第3話:語れ! 仮面の大悪魔


「フハハハハ、美味である美味である。紅魔の娘よ、残念ながらそんな目で見ても貴様の瞳には何のパゥワーも無い! 目線で人を殺したいのなら、我輩の如く殺人ビームの1つや2つ……おい、夜な夜な貧乏店主の店に爆裂魔法を打ち込みに来る算段を立てるのは止めろ。在庫の何がどう反応するか我輩にすら分からんのだぞ?」


 上機嫌に笑う仮面の男の真ん前で、恐ろしいテロリズムが画策されていた。

こいつは見通す悪魔のバニル。過去やら未来やらを含めて大概のことを知っている、仮面が本体の気さくな悪魔である(恩人補正:当日のみ有効)。


「それで? 今日は何の用だよお前。わざわざ俺のピンチを見越して来てくれたってのか? いいよ、今の俺は機嫌が良いから、よっぽどのモンじゃなければ幾らでも買ってやるよ?」

「うむ、こちらもハナからそのつもり故、存分に品は持ってきた。少々値段は張るが、この厚手のリボンなどはどうか?」


 そう言ってバニルが取り出したのは、貴族のお嬢様がつけるような真っ白なリボンだった。

生地に厚みもあり、金糸で刺繍が入っていて素人目にも高級そうなのが分かる。

ダクネスも思わず感心の息を漏らすほどだから、多分それなりの品なんだろう。

あいつの服、生地だけは無駄に良かったりするし。


「へー、見た目は結構立派じゃないか。これにもなんか残念な魔法効果が付与されてるのか?」

「うむ、それは『キアリー令嬢の首絞めリボン』と言ってな。とある令嬢が恋人を絞殺したあげく、自らもそのリボンを使い首を吊って心中したという逸話がある。その結果、夜な夜な独りでに誰かの首に巻き付き絞め殺そうとするようになった不思議なリボンだ」

「ガチで呪いのアイテムじゃねえかざっけんな! こういうのを『よっぽど』って言うんだよ!」


 さっきまでためつすがめつ眺めていたリボンを、俺は堪らず投げつける。

この悪魔め、わざわざ俺が触りだしてからそういうこと言い出しやがって。

くそ、思いっきり触っちまったじゃねーか。今日はよく手を洗わなくては。


「ワハハハ! 美味なる悪感情、馳走である! 赤貧店主め、これを何を勘違いしたのかロマンチックなアクセサリとして仕入れてきおってな。仮面が本体でなければ危うく死ぬところであった我輩も、ようやく溜飲が下がったと言うものよ」

「ふざけるな、とっとと焼き払えそんな危険物! こんなのがウチにあってもダクネスしか喜ばねえだろうが!」

「いや待て、そりゃきつめに縛られるのは好きだが、流石の私も首を絞められたら死ぬぞ!?」


 なんだそうなのか、根性が足りない変態だな。

いや、仮に「私首を絞められるの好きなんです」って奴が居たら流石の俺もドン引きだけどね?

それはそれとしてダクネスさんには頑張って欲しかった。ちょっとガッカリである。


「まあ冷静に考えるが良い、貴様の所にはあの犬と顔を並べられるのがお似合いな女神が居るのだから、奴に解呪して貰えばただの美しいリボンであろうが。貴族も納得品質のアクセサリがこのお値段と言うのは、お買い得ではないか?」

「ところがそう上手く行かねーんだよ。女神としての仕事を放棄しすぎてたらしくて、最近アクアは留守続きだ。万が一があっても蘇生できないんだから、そんな危ないもんは買えません」


 なんだかんだ、浄化と蘇生に関しては女神というだけ有るんだよな、アクアも。

実際俺も、あいつが居なければとっくにどこかの金持ちの子供として転生しなおしててもおかしくないわけで……あれ、別に困らないな。

というか、あいつが居なければ俺は死ななくて良かった時も結構有った気がするんだけど。


「ふむ、最近あのうっとおしい光が消えたなーとは思っていたが、やはりであるか。ま、他にも商品はある。魔力消費が2倍になる代わりに威力が2割増しになるアクセサリから、中で何かが蠢いてる自動マッサージ機能付きアーマーまで。作者と店主のセンスを疑う品々は如何かな?」

「ふむ、爆裂魔法の威力も増えるというのなら、興味はありますね」

「カズマ! カズマ! 私あの鎧欲しい!」

「駄目だ! めぐみんは今の2倍消耗したら流石に反動で死ぬし、ダクネスは完全に社会的にアウトになるだろうが!」


 ああもう、昔を思い返している暇もねえよ!

なんでそう、絶妙に使えないのにこいつらが絶対使いたがるモンを用意して来るのか。

本当にちょっとした壺とかなら、まだインテリアとして買ってやらんでもないのに。


「ったく、そこに有るのは全部不良在庫か? 呪われてなくて、危険物でもなくて、こいつらの琴線に触れないものを見せてみろよ。それだったら多少使えなくても買うって言ってんだから」

「カズマぁ……なぁ、触手鎧……」

「それ買ったら絶対にアイリスの所に謁見させてやるからな。どんな伝手を使ってでもそれ着てる状態でこの国の姫と会わせるからな」


 ここまで言われれば流石に良識が勝ったのか、ダクネスも名残惜しげながら鎧から手を離す。

……そういや、こいつ過去も見れるんだよな。貸しの一つ二つくらい残ってるし、ちょっとダメ元で聞いてみるか。


「なぁ、おい、最近この辺でウワサになってる、めありすとか言う奴のことなんだけどさ」

「……ふむ。おい、そこの夢は夢にしといた方が幸せなままなんじゃないかと頭をよぎりなかなか本番に至れない男よ。この見通す悪魔バニルが少し予言をしてやろう。感謝にむせび泣きながら拝聴すると良い」

「は?」


 おっと、めぐみんの眼差しが絶対零度ですね。

これ「は?」の二文字だけじゃ伝わんないと思うけど、一瞬でエクスプロージョン並のプレッシャーが掛かってるからね。

マジやばい。


「な、何言ってんだよ。俺は、その、別にそういうんじゃねえから。やめろよ、めぐみんが人を殺せる目をしているだろ」

「貴様らがラブろうがコメろうがどうでも良いが、このまま手をこまねいていては確実に手遅れになるぞ? 今、かつてない勢いで未来の収束が始まっている。そこで近い将来貴様たちに待っているのは、輪廻のある死ですら無い。破滅だ」


 ……え?

ちょっとまって、想定の十倍ぐらい物騒なこと言われて思考が追いつかないんだけど。

死ですらないってどういうことだ。

魂ごと消えてなくなるとか、そんなレベルか?


「ち、ちなみに、近い将来ってどれくらい先です?」

「恐らく、早くて10年……しかし、その未来が確定するのは1年以内であろうな。本来であれば無限に広がるはずの可能性を、誰かが急速に狭めておる。おお、そうだった。我輩、その警告もしにきたのであった」

「おま、そういうことは早く言えよ!」


 まぁ、こうして声を荒げたら思う壺なのだろう。

心を落ち着けて考えりゃ、こいつは自分にメリットがある行動しかしないはず。

ついでとばかりに悪感情を食らってはいくが、多分この警告そのものはガチだ。

1年間ぼうっと過ごしていたら、俺たちはその「破滅」とやらに向かっていくのだろう。

流石に突拍子もなさすぎて、仲間たちも開いた口がふさがらないようだ。

……ひょっとして、アクアが帰ってこないことにも関係してるんだろうか。


「しかしな。警告と言われても、手がかりすら無いのでは……」

「いや、ちょっと待てよ」

「カズマ、何か思い当たる所があるのか?」


 まぁ、何の証拠が有るわけでもない、突拍子のない思いつきでは有るんだが。

かといって、このタイミングで出てきた出自不明の紅魔族が、全くの無関係だとも思いにくい。

なにより、あいつは自分自身のことを最後の紅魔族だとか言っていた。

もちろん今、そんな理屈はおかしい。

ここにめぐみんだってゆんゆんだって居るし、あいつらが帰る里もまだちゃんと残ってる。

だがもし、あの言葉が真実だとしたら?

この先の未来には、紅魔族さえ死に絶える恐るべき敵が潜んでいるのだとしたら?




 そうか。ついに俺たちの前に立ちはだかるのか。ス○イネット――!!




「ちょっと、俺の世界にな。タイムスリップしてきた機械たちが、未来を変えるために特定の人物を巡って争う話があって……。22世紀のネコ型ロボットが、親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいく最後のシーンは涙無しには見られないんだ」

「嘘ですよね。明らかに2種類以上の話が混じってますよねそれ。……まぁ、言わんとすることは分かります。ですが現実的に、タイムスリップなんて可能なんですか?」


 やっぱそこだよな。いくら魔法がある世界といっても、時間移動となるとちょっと別格な感じがする。

魔法より神の奇跡めいているというか……いや、実際に女神が身近に居る以上、今更かもしれないけどさ。

事実、バニルも馬鹿馬鹿しいとばかりに肩を竦めて首を振り、


「何を言っておる。異世界転生もタイムスリップも、原理は同じようなものだろうに」

「え……!? ってことは、有るのかタイムスリップ!?」

「まったくの不可能では無かろう。卵が先か鶏が先かなど、結局は暇人の戯言に過ぎん。ま、かなり強力な神か悪魔の力を借りねば難しいのは確かだろうが」


 マジか。でも確かに、そう言われればそうなんだろうか。

エリス様が居るあの女神空間とか、時間の流れが下界とは違うとか言ってたし……

しかしそうなると、途端に色々な物が繋がる気がする。出自がわからない問題も、未来からきたとなれば足が付くはずがない。


「つまり……あのめありすとか言うやつはタイムスリップしてきた『組織』の刺客で、アクアを殺すことによって改変した世界の支配を企んでいたんだよー!」

「「な、なんだって――――!!」」


 その衝撃の事実に、めぐみんとダクネスも思わず集中線が引かれる感じで驚愕した。

ああ、魔王を倒したと思ったらまさか未来からの侵略者とは。

スカイネッ○、なんて恐ろしい相手なんだ……!


「いやちょっと待って下さい! その刺客がなんで、私と同じ顔をしていたんですか!?」

「それは……そう、確かあいつはめぐみんのことをオリジナルとか言ってたよな。つまり、あいつはめぐみんを素体としたクローンなんだ。実際、爆裂魔法を使い捨ての兵器として使えるなら恐ろしいしな。バニルが言う『死よりも恐ろしい破滅』とは、敵の研究施設に捕まって母体にされることなのかも知れない」

「「な、なんだって――――!!」」


 すげえ、俺の灰色の脳細胞が超活性化している。

今ならどんな密室殺人だって解決出来ちまいそうだ。アクアが直接死体を起こして聞くほうが早いだろうけど。

……そう言えば、この世界ってクローンとかできんのか?

話が通じてると言うことは、少なくともそういった概念は有るんだろうが。


「我がコピーたち……一糸乱れぬ爆裂魔法……それは、なんとも素敵な……!」

「カ、カズマ! 私は!? 私はどうだろう! なんか人体改造とかされてないかなぁ!」

「されてないんじゃない? だってお前、硬くて改造するの大変そうだし。あれだろ? ダクネスって腹筋にドリル当てたら刃先の方がひん曲がるんだろ?」

「そ、そこまでじゃないやい!」


 嘘つけ。少なくとも、剣がカキーンって音を立ててはじかれるのは確認したぞ。

ああ、鎧じゃ無くて腹筋の話な。普段どんな筋肉してらっしゃるんですか?


「なんだか物凄く胡乱な勘違いが繰り広げられている気がするが、まぁ愉快なので我輩的にこれで良いや。ではな、そろそろ定期的な外泊先を突き止められそうな男よ。これからも末永くウィズ魔法道具店をよろしくお願いします」

「おいちょっと待て、不穏な発言だけして去っていくな! 相手がスカイ○ットだってんなら、流石に俺たちだけじゃどうにもなんねーよ! お前にも手伝って貰うからな!」

「ス○イネットでもタ○ムパトロールでもないから安心しろ。我輩はな、放っておけば放っておくだけ赤字を生産するマシーンの相手をするので忙しいのだ。貴様らの手伝いをすることで赤字がなくなると言うのなら、多少は考えてやらんでも無いが」

「……契約料はこれこれこんなもんで」

「うむ! 素晴らしき心がけであるな、冒険者よ! なあにこの見通す悪魔を味方にしたとあれば百人力! 方舟に乗ったつもりで居眠りこくがよいわ!」


 俺が提示した金額によってバニルは完全に眼の色を変え、ハイテンションに笑い声を上げた。

そっと算盤を覗き込んで表情を引き攣らせためぐみんが、不安げに俺の隣で囁く。


「ちょ、ちょっとカズマ、本当に大丈夫なんですか? これだけの金どこから……」

「魔王討伐の報奨金、ウン十億も貯めこんでても仕方ないだろ? ダクネスの親父さんに頼んで投資信託に回してんだよ。それに、俺が開発したアイテムもそろそろ幾つか市場に乗る。特許権そのものは売り払ったが、開発者としての名前は残ってる訳だ。その辺をちょちょいと使ったコンサル業が、案外上手く回って……」

「なあカズマ。ひょっとして、金で爵位を買う気でもあるのか? いや、それはそれで私としてはむしろ嬉しいのだが」

「は? 普通に不労所得が欲しかっただけだけど……何? 爵位って買えるもんなの?」


 マジか。俺、カズマ男爵とかになれるのかな。

いや正直、パーティーとかに引っぱり出されるのは好きじゃないけどさ。男の子的にちょっと憧れるもんがあるね?

主に側室とかそういう感じの響きに。


「……我輩、今からでもあの貧乏店主とはすっぱり手を切って、あの店の跡地にカズマ商会でも建てるべきか悩んでおるのだが」

「勘弁してくれ。街のマドンナの店を潰したとなったら、俺が男連中から恨まれちまうよ。それより、これからめありす捕縛作戦の詳細を考えなきゃいけねーんだ。明日の朝には迎えに行くから、そっちも英気を養っておけよな」

「ん? 捕縛するのですか?」

「ああ、可能なら少しでも『組織』の『作戦』の情報を掴まなきゃいけないからな……!」

「貴様、いったい何と戦っておるのだ……」


 何って、そりゃあ未来を支配する謎のス○イネットとだけど。

だがまぁ、差し当たってはあのめありすとかいう紅魔族だ。

ダクネスさえ苦しがる高威力高連射の銃器に、めぐみんの爆裂魔法を無効化する一発芸。

さて、どうするかね?

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