第2話:探れ! ウワサの紅魔っ娘



「な、なぁめぐみん、本当に大丈夫か? 先程から黙ったままだが……」


 俺の背中に顔をうずめ、振り返ろうともしないめぐみんを心配してか、ダクネスがしきりに声をかける。

爆裂魔法を使った後のめぐみんがぐったりとしているのはいつものことだが、こうもドス黒いオーラをまとっているのは今日が初めてだ。

とは言っても、無理はないよなぁ。己の人生を捧げている爆裂魔法が、完全に防がれたんだ

その高すぎるMP消費や威力のせいで、「使えない」「頭おかしい」と言われることはあっても、放ちさえすれば『エクスプロージョン』は文字通り必殺の魔法だった。多分、ああも涼しい顔でいなされたのは初めてだろう。

……まあ、「頭おかしい」という評価は今でも妥当な気もするが。


「……くやしい……」


 とりあえず食わない分のカエル肉を換金して貰った後、玄関前に帰り着いたところでめぐみんがふと声を漏らす。

ついに再起動したか。問題は、そこがまだ俺の背中であることなんだが。


「く~や~し~い~! あの女、絶対にとっちめてやります!」

「イテテテテ、暴れるなめぐみん! 分かった、分かってるから! そりゃ爆裂魔法が通じなかったのは悔しいよな!」

「違います! こ、この私が、完全に相手が名乗るためのかませにされたんですよ!? これはもう戦争しか無いでしょう!」

「「え、そっち!?」」


 思わずダクネスと一緒になって驚いてしまった。

めぐみんが爆裂より優先するとは、紅魔族にとって名乗りとはそれほど大事なことなのか。

いや、なんとなくわかっちゃ居たけども。


「……我が爆裂魔法でも、それだけでは一撃必殺にならないということは数ありました。バニルさんですとか、デストロイヤーですとか、ダクネスだって耐えるだけなら出来ますし……しかぁし! あの女ときたら、名乗りを上げた直後に『テレポート』で去っていったんですよ!?」

「いや、それがどうかしたのか? そりゃ使えるなら使うだろ、便利だし」

「だったら! 最初に背を向けて歩く必要もなかったということです! つまりわざと隙を見せることで、まんまと釣り上げた訳なんですよ、私を! この、我が爆裂魔法を!」


 あ、なるほど。つまり、めありすとやらは最初にあえてめぐみんを煽ることで、わざと爆裂魔法を撃たせてたのか。

防ぎきり、爆炎の中でカッコイイ名乗りを上げるためだけに。

……いやぁ、すげぇなぁ紅魔族。本当に知力の無駄遣いしてると思うよ。考える方も、考えを理解しちゃう方も。


「だいたいですね、爆裂魔法を爆裂魔法で打ち消すとか軽く言ってましたが、そんなのそう簡単に出来ることじゃ有りませんよ。ちょっとタイミングをずらしてやれば、それだけでドカンですって。とはいえ……はぁ、こんな屈辱は生まれて初めてです。慰めて下さいカズマぁ」

「そんなにか。ダクネス、どうだ? お前がめぐみんの立場だったらどう考える?」

「いや、私は紅魔族では無いし……しかし、誇りを逆手に取られ相手の言いなりになってしまう状況、というのは中々来るものがあるな」

「なるほど、8ダクネスってところか。おーよしよし」

「んっ……カズマ、私を屈辱のパラメータとして扱うのは……くぅっ」


 息を荒げるダクネスを尻目にめぐみんの頭に手を乗せると、めぐみんは猫のように目を細めた。

これで調子にのって手を動かすと、髪が乱れてとても怒られる。俺だってこの一年でちゃんと学んでいるのだ。


「……カズマも中々、女の慰め方が分かってきましたね」

「へ、変に色っぽく言うなよ。ドキドキするだろ。元々俺は、人がどうすれば嫌がるかを見抜くのは得意なんだぞ」

「お前の場合、見抜いた上で相手の嫌なことを全力で行うだろう。まったく、そこまで分かっているのなら、もっとこう私にもだなぁ……」

「なんだ? ララティーナお嬢様のアイコラを街にばら撒いて欲しいって?」

「……どうか勘弁して下さい、カズマ様」


 ご褒美が欲しけりゃいい加減皿くらい洗えるようになれってんだ、ド不器用め。

しっかし下手に料理スキルなんて取るんじゃなかったかもな、変なのに絡まれたせいでどーにも調理するのが面倒くさい。

とはいえ、皿を持たせればひっくり返すこのダメクルセイダーに揚げ物なんてさせられないし、めぐみんは器用さはあるのに火力至上主義すぎて油を扱わせると確実に家を燃やす。

せっかく昨日、下味をつけるためにスパイスまで配合したんだから、揚げたてに齧り付かない手は無いんだが……


「思うんだが、前々から妙に料理については張り切らないか、あの男? 正直これ以上差を付けられると自分の女子力に亀裂が入りそうなので、程々にして欲しいんだが」

「元々カズマは一度始めれば凝り性な男ですよ。でなければ何時間も掛けてプチプチするものなんて作れません。あれは楽しかったので是非また作って欲しいんですが、ねぇカズマ?」

「うっせー! その俺の半日を一瞬で雑巾絞りにした奴が何言ってやがる! ああもう、これ以上俺の気力を萎えさせるようならお前ら飯抜きだからな! ほらサービスして! 飯が欲しけりゃそれ相応のサービスして!」






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 結局、気付けばあれからもう数日が経っていた。

一応は襲撃を警戒して、誰か一人は屋敷に残れるようにしたり、めぐみんの日課の爆裂散歩でもすぐに逃げ帰れるよう気を配っていたが……あの、めありすとか言う子供は、欠片も姿を見せなかった。


「……目撃談を聞いた感じ、やっぱり今日も見張られてんなぁ」

「『千里眼』ですか? 同じ顔ながらマメな奴ですね。やはり、アクアが帰って来るのを待ち構えてるのでしょうか」


 代わりと言ってはなんだが、アクセルの街では現在「小さな凄腕が居る」という噂でもちきりである。

そのまま消え去ってくれれば良い物を、どうやら先日の出来事は、悪い夢だったとはいかないらしい。


『初心者殺しに襲われてさ、もうダメだ~って思ったときに、大砲が着弾したような凄い音がしたんだ! 煙が晴れたら、なぜか胴体をぶち抜かれた初心者殺しが転がってた』

『誰かの野営の後が残ってたから、こりゃラッキーと金目の物を探ろうとしたんだ。ふと気付けば、後ろから鉄の棒みたいなのを突き付けられててよ。いやぁ、絶対殺されると思ったわ。すげー凄みだった』

『街の近くの丘の上で、じーっと一点を眺めてたよ。最初は気のせいだと思ったんだけど、今思うとありゃ潜伏スキルだったのかな。こっちに見られてることに気付くと、次の瞬間にはもう見えなくなった』


 主な目撃談は、まぁこんな感じである。

もっとも多いのは、先日俺たちが襲われた一本杉の近くの丘で一点を眺め続けている姿。

方向的に考えて、恐らくは俺たちの屋敷を監視しているのだろう。

次に、あの周辺で助けられたという経験談。何が狙いかは知らないが、冒険者になったばかりの奴らが何人か救われているらしい。


 既に、何人かのノリの良い奴は冒険の前に焼き菓子やら小銭やらを捧げ始めたそうだ。

すると、ピンチに陥っても不思議と一発の魔法弾に救われるとウワサになっている。

今の時期は、冬に入る前にどうにか蓄えを作ろうと冒険者が必死になる季節でもある。

小金で安全が買えるとなれば、これが中々噂に乗っかる奴も多いのかもしれない。


「なんだろうな、アクアに代わってアクセルの守り神にでもなる気なのかね。それならそれで大歓迎なんだが」

「歓迎しちゃダメですよ。またアクアが泣きますよ? それに、私と同じ顔が崇められるとかいい迷惑なんですけど」


 やや肌寒くなってきた家の中でひざ掛けに包まっていためぐみんが、俺の一言に不満の声をあげた。


「あの娘が街でどんな扱われ方をしていようが、いずれ絶対にリベンジに行きますからね。そこの所、分かっていますよね?」

「へいへい、雪が積もってなけりゃな」

「もう、どうしてカズマはそうノリが悪いのですか! 私をオリジナルと呼ぶ偽物、通用しない必殺技、そしてリベンジとなればこれはもう愉快痛快爆裂勝利と相場が決まっているでしょうに。彼女の出生の謎が気にならないのですか!?」


 そう言われてもなぁ。正直、俺はこうして毎日ギルドに情報を集めに行くのもかなり面倒くさくなってきている。

だって、なーんで本人が居るわけでも無いのにアクアのケツを拭いてやらなきゃいけないんだ?

その上、相手はあの紅魔族だ。俺の中で敵に回したくない種族ベスト3に入る。

1位はオークで、2位はアクシズ教徒だ。


「お前らの意味ありげな設定なんて大抵どれもロクでもなかったじゃん。今度もどうせ、お前の親父さんがどっかで拵えてきた隠し子とかそんなんだろ?」

「う、うちに隠し子なんて居ねーし! ほんと人の家庭で血の雨が振りそうなこと気軽に言うのやめてくれませんかカズマ! それに、私は母系の顔です!」


 そうして家の中で取っ組み合いを始めた俺たちのことを、鎧の手入れをしていたダクネスが迷惑そうに見上げた。

一応、大きなヘコみは俺が鍛冶スキルで直してやったんだが、細かな傷まではどうしようもない。

ダクネスは鎧なんて着なくても充分硬い存在なのだが、だからと言って「よっ! そろそろ背筋に顔が浮かぶようになったか?」とか気軽に声をかけると本気でボコボコにしに来るので注意しよう。


「二人とも家の中で暴れないでくれ、ワックスが固まる前に埃がついたらどうするんだ」

「んなもん鎧で気にすることかよ。それより、親父さんに頼んでめありすの足取りとかは掴めたのか」

「……いいや、全然だな。どこの街に問い合わせても、あの背格好の紅魔族がアクセル行きのテレポーターに乗ったという話は聞けなかった。もちろん、乗り合い馬車業者からもだ」

「里からテレポートで直接飛んできたにしても、あの年代なら私が名前すら認識して無いのはおかしいんですよねぇ……」


 ……結局、そうなるか。

あのめありすとか言う奴、一切合財が謎だがなにより移動経路と出自が謎だ。

いくら潜伏スキルがあったとしても、まともに移動してたら誰かしらには見られているものである。

だってのに、何処かからアクセルの街に来るまでの足取りがまるで掴めない。

噂を聞く限り悪い奴とも言い切れないみたいだが、だったら何故アクアを殺すとまで宣言する必要がある?

おまけに、向こうはこっちを監視してるってんだから、俺の気は滅入る一方……。


「それよりカズマ、早くリベンジするための算段を立ててくださいよ。なるべく私が格好良く活躍する感じの奴を」

「お前な、頭良いんだからちょっとは自分で考えろ。どうせ爆裂魔法を撃つタイミングしか変わらないんだから」

「知力だけある私よりも、カズマの方が突飛でドキドキする展開を作るのが得意じゃないですか。ここは一つ、カズマが私に惚れなおす位のものをですね」

「なんで俺が惚れぼれするための作戦を自分で考えなきゃいけねーんだよ!? というか止めろ、まるで既に俺がお前に惚れてるみたいじゃん!?」


 正直顔は可愛い方に入るとは思ってるが、俺はそんなに容易くデレる訳にはいかないのだ。

何故なら、こいつらを付け上がらせたら大抵ろくなことにならないことを俺は知っている。

しかしめぐみんは思いの外ショックを受けたようで、唇を尖らせてしゅんと目を伏せた。


「……ごめんなさい、私、調子乗りましたね。急に言われても、カズマだって困りますよね。胸に行くはずの栄養まで爆裂魔法に取られてるんじゃねーのと煽ってきたチンピラにはネギを突き刺しておきましたが、どうせならカズマも大きい方が良いですよね?」

「な、なんだよ。そうやって急にしおらしくなるなよな。そうすれば俺がチョロっといくとでも思って……いや待て、ネギをどうしたって? この世界の元気よく暴れまわるネギをどこに突き刺したって?」


 戦慄する俺をよそに、めぐみんはすっくと立ち上がると、そのままソファーに座る俺の上に腰掛けた。

……いや、何してんの? 髪でくすぐったいし何か花のようなすげーいい香りがするけど何してんのこいつ?


「でもね、私はカズマのことが大好きですよ。もちろんアクアも、ダクネスもですが。カズマの方は、ぺったんでも好きになってくれますか?」

「やめろよマジで。いいか? 男がそうやって身体を密着させればなんでもはいはいそーですかと頷くと思ってるなら、お前の将来のためにも俺は心を鬼にして……」

「返事は好きかストライクでお願いします」

「選択権無いのかよ! 別にそりゃ、嫌いじゃねえよ! ロリコンじゃねえけど! ロリコンじゃないですけど!」

「攻めるなぁ……」


 すっかり手を止めたダクネスが、慄きながらこちらを見る。

クソが、めぐみんを止めるかいっそ自分も服を脱ぎだすかして俺に他人の目を意識させないようにして欲しい。

このムッツリは変態の癖にそういうとこ本当に気が利かない!


「ダメです。好きか愛してるの答えじゃないと受け付けません」

「え、えぇ~? めぐみんの体型を愛してるって、それ言ったら通報される奴じゃん……。ま、マジで言わなきゃ駄目?」

「マジです」

「くっそおかしいぞ、どうしてこんな会話の流れになった……」


 なんか、最近めぐみんと話してると特にこうなることが増えた気がする。

なんだろうな。気持ちは嬉しいんだけど、こういう風にされると凄く素直になりたくない。

そしておそらく、めぐみんはそれを分かった上で敢えてこの道を踏破してやろうと考えている。


 恐ろしいなぁ紅魔族!


 ダクネスがさっきからチラチラこっちを見てるのが気に障って仕方ない。

多分、ここで俺が一歩引いたらずるずるとダクネスにも同じことをする羽目になる。

そして、二人ともしばらく俺の台詞をイジって遊ぶつもりなんだろう。

負けるなカズマ。折れるなカズマ。だってよ、カズマさんなんだぜ?


「ところでカズマ、さっきから少しずつ私の背中で自己主張し始めているものが有るのですが」

「そそそそれは本当か!? ダメだぞめぐみん、ここ、こんな男の劣情を一身に浴びるにはお前はまだ……」

「よぉーし分かったー! 一度しか言わないからよぉーく聞けよ!」


 急に鼻息を荒くしだしたダクネスの言葉を遮りながら、俺はめぐみんの肩を掴んで引き剥がした。

意思の力じゃどうしようも無いものだって有ると思います。

だって、一人になれないから最近アンケートに答えられて無いんだもん。息子は無実なんです!


「あー、俺だってな? そりゃなんだかんだで長い付き合いになるわけだしな? ぺったんこだろうと、腹筋バキバキネスだろうと、お前らのことは、す、す……」

「す?」

「す……」


 どうしよう。すごく逃げたい。

「今夜はすき焼きだぞ」とかで誤魔化せねえかな。アクア居ないし無理かな。

握り拳を作って立ち上がったダクネスを手で抑えながら、めぐみんはにこやかに微笑んでいる。


 くそっ、本当になんで俺がこんな辱めを受けなきゃいけねえんだよ!


 この際セールスでも良いから入って来い! そしてこの空気を台無しにしろ!

なんなら壺だって買ってやる。今の俺たちの実力なら、アクアさえ居なけりゃ小金なんてすぐに貯まるんだ。

ああ、だから誰か助けてくれ、神様女神様エリス様――!


「ヘイ毎度! セールスと悪感情の総取りチャンスに、見通す悪魔がやってきたぞ! さあ、存分にこの赤字店主チョイスの売れ残りと言う名の不良在庫どもを買い叩くがいい!」

「好きですバニル様ーッ!」

「ああッ!?」


 突如乱入してきた風呂敷担いだ燕尾服の仮面男に、めぐみんが鳶に油揚げをさらわれたような声を上げた。

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