第4話 公妨

 「片桐」

 犬こと片桐勉が道場の片隅で、先輩らが組手を続けているのをぼんやりと眺めていると、隣に座っていた同僚の峰岸薫が声をかけてきた。

 「ああ、峰岸か。どうした。」

 「俺の中学は荒れてたからなんとなく分かるが...その臭いはまずい。」

 昨日次郎が酔ってお前も一度やってみろと白い粉をしつこく勧めたのだが、明日は仕事だから嫌だともみ合っている内に頭から粉を被ってしまったのだ。仕方なくシャワーを借りようとしたが水道が止まっていた。電気を止められていたのでシーチキンの缶にこよりを入れてロウソク代わりにするまでは盛り上がったが、さすがに水道が止まったことでは盛り上がれなかった。いつの間にか朝になっていたので犬は少しばかりの金を次郎に渡しそのまま出勤したのだった。

 「昨日売人に声をかけたら目つぶしに粉かけられてな...一応給湯所で洗いはしたが臭いが残っていたか。」

 犬は顔色を変えず嘘をつくことができた。逃げ足が速く、嘘をつくのがうまいおかげで補導されなかったという面もある。要領がいいのだ。

 「そりゃ災難だったな。非番の日も売人に睨みをきかすなんてご苦労なこった。」

 「まあな。」

 声をかけたのは嘘ではない。もっとも、目的は検挙ではなく警察手帳を見せてクスリを「押収」することだったが。

 「もうあがりだし、シャワーにでも行くか。」

 「ああ」

 脱衣所についたので犬が胴着と下着をさっさと脱いでいると、どうも峰岸がもたついてる。

 「どうした。さっさと行くぞ。」

 「ちょっと待て。」

 峰岸は胴着の下に五枚のインナーを着ていたし、股引も三枚重ね着していた。

 「なんだなさけない。柔道は本当は胴着の下になにも着ないんだぞ。」

 「お前みたいに筋肉があればそれでもいいんだろうけど俺はガリだぞ。」

 「なんのための柔道だ、筋肉をつけろ」

 「うるせぇ。なかなかつかないんだよ。」

 軽くシャワーを浴びて脱衣所に出ると、放送があった。どうやら過激な反対運動が起きていてそれを鎮圧しなければならないということだった。

 犬は素早く着替えると渡された装備を身に着けて警備車両に乗り込んだ。犬は善良な市民を盾で突飛ばしたり殴ったり蹴ったりするのが大好きだった。ただ転び公防をするのだけは嫌だった。大の大人が道にわざと転んで「イタイイタイイタイ!」と世にも情けない声を上げるのだ。犬は転ぶのは好きではない、地面に転がすのが好きなのだ。地面に這いつくばる市民の姿を思い浮かべながら犬はニヤつくのを必死に堪えた。

 

 

 

 

 

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