壊れた日常と2つの危機

「……ん。あれ? 菖蒲さん? 」


なんだここ? 薄暗い?


…………ガチャ。

え? なんだよ、これ……。


俺は両手首を鎖に繋がれ、壁にもたれ掛かって座っていた。薄暗い無機質な部屋。廃ビルの一室みたいな冷たいコンクリート張りの。何でこんなとこに、こんな状態でいるわけ?

……確か、菖蒲さんが迎えに来て、エドガーさんのこと聞いてたら誰かが背後に……。あっ……! 相良……先生。先生を見たとこまでは覚えてる。でも、何で相良先生が……。


◆◇◆◇◆◇◆◇


…………ガチャリ。


ドアから顔を出したのは、……やっぱり相良先生だった。


「相良……先生? 」


「やぁ、咲良君。目が覚めたみたいだね」


イケメン教師と女子が騒いでる相良先生。何だか、寒気がした。


「あの、これはどういうことですか?」


何で先生が……。


「どうって、君を"もう逃がさない"ために決まっているよ」


え? "もう逃がさない"?


「ま、まさか……、俺を追い掛けてたのが、相良先生……じゃないですよね? 」


だって、先生は人間じゃないか。普通に今日も授業を受けたんだから。


「……やっぱり、気がついてたの? それとも、可能性の照らし合わせかな? 」


本当に……?


「……先生が、"口裂け男"ってことですか」


信じたくはない。でも、先生の口振りはそうとしか。


「そうだよ。俺が"口裂け男"だ。だが、夜間だけね」


夜間だけ?


「……"無意味になるかもしれない"が、経緯があるんだよ」


先生は不気味に笑う。"無意味になるかもしれない"ってどういうことだろう。


「"口裂け女"は有名だよね? 」


「そうですね、よく聞く都市伝説です」


真面目に話していて、今更なんだけど、外して……はくれないよな。


「うん、"子ども"ばかりを狙う陰湿な、ね」


確かに、小学生に聞くケースが多い。


「……ある日、俺はたまたま、試験の採点で遅くなった。本当に偶然だったんだ……。"口裂け女"に出くわしたのは。元々、俺は科学教師だしね。都市伝説なんて端から信じてなかったよ。だから、最初はただのイタズラだと思っていた……。小学生の女の子を庇い、逃がして、注意を促した。教師として。……けど、アイツに通用しなかった。あっさり俺は邪魔した報復として噛みつかれた。……死んだと思ったが、気がつくと一人、路上に倒れていた。帰宅して、違和感と共に鏡に映る俺に驚愕した」


先生は少し淋しそうに笑う。


「……口が裂けていた。まだ、夜中に差し掛かったばかり。気を失って、変化して然程経ってはいなかったんだろうね。いや、一度死んだのかもしれないな。……それから、何度も"口裂け女"を探したが、一向に見つかる気配がない。まさか、信じてなかった症例が自ら証明されてしまうとはね」


俺も不思議に思っていた。担当が科学だから、非科学的なことは嫌いだって認識はあった。なのに、妙に落ち着いて話すもんだから。


「……だがね? "口裂け男"の症例はまだない。ちらほらと言われているのは真実味があまりない。だったら、……自ら作るしかない。一度死んでいるんだから、何だって出来る。不思議なのは、昼間は人間としてかわりなく生活出来ることだ。……夜になると言い知れぬ衝動に駆られる。まさに、昼間は理性、夜は本能で生きている感じだ」


嘘だろ……。"人間"としてなら、昼間に菖蒲さんが見つけられないのも道理だ。……"妖怪は夜に蠢く"。"元人間の妖怪は、昼間は人間、夜に妖怪に変貌する"。こんなことがあったなんて……。菖蒲さんが知ったら、仕事が捗る。でも今俺は一人。


「……君を見つけたのは、偶然だった」


理性とは言うけど目は虚ろだ。夜が近いから葛藤しているとか? 俺を監禁、拘束している時点で常軌を逸脱してることさえ、理解してない気がする。"死んで妖怪になった"から"何をしてもいい"だなんて、科学教師の発言じゃないだろ。


「入学式の日に、可愛い女生徒だなって何気なく見てたら、学ラン着ててびっくりしたから印象に残っていた」


あんたもかよ!


「そういう趣味はなかったら、気にも止めていなかった。だけど、あれ以来、不思議と咲良が気になった」


……嫌な雲行きなんだけど。


『……そっちの趣味か、勘違いか。若しくは、理由があるか、よね』


ふと、菖蒲さんの言葉を思い出した。最初は女生徒と"勘違い"。今までの経験上、この流れは……。


「俺、ノンケのはずなのに死んだらどっちでも良くなったみたいだ」


くそ! この空気なら、あのクソ執事のがマシじゃねーか!


「でも、たまたま印象に残っていた咲良が、"獲物"独特の匂いをしていたから……」


"獲物"独特の匂いってなんだよ?


「……な、何ですか? "獲物"独特の匂いって」


寒気がした。


「……それは、"妖怪に"印"をつけられた人間"。きっと、小さい頃に君は"妖怪"に出会って、"生かされた"んじゃないか? まだ幼いから、食べられないと。"大きくなったら迎えに来る"とか、言われなかったか? 」


……え? "妖怪"にって……。



『……が、………あげる。……は、優多の……が……なんだ』


『…も、……だよ! ……………に………くらい! 』


『じゃぁ、大きくなったらまた会いに来るね! そのときは、……………にしてね! 』



……俺の記憶がフラッシュバックした。なんだ、これ? 女の子? 俺は何を"約束"したんだ?


「……理由はどうあれ、その"印"は"妖怪"には極上のもの。マーキングしたやつが誰か知らないが、見つけたもの勝ちだ」


徐々に近づいてくる。全部当てはまっちまった。


「……夜まで時間がない。それまで楽しもうぜ? 咲良」


楽しむ?なにする気だ!……俺の首筋に顔を埋めた。ちょ!


「……や、めろ!ひゃっ……!?」


く、首筋舐められた!くすぐったくて、気持ち悪い!……舐められた場所に、不思議な模様が見えた。"印"って、これか……?……そこが異様に熱い。

ワイシャツのボタンを外されていく。足をばたつかせるが、何故か力が入らない。


「先生……、何か仕込んだ?」


嫌な予感がした。


「ああ……、ちょっと弛緩剤を打たせてもらった。有段者相手だからな。」


科学教師……、そこだけ本業かよ!

上から徐々に唇を這わせられる。


「い、やだ……!う、あ……!」


男にされるがままとか、最悪だ。だったら、菖蒲さんにされた方が何百倍もマシだ! 涙目になりながら身を捩って抵抗する。


「……この状態で抵抗なんて無意味だよ、咲良。


下から不気味に笑う。ゾッとした。……口が裂けていたら、あのときと同じ笑い方。

……カチャリ。小さな音が下半身からした。視線を向けると、ベルトが外されている。


「うわぁ! ヤダヤダ! 止めろ! 」


聞いてくれないけど最悪過ぎる! ……チャックが下ろされ、ボクサーパンツをずらされた。


「ああああああ! 菖蒲さぁぁぁぁぁぁぁん!! 」


俺が声の限り、叫んだ瞬間……。




\ドォォォォォォォォォン!!/




……俺の左側の壁が豪快に破壊された。


──月をシルエットに仁王立ちした、いつもより一回り大きくなった菖蒲さんが立っていた。

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