第16話 ライバルは友人


「どうして倉科は来れないのよー」

 陽菜は少し怒っているように優太に言った。


 春香の家にいった、あの日。

優太から夏祭りのお誘いメールが届いた陽菜は、

春香も行くこと。もう一人連れてくる(可能なら倉科)ならいいわよ

と返信した。優太からの返事は、

奏多、誘ってみたけれど先約があるって。前原直也を誘ってもいいか?

だった。


「そう言われても……。先に従弟と約束したからごめんって。ここに来てはいるはずだから、運がよかったら会えるかもな」

 この人混みの中で待ち合わせもせずに会えるかと聞かれると、即答はできない。

「はぁー」

 陽菜はため息をつく。

「……言いたいことがあるなら言いなさいよ」

 なんだかソワソワとしている優太に、陽菜は声をワントーン下げて言った。

「その……。長谷川は奏多のことが好きなのか?」

「好きじゃないけど?」

 優太は嬉しそうに目を輝かせる。

「って、どうしてそうなるのよ!」

「いやー。奏多のアドレス聞くし、夏祭りに連れて来いっていうから、てっきり好きなのかと。っていうことは、もしかして……」

 優太は後ろを振り返り、ちらりと春香を見た。

「そういうことか」

 優太は前を向いて、二回頷いた。

「何がそういうことか、よ」

「島崎さんが奏多をす」

「ちょっと!」

 陽菜は優太の言葉を遮った。まずは後ろを見る。春香は直也と話している。聞いてはいなかったようだ。次に周りを見渡す。知り合いは、いてなさそうだ。

「声が大きいのよ。誰かに言ったら怒るわよ」

 優太の耳元でささやく。こいつ、意外と鋭いわね。にぶそうに見えるのに。

「分かってるって。最近、奏多の様子もおかしいんだよなー。おかしいというか、雰囲気が少し変わったというか? クラスで変わった様子とかない?」

「……分からないわ」

陽菜は少し考えてみたが、とくに思い当たることはなかった。

倉科、分かりにくいのよね。思ったことを顔に出さないようにしてるとは思うんだけれど。そんな倉科の変化を感じ取るなんて、さすが友人というべきかしら。

「そっかー」

 優太は頭の後ろで手を組みながら言った。Tシャツがあがって、少しお腹が見えている。

 意外といい筋肉しているわね……。って、別に見たくて見たわけじゃないし。陽菜は顔を背けた。

「んっ? どうした?」

「どうもしないわよ」

 つい話し方がきつくなってしまう。あんたの腹筋をみて恥ずかしがっているなんて言えるわけないじゃない。

「前から思ってたんだけど、長谷川の話し方って大人っぽいな」

「おばさんってこと? 失礼しちゃうわ」

「いやいや、そういう意味じゃないって! 誉め言葉。……、その浴衣も似合ってる」

 優太の頬が少し赤く染まる。

「本当に? 怪しい」

 陽菜は優太をジトーっと見る。

「ほんとだって。来た時から思ってたし……」

暑さに焦りも混ざってか、額に汗が滲み出ている。

「ふふっ。まぁ、ありがと」

 素直に言えないというか、田島には意地悪したくなっちゃうのよね。反応が面白いからかしら? 春香に意地悪する場合は可愛いからだけど。

「よかったー」

 優太は胸をなで下ろした。


「優太、長谷川さん」

 直也に呼ばれて、二人は後ろをむく。

「あと一時間ちょっとで花火始まるって。はやいかもしれないけど、食べ物買って河川敷に行かない?」

「そうね、そうしましょ」

 むしろ遅いかもしれない。地元ではこの祭りの花火が一番有名綺麗だって言われているし。席が取れるといいんだけれど。

「春香と買ってきてもいいかしら?」

「いいぜ。直也、買いに行こうぜ」

「春香、行きましょう」

 陽菜は春香の手を取る。

優太は陽菜をみて、一番のライバルは島崎さんかも知れないなと思った。

「じゃあ、15分後。ここに待ち合わせで」

直也がそう言ったのを機に、それぞれ動き出す。


「何食べるか決まった?」

 少し屋台を見て回ってから、陽菜は春香に聞いた。春香は迷っているように屋台を見比べる。

「うーん……。たこ焼きにしようかな」

「青のりついちゃうわよ?」

「うん。でも、考えていたらキリがないかなって。お腹すいているし、食べたいもの食べるよ。青のり付いていたら教えてね」

「ふふっ、分かったわ。私もたこ焼きにするから、春香も教えてね」

 三組ほど並んでいるたこ焼き屋に二人は並んだ。

「前原とは、どんなこと話してたの?」

「兄妹の話とかかな。陽菜は田島君と何を話していたの? 陽菜が押しているように見えたけど」

「春香のことかしら」

「えぇ! 私の事って何?」

「春香の可愛さを説明してたのよ」

「へっ! えっ!」

 予想外の返事にだったのだろう。春香は目を丸くしている。

「嘘よ」

「そ、そうだよね」

 春香のことっていうのは本当だけどね。

「えっ、なんか言った?」

「ふふっ。何も言ってないわよ」

 そうこうしているうちに順番が回ってきた。

「いらっしゃい」

「たこ焼き二つで」

「はい。二つで800円ね」

 春香は財布をガサゴソする。

「私、細かいのないや」

「私あるから、後で春香に渡すわ。払っといてくれる?」

「分かった。ありがとう」

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