オープン過ぎる曰く付きな住人たち
──俺は安易だったかもしれない。
久遠寺さんはそのまま俺の横を通りすぎていく。
「あ、俺の部屋……」
どこかわからない。そんな俺の肩を日向さんに叩かれる。
「ついていって。ゆっくり歩いてるのはついてこいってこと。做々瘰はあまりしゃべらないし、表情に出ないの。確認したら、この突き当たりがリビングなんだけど、来てね。お茶を沸かして待ってるから」
とんっと肩を押されて前に一歩出ると、做々瘰さんが止まり、ちらりとこちらを向く。そしてまた歩き出す。
……分かりにくすぎる人だな。
軽く走り、彼女を追い掛ける。三階建ての時点で外観的に大きいとは思っていたが、広さもあった。
「あの、ここには何人くらい住んでいるんですか? 」
『怪しくはないよ。怪しく思えるけど、かなりオープンだよ。細かいことは管理人さんに聞いてみて』と不動産屋さんは言っていた。大概の人はそんなことを言われても、いぶかしがるものだ。
腐っても高校生、家賃を抑えて仕送りを少しでも多く、遊びに使いたいという気持ちが勝って安易に決めてしまっていた。取り敢えず、1ヶ月住んでみてからでも遅くはない。
「……三年前からで、私を含めて九人。あなたを入れて十人目」
広さに反して意外に少ない。けれど、大層なお出迎えをされて忘れていたが、やけに静かだ。
「久遠寺さんと渡会さん、日向さん以外の方は……」
「……キッチンにもう一人いるだけで、みんな出張。時間もバラバラ」
彼女以外、社会人なのだろうか。
久遠寺さんが一番奥の部屋に止まる。他と違い何だか薄暗く、秋とはいえちょっと冷える。扉を開くと、ぶるっと身震いした。……部屋から冷気が出ている。この廊下の寒さはきっとこれが原因だ。なんでこんな時季に冷房なんて……と思ったら、違った。この部屋にあるのは、生活臭のない簡素な家具だけ。……エアコンがない?
「あ、あの……何か寒くないですか? 」
学ラン越しにまで冷たい。
「そう? ……ああ、私、『雪女』だから」
さらりと久遠寺さんは言った。
……そういえば久遠寺さんの肌が異常に白い。いや、ほら、日向さんがお茶を沸かして待ってるってのは、久遠寺さんの部屋が寒いからで……。きっと比喩とか……。
「私たちは『妖怪』よ。……安心しなさい。ここにいる妖怪たちの入居条件は、人間を襲わないこと。人間たちに求める入居条件は、必要なとき以外の他言無用と理解」
……え? 襲わない? 理解?
俺の思考回路が止まった。冷たいと思っていた彼女の瞳には、殺意や敵意など一切感じていないことに気がついた。そういえば、二人も悪意なんてないように見えた。
「……私たちの願いは、『共栄と共存』。だから、ここにいる妖怪は人間と友好であらんとするものしかいないわ」
待てよ? ……よく考えるんだ、俺。久遠寺さんは、あれだ、その……。
「駄目だよ、做々瘰ちゃん。混乱させちゃってる」
いきなり大きな手に引き寄せられ、固まった。誰?!
「初めまして、新入居者くん、俺は
爽やかなメガネのイケメンが笑顔で俺を優しく見つめる。
「え、あ、は、初めまして! 坂田譲、です……」
「譲くんか、よろしくね。今日新しい人がくるとは聞いていたから、早く帰ってきてよかったよ。大丈夫だよ、ここの妖怪たちに敵意はない。要するに、人間と仲良くなりたい妖怪がいる場所なんだ。俺たちには謂わば、橋渡しみたいな役割をゆるーくしていってほしいってこと」
仲良くなりたい? 橋渡し?
「妖怪には、人間に悪意を持つ者と人間に好意を持つ者がいる。人間とおなじで感情と人格があるんだ。……前者だった妖怪もいるけど、変わったからこそここにいるんだよ。かつての自分のような妖怪を仲間にするべく、ね。譲くんはただ、人間と変わらないように接するだけでいい。彼らはそれを望んでいるんだから、堅苦しく考えないでね」
俺は息を飲む。
「アニメや小説みたいで理解しにくいんですが、俺、普通の高校生で……」
そこまで言い掛けてハッとした。……あれ? 友だちが最近よく、『妖怪』という単語を口にしていた。直接の会話で聞いていた訳じゃないけど。
「うん、高校生ならアニメや小説の知識だけでいいんじゃないかな。そこからどんどん彼らを知っていくといい。みんな仲良くしたいだけだから」
「……私はまだ、認めてない。お姉ちゃんにお願いされたからそうしているだけよ」
……冷たい汗が滴った。敵意でも悪意でもない。でも、なんだろう。これは……別の感情を初めて久遠寺さんから感じた。
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