぐみんの様にそれ一発で戦闘不能とまではならないみたいだが、相応にキツい呪文なのだろう。

ついでに、こいつの銃に取り付けられた宝玉がオーバーヒートめいて赤く点滅しているのも確認できた。

やはりこの銃は小型のレールガン(仮)と見て間違いないな。

全くリニア要素の無い、魔法を蓄えて貫通力の高い弾丸としてぶっ放すアレのことだ。


「さぁーて、こっからは3対1だ。どうするよめありすちゃ~ん?」

「……組み敷かれてる状況で何をゲスい顔を……」


 真顔のまま呆れ気味につっこまれたが、状況は変わらない。

煙が晴れた以上、直にダクネスとバクアも俺の援護に回れるだろう。

それを考えればむしろ、俺がマウントポジションに入れられているこの体勢も悪くはない。

すばしっこいこいつを掴んで離さずに居られるからだ。

だが、この状況に置かれてもなお、めありすは余裕綽々としていた。


「それに、あなたは3対1と思っているようだが……それはどうかな」

「なに?」


 まさか伏兵か、とダクネスが周囲を見回す。

もしかして、今襲撃してきたこいつと狙撃担当は別だったのか? そうだとしたら、相手は本当にクローン兵ということになる。

そんな思考がよぎる俺たちをよそに、唯一バクアだけが訝しげに眉を釣り上げて。

当のめありすは、俺に跨ったまま――何と言うか、手振りですごく格好良いポーズを取った。



「契約者の名によって、悪魔バニルミルドに命ずる! 汝、真の姿を現し、そこの聖騎士と殺さない程度に争うべし!」

「はぁッ!?」



 そのポーズに何か意味は有りましたか!?

悪魔バニルミルドって、まさかバニルのことだろうか。契約者ってなんのことやねん。

ほら、当の本人が何のことかわからずにポカーンとしてるじゃねえか。

……だが数瞬後、事態は俺たちの思わぬ方向へと推移する。


「う……ぐぉッ……! 馬鹿な、これは真名契約だと……!?」

「どうした? お、おい大丈夫かバニル? お前のことだ、どうせまた私をからかって……」

「馬鹿者ッ! 構えろ腹筋娘!」


 まるで、風船が弾けたかのようにアクアの姿が弾け、中から宙に浮かぶ仮面が姿を現した。

バニル(本体)はそのままダクネスの周囲をふよふよと漂うと、彼女に向けて定期的に怪光線をぶっ放し始める。


「バニル……!? 貴様、何のつもりだ!」

「ええい、我輩とてしたくはないが、真名で交わした契約では仕方がない! テキトーに痛くするのであまり抗わず死んだふりでもしておくが吉! でなければ、永遠に我輩は縛られたままなのでな!」

「くそっ、しかし、カズマが!」


「……さて? これで、2対2というわけだ」

「マジかよ……」


 なんだ、契約って。バニルが案外そういうのに律儀なのは知ってるけど、何時そんなの結ぶ機会があったんだよ?

どうやら、この事態はバニルにとっても不服、かつ想定外の事態らしい。

こりゃ一体どういうことだ? こいつ、マジで未来からきてるんじゃないだろうな。


「今回の私の目的はあなただ、サトウカズマ。少しゆっくり話ができる所に移動させてもらう」

「あれはその為の時間稼ぎかよ。けれど、俺が素直に話を聞くとでも思ってるのか?」

「手段は幾らでもある。まず一つ、睡眠をかける」


 肩に走るチクリとした痛み。そして今度こそ、俺は意識が薄れゆくのを感じた。

次第に声も上げられなくなっていく俺を、めありすは小さな背で米俵のように担ぎあげる。

ああクソ、トチっちまった。またエリス様行きかなぁ、これ……。


「ま、待ちなさい! 罠を使った奇襲の上、捨て台詞の一つもないなど……あなたも紅魔族なら、戦闘中のカッコいい口上を何と心得ますか!」

「……カッコいい?」


 遠のく意識の中、足元の覚束ないめぐみんがそれでも気丈に手を伸ばす声が聞こえ、


「私にとっての『格好良い』とは、戦場を生きて帰れる者のことだ」


 感情を押し殺しためありすの呟きが、妙に印象的だった。

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