口裂け男と痴女
……アイツの泣きべそを思い出しながらだと気が紛れるが、やっぱりダメみたいだ。
……また聞こえるし、感じる。真っ直ぐ帰っても暗くなるのは仕方ない。学ラン着てるのになぁ……。昨日もだけど。今日はなんだか気にしてる分、荒い息遣いまで聞こえて来やがる。恐怖と一緒にイラつく。
"口裂け女"は、『あたし、キレイ? 』って聞いてくるよな。コイツは何て聞いてくるんだろう? 男の俺に『俺、カッコいい? 』とか聞かれても困るんだけど。寧ろ俺がカッコいいって言われてぇし。
……あれ? 何か今日は歩調違わねぇか? 嘘だろ? まさか昨日巻いたから、今日は逃がさないつもりなんじゃ……回避策知らねぇぞ?
"口裂け女"は『ポマード』とか『ニンニク』とか『ハゲ』って繰り返すと怯むんだよな。
『ポマード』は男性の整髪料だから、臭いがきついとかだろ。
『ニンニク』は、統計的に女性は臭いの元になる食材を嫌うらしいし。……だれかさんは休みだからって丸ごと入れて、次の日仕事だって思い出したときは後の祭りだったとか。……どうでもいいか。
『ハゲ』はよくわからない。
あと犬が苦手だとか、べっこう飴が好きだとか嫌いだとか、ボンタン飴が好きだとか、金平糖が嫌いだとか。色々な説があるけど……あれは男だ!
現実逃避している間にも、ヤツとの距離は縮まって来ている。てゆーか、何で俺な訳?!
昨日のことで嫌な学び方をしたなら、階段上がる前に捕まっちまう! 二階以上の建物登れないのだって、コイツに適用されるか怪しい。どうすりゃいいんだよ! 男が男に追われるとか、キモいにもほどがあんだろ!
あと少しでアパートにつく手前で、ヤツが背後に迫っているのを感じたそのとき……、俺は誰かに手前の細い道に引きずり込まれた……。
◇◆◇◆◇◆◇
「だっ……! 」
「……黙りなさい」
真っ暗で何も見えない。すげぇ柔らかいものに視界をさえぎられ……、え? まさか……。
「……ふぅ、行ったわね」
腕を緩められ、ゆっくりと離れようとするが、狭いために呼吸を確保するくらいしか出来ない。それだけでも、俺に起きた状況を把握するには十分だった。顔を少し上げると、視線が合う。俺好みの綺麗なお姉さん……だ。すげぇ柔らかいものは……彼女の豊満な胸だった。………え? ナニコレ? どんな状況? 俺は彼女の胸に顔を突っ込まされ、体を足に挟まれていた。
「あんた、まさか………男の子? 」
叫ぶでもなく、目をパチクリする姿は何とも可愛らしい。いや、もしかしなくても男なんですけど。
「あ、はい……」
なんだろう? ペタペタ触られてる……。信じてくれないと困るんだけど。……徐々に顔が近づき、更に触っている手が下がっていく。……嫌な予感がした。これは、マズイ。このお姉さん、信じてない! 俺は態勢的に動けない。……そしてついに、彼女の手が……、股間に到達した。
「あ、やめ……! 」
「煩い。……あ、固くなってる」
誰のせいだ! 誰の!!! この態勢で体まさぐられたら流石に元気にもなるだろ! 泣きてぇ! 何なの?! このお姉さん、痴女なの?!
「あらやだ、さっきまで"口裂け男"に追い掛けられて青ざめてたのにもう真っ赤」
……そういうプレイなんですか? 俺、ドMじゃないんで遠慮したいんですけど。て、あれ? 今、"口裂け男"って言った?
「……あの? 」
「黙りなさいよ。……もう戻っては来ないみたいね。でも、安全とも言い切れない」
一人で話を進めるのはやめてくれないかな。
「……あんた、学校帰り? 貴重品とか自宅にあったりする? 」
「え? いえ、特には」
「仕方ないから、ボ……ゴホン。あたしのうちに泊めてあげる」
……どんな展開ですか? 俺好みの綺麗で可愛くて巨乳のお姉さんだが、ドSな痴女のうちに連れてかれる? ……何か怖い。
「偶然とは言え、ボ……ゴホン! あたしの探しているのは"アレ"なの。習性調査中に拾ってあげたんだから感謝しなさい! 」
……不自然な咳払いが気になるけど、何であのおっさんを調べてんだろ?
◇◆◇◆◇◆◇
くっついたまま反対側から脱出。……やっと、解放された。しかし、俺の手を掴んでずんずん歩き出した。
「……あのー」
「さっきから煩いわね! 黙ってついてきなさい! あのまま帰っても、待ち伏せされてたらアウトでしょ?! 」
確かにそーなんですけど……。
月明かりに照らされた彼女は、やはり綺麗で。不機嫌に振り向いたときに服装を見て、顔を反らす。……デカイのに、Vネックの黒っぽいTシャツ、白いプリーツのミニスカート。極めつけにニーソ……。なんですか?
その可愛らしいナリ……。長い髪は耳の後ろ辺りで均等にサイドテールが出来ている。……お姉さんだよな? 何か同年代に見えるのは、ナリの問題だと信じたい。こんなプロポーションの同級生なんていないし。
◇◆◇◆◇◆◇
「……ここよ」
そういうなり、手を離す。そこは真新しいビルに見えた。……あれ? こんなとこにビルなんてあったか? すぐ裏の通りなんだから、わからないはずはない。けれど、俺の記憶の中にやっぱり見当たらなくて。
「何してるの? 早く来なさいよ」
自動ドアを入って、エレベーターホールで仁王立ちしていた。
「す、すみません! 今いきます! 」
俺も足早に自動ドアを入り、エレベーターホールに走った。
──その姿を、あの男が見ているとも知らずに。
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