第3話 犬
次郎がいつものようにボロアパートの一室で禁断症状に苦しみのたうち回っていると、ドアがノックされた。この部屋のドアをノックするのはあいつしかいない。
「...帰れ」
「まあそう言うな」
気持ちの悪い笑みを浮かべて、中肉中背の男がずかずか上がり込んできた。次郎はこの男を犬と呼ぶ。国家権力の犬だから犬。警察官採用試験に合格したときに次郎が軽蔑して与えたあだ名をこの男はいたく気に入り、次郎に本当の名前を忘れさせるほどあだ名で呼ぶことを強要した。
「その机の引き出しのクスリを持ってこい」
「俺は客だぞ、茶ぐらい出せ」
と言いつつ犬はクスリと水を持ってきてくれた。次郎はぶるぶる震える手でそれを受け取り服薬するように飲んだ。次郎の震えはおさまった。
「逮捕しないのか?」
犬は、
「非番だからな。大体ドラッグは俺の担当じゃない。」
と事もなげに言った。それもそうか。仕事が増える訳だからな。
「なにか用か?」
「飲もうや」
犬は後ろからスーパーの袋を取り出すと手際よく缶ビールとつまみを取り出す。
「こういう合法のより違法なやつの方が好きなんだがなぁ」
「そういうのもある」
犬は顔色一つ変えず懐から小麦粉のようなものを取り出した。
「...まあいい。乾杯。」
「乾杯」
二人の男は控えめに缶ビールをぶつけあうとそれぞれ一気に飲み干した。
「犬、お前はどうして公安になんかなったんだ」
次郎と犬とは中学からの同級生で、万引き、無免許運転、飲酒、ドラッグ、暴力など非行と呼ばれる行為はお互い一通り経験している。ただ、犬は逃げ足だけは早く一度も補導されていない。
「合法的に市民に暴力を加えられるだろう?」
犬は機動隊員だった。ルール無用の暴力に性的興奮を覚える犬としては天職なのだろう。
「ヤクザのほうに適性があるんじゃないか?」
「お前は分かってないな。あいつらは銃を使うのがまずダメだ。興奮しない。暴力は相手を戦意喪失させ屈従させるためにあるんだ。人の誇りを打ち砕くためにあるんだ。二足であるいてる人間サマに地面の味を覚えさせるためにあるんだ。分かるか?」
「警察のセリフとは思えんな。ヤクザの方がまだマシだ。」
「お前はなんでヤクザを辞めたんだ?」
「シャブをやりすぎたんだ」
次郎は腕を捲って痛々しい静脈注射の跡を見せつけた。腫れているというより長い傷のようなものが幾筋か走ってる。
「シャブはダメだろ。錠剤とか粉とか跡が残らないものにしないと。」
そういう問題でもないだろうに。次郎は黙ってビールをのんだ。
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