封印されし淡い記憶──回想──

──記憶と言うものは、見えざる力で封印されなくとも薄れ、改竄されやすいものである。



夕暮れ時、いつもの場所で。二人だけの秘密の逢瀬。ほんの少ししか逢えないけれど、大切な時間。淡い淡い、幼い少年少女の恋に似た何か。育めば恋になり、愛に変わる。それこそが恋愛。しかし、二人はあまりにも幼くて。


◆◇◆◇◆◇◆


「……まだかなぁ」


この村に不釣り合いな美少女が、神社の柱に背を預けながら足をばたつかせている。


「あやめー! 」


うっすらと視界に映った辺りで、叫ぶ少年。あやめと呼ばれた少女はがばっと柱から退け、嬉しそうに向き直る。


「優多!! おっそーい! 」


「ご、ごめん。中々撒けなくて」


……少年も、少女と間違えそうなくらい可愛らしい。


「……仕方ないよね。早く中いこ! 」


一瞬、酷く哀しそうな顔をしつつも、すぐに優多の手をつかみ、階段をかけ上がる。少しだけだから、少しだけなんだから、誰にも邪魔されたくない。誰も近寄らない神社は、格好の遊び場。……その意味を、少女は多分に理解し、少年は安易に理解していた。ここは少女の《家》。


大人は言う、『神社にいる少女には会うな』と。


二人は入り口から見えない本殿の裏側にいた。手を繋いでいる姿は仲睦まじく、微笑ましい。ただの少年と少女ならば。


「……なんで、あやめと会っちゃいけないのかわからないよ。きっと、あやめが可愛いからだ。しっとしてるんだよ、きっと! 」


「…………ありがと、優多」


彼女は知っていた。皆が自分を恐れていることを。何もするつもりはないのに、大人は"違う"ことを恐れ、おののく。頭で決定付けられたことは、大人になると中々払拭出来ない。


あやめは優多が好きだった。優多もあやめが好きだった。ずっと一緒にいたいと願っていた。この瞬間が永遠に続けばいいのにと思っていた。


◆◇◆◇◆◇◆


……しかし、別れはすぐに来た。過疎化が進んだ村は、生きていくには苦しくて。優多もまた、親に連れられて都会に移住を余儀なくされていた。


◆◇◆◇◆◇◆


最後の日の前日、二人はお別れするために会っていた。


「……あやめ、俺はいつかあやめにまた会う」


「うん、ボクも会いに行くよ」


幼い二人の約束。夕焼けが、物哀しく二人を照らす。永遠の別れにしたくない。いつかまた、出会えることを信じて抱き締め合う。


「大きくなったら、きっと文句は言わせないから……」


「うん、そのときはボクが守ってあげる。ボクは優多のことが好きなんだ」


「俺も好きだよ! お嫁さんにしたいくらい! 」


「じゃぁ、大きくなったらまた会いに行くね! そのときは、お嫁さんにしてね! 」


そして、夕焼けに照らされる中、あやめは優多の首筋にキスをした。いつかまた、出会ったとき、目印になるようにと。

それが本当は何を意味するのかを、まだあやめ自身も知らない。優多の首筋には、小さくもくっきりと、花びらの花弁のような模様がついていた。


あやめはいつもより長く、優多が見えなくなるまで見送った。


「……ボクはもうたくさんを守らない。優多だけをいつか守るから。………会いに行くから、いつか必ず」


……廃村にただ一人取り残されるあやめ。彼女は人ではないから。


◆◇◆◇◆◇◆


人に寄り添う『守護神』として、崇められた存在。それは、時代の流れと共に、異形の存在へと扱いが変わっていた。人成らざる者、しかし、人に親い者。

普通なら歪んでしまうが、彼女は優多への想いで留まった。


◆◇◆◇◆◇◆


……村を出る優多の記憶からあやめは消えていた。いや、記憶の片隅に無理矢理押し込まれたのだ。

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