第5話 公妨2

 警備車両が停車すると機動隊員が一斉にデモの現場に赴いた。犬は内心ウキウキしていた。今日は何人しばけるだろうか。だがその期待は裏切られた。規模もデカいし、街宣カーのようなものもあるサウンドデモで、若者もたくさんいるし覇気もある。だがどうもぬるいのだ。誰一人こちらに向かってこない。不当に歩きにくいルートを指示してもそれに大人しく従うし、もちろん火炎瓶が飛んでくる気配はまるでない。拍子抜けだ。

 それでも少し反抗的なのもいて、機動隊員を突き飛ばしたので盾を使って手厚く返礼するとワッと歓声が巻き起こった。

 「あいつはT派だ!味方じゃない!おまわりさん頑張れ!」

 犬は帰りたくなった。こういうのを望んで公安になったのではない。T派かどうか分からないのに仲間はずれを食らった気の毒な青年はフラフラとどこかに消えた。

 「お前らしくないな。見逃すなんて。」

 「峰岸か...さすがに今のは胸糞悪い。もう家帰って酒飲んで寝たい。」

 「そう言うなよ、また反抗的な市民様と出会えるかもしれないだろ。」

 しかし、その日はとうとう反抗的な市民様と対面できなかった。こんなに大人しいデモは初めてだった。

 犬は終業後、スーパーでロウソクと半額の惣菜とビールを買い、次郎の家を訪ねた。

 「なんだ今日も来たのか」

 次郎は貰った金を全てヤクに替えてしまったようで機嫌が良かった。犬は100円ライターでロウソクに火をつけながら今日のことをぽつりぽつりと話した。

 「それでお前は何が不満なんだ?」

 惣菜の揚げ出し豆腐を頬張ったまま次郎は尋ねた。

 「反抗的じゃない市民に向かって暴力はできない。もっと暴れたい。」

 「その市民様っていうのは随分とおとなしいんだな...そうだ!あれを使うといいかもしれない!」

 「アレって?」

 「マリファナ」

 「なるほど」

 「いいか、デモは警察に届けるだろ?つまり場所と時間が事前に分かる。お前はそこに大量の時限式マリファナを設置する。時間になるとそれは煙を出す。煙に当てられて気が大きくなった市民様を思う存分殴ればいい。」

 「マリファナはどうするんだ?」

 「お前は公安だろ?売人から押収するとかなんとか言って強奪しろ。ついでに俺にも回せ。」

 「無茶な」

 「じゃあバルサンだな。業務用のバルサンを仕掛けて警察にぶつかってくる市民様をリンチすればいい」

 「おっバルサンは現実的だ」

 「決まりだな」

 来るべき日までの準備はそれはそれは楽しかった。犬はネットで業務用のバルサンを大量に買い、デモの場所と時間を担当者から何気なく聞き出し、次郎は次郎でそのバルサンの蓋をあけるためにデモに参加する準備をした。

 当日はまさに阿鼻叫喚で、街宣カーがナウな音楽を叫び続ける中、無慈悲なバルサンが一斉に煙を上げ、デモ参加者は逃げようとして機動隊にモロにぶつかりにいくし、機動隊は機動隊で苦しみつつ必死に体当たりしてくる市民を鎮圧しようと無我夢中で暴力を振るった。犬はうれしい悲鳴を上げながら暴力的な市民様の中にダイブした。

 


 

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