探偵事務所と執事

エレベーターに乗ると、彼女は最上階のRを押す。並んでいる数字は10まで。かなり高くない? このビル。チンっと聞きなれた音と共に到着する。彼女はさっさと開くと同時に出る。

俺も慌てて降りた。……目の前には、ビルに不釣り合いな扉が。そして、扉の上には……《御神楽探偵事務所》の文字。………探偵?


「何してるの? 入りなさい」


指紋照合の最新セキュリティを解除すると、扉が内側に開かれた。……中もやはり、ビルの中とは思えなかった。高そうなチャーコイルの革張りソファーが対面になっていて、真ん中にはガラスのテーブル。天井にはシャンデリアとプロペラみたいな空調。その向こうには、一面ガラス張りを背景にしたこれまた高そうな社長とかが座ってそうなデスクがあった。視線を巡らせば、幾つかドアがある。トイレとか寝室とかかな?


「そこ座って」


革張りソファーにどかっと座りながらタバコをつける。やっぱり大人……だよね。


「あ、はい……」


俺は彼女の目の前のソファーに腰掛けた。………ヲイヲイ、この位置だと丸見えなんですけど。足を組んでいるため、ミニスカートから太もも共々パンツが見えている。


「……本題なんだけど」


あ、やっと説明してくれるのか。


「その前に、あんた名前は? 」


……今更だな。


「咲良優多、です」


「いくつ? 」


「17です」


「……若いわね。まぁ、いいわ。あんた、見ただろうけど、ここは"探偵事務所"よ。あたしのね」


そーでしょうね。人んちで寛ぐとかないですよね。……この人ならしそうだけど。


「ボ……ゴホン! あたしは、"御神楽菖蒲"」


いい加減、その咳払いがわざとらしくて気になるんすけど……。


「さ、自己紹介もしたし、本題に入るわよ」


女性に年齢聞けないけど、すげぇ気になるな。


「あんた、何で"口裂け男"に狙われてんの?


「俺が聞きたいです」


「……そっちの趣味か、勘違いか。若しくは、理由があるか、よね」


「……まぁ、その三択が基本ですよね」


「あんたさ? アレがどんなもんか知ってんの? 」


「知ってたら対策考えてますよ。そもそも、何なんですかアレ」


可愛い顔で黙って見つめないでくれよ。


「……あんた、ホントに何も知らないみたいね。アレは、《妖怪》よ……」


よ、妖怪?! 都市伝説は大概、人間説が濃厚じゃねぇの?!


「正直、あたしもビックリなわけよ。多分、本家は"口裂け女"なんだろうけど」


「……あ、すみません。灰がヤバいっす」


喋っていて、タバコの灰が今にも落ちそうだ。


「あ、ありがとー」


ガラスのテーブルに溶け込んでわからなかったけど、上に置かれているガラスの灰皿に灰を落とす。遠近法無視だな、これ。


「……メジャーな妖怪だって近代化で対処方法が変わってきてるから、厄介だってのに」


さっきから妖怪妖怪って……。探偵を装った、妖怪ハンターが何かか? 漫画の世界の話じゃねぇの?


「……あんた、今。『実際、このねーちゃん、何屋なんだよ』って思わなかった? 」


え"? 間違っちゃいねぇけど……。


「あ、いや、その……」


「ま、説明してなかったしね。繋がりに不信感抱くのは仕方ないわ」


説明苦手なんじゃないの? この菖蒲お姉さん。


「表向きは、普通の何でもござれな探偵事務所。でもその実態は、"怪奇現象"を専門とした探偵事務所なのよ。ほら、探偵って、調査するのが仕事なんだから。更に、"怪奇現象"が悪質なら、"駆除"も行っているの」


……アニメであるよな? テレビの見すぎじゃねぇよな?


「……因みに大真面目だから。どっかの二流小説とかと一緒にしないでよね」


……小説家さんに謝ってくれ。かなり失礼な人だな、この人。


「あのさ、普通は一般人に話しちゃいけない禁則事項なのよコレ」


確かに裏的な職業っすもんね……。あれ?

立ち上がった?


「……助けてあげる代わりに、あたしの奴隷になりなさい? 」


隣に座るなり、胸押し付けて、脅迫紛いの色仕掛けできた、だと?!


「……ドMじゃないんで、奴隷は困ります」


「……ふぅん。じゃぁ、あんた。金払えんの? 」


興醒めみたいな感じに、立ち上がってタバコを消している。


「あのー、如何程……? 」


「大体ねー。調査日数や情報含め、最低50万無きゃ赤字ねー」


「……独り暮らしの高校生には無理っす」


「あら、じゃあ……。ずっと追われる恐怖を味わいなさい? 匿うのは今日だけ。明日からは自分で何とかなさいな」


二本目に火をつけ、いぢわるく笑う。


「生態は調査中。サービスで教えられるほどの情報もない。ヤツの目的も全くわからない状態で、狙われているあんたに何が出来るかしらね? 」


……真実だろうけど、確実に嚇しだろ。

どっちも怖えぇわ。


「……言い方、変えてください。"助手"とか」


「あら、やる気になった? 」


脅迫にしかなってねぇよ!


「そー、人手足んなかったのよねー。三食昼寝つきのホテルだと思いなさい」


確かに、無駄に豪華なんだよな。


「……やるからには、全力でやってもらうわ。いい非験体よねぇ、新種か派生かはわからないけど、"狙われてる"んだから」


もうちょっとオブラートに言えないのかな。……予想してたけど、囮にされるわけね。大切な"非験体"を見殺しにはしないだろ、流石に。究極の選択だけど、こっちのが生存率高いならそうするしかない。最低50万なんて金払えないし、一人じゃなんもできない。……代償がでかくなりそうだけど。

いい方に考えるんだ、自分! そう! 俺好みの見た目の女性といられるんだ! 至福じゃないか。……ドSで痴女だけど。いや、あれは、"鬼畜"? 耐えよう、うん……。

助かる道はそれしかない。


◇◆◇◆◇◆◇


──……ギィ。


あれ? 誰か来た? 人手足りないって言ってたけど、流石に一人じゃ無理だろうし。


「……ん? クライアント様でもいらしているのですか? 」


扉から顔を出したのは……、執事みたいなイケメンだった……。


「違うわよー、エド。"調査対象"の"獲物"」


あからさまだな、をい。


「それはそれは、お可哀想に。レデ………少年? いや……そういう格好を好むレディもいるからして……」


「俺は歴とした男です! 咲良優多です! 」


「……そうですか。取り乱して申し訳ありません。あまりにも可憐でしたので……優多さん……」


美形にみつめられるのは悪い気はしないが、菖蒲さんの件がある。


「……しかし、問題ありません。私はどちらもイケますので」


ほら来た! やっぱり変態は変態を呼ぶ!


「ダメよぅ、エド。ボ……ゴホン! あたしが先に見つけたのー。こぉんな子、中々いないんだからぁ」


咳払いで全て台無しだな。けど……、胸だけじゃなく、全身で後ろから絡みつくのやめて!


「……なら、無理なさらなければよろしいのでは? 菖蒲お嬢様。不自然ですよ。"そのお姿"も」


姿?


「もー! エドのいぢわる! どうせ、夜の間だけなんだから、いーじゃない! 」


「……何を仰有っているのやら。私は"可愛らし"くないお嬢様は痛々しいのです」


……何の話、してるのかな? 俺、超置いてきぼり気分なんだけど。見た目は十分可愛いのに、なんで?


「あのー」


「……は! 申し訳ありません、優多さん。自己紹介がまだでしたね。私は、"エドガー・クロフォード"。僭越ながら、不肖なお嬢様の執事をしております。専ら二人しかおりませんので、私もお嬢様の仕事をサポートしております」


「"妖怪"の? 」


「……お嬢様」


「彼は今日から助手なの。色々、手取り足取り教えていくわよ」


咎めようとしたエドガーさんが、一瞬で嬉しそうな顔に……。


「そういうことでしたら……。喜んで、手取り足取り……腰取り、お教えしましょう」


そんな目で見んな!


「腰は遠慮します……」


「残念です。しかし、いづれ求めさせて差し上げましょう」


やめろ! この変態バイ執事!


「ちょっとぉ、そーゆーのはぁ。……あたしが教えちゃうんだから」


耳元でいうなぁぁぁ!! って、どこ触ってんの!


「……やだぁん、また固く……むがっ」


「そ、そろそろセクハラやめてください!


「……何とも細い腰をなさっていますね」


「エドガーさんも! セクハラです! 」


油断も隙もあったもんじゃない……。見事な身の危険じゃないか!! 死ぬよりマシだけど、そんなんじゃない!!

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