第15話 おさえきれない想い
屋台の光と祭囃子が夏祭り会場に着いたことを教えてくれる。
春香と陽菜は待ち合わせ場所に行き、二人を待っていた。
「そう言えば、誰が来るの? もう教えてくれてもいいよね」
「C組の田島優太と
「話したことはないけれど、田島君は知ってるよ。前原君は知らないな」
田島君は倉科君と一緒にいる所を何度か見かけたことがある。
今日は倉科君と一緒じゃないんだ……。って、だめだめ。前原君に失礼でしょ。
「私も前原は知らないわ」
「おーい」
二人が話していると、後ろから声が聞こえたので振り返る。
優太と直也が手を振りながらこちらに向かってくる。
「待たせて悪かったね。前原直也です」
走ってきたせいか、ハァーハァーと呼吸が荒い。
「はじめまして。島崎春香です」
「長谷川陽菜よ。前原って呼んでもいいかしら?」
「いいよ」
3人が自己紹介を済ませている中で、優太は陽菜の浴衣姿をみて固まっていた。
「優太?」
どうしたんだよというように直也が話しかけると、優太は自分が固まっていたことにたったいま気づいたかのようにハッとした。
春香は優太のおかしな様子に、ふふっと笑う。
「あっ、ごめんごめん。俺は田島優太。島崎さんだよね? はじめまして」
「田島君、はじめまして。島崎春香です」
「長谷川も、今日はよろしく」
「ええ」
「それでは行きますか」
直也がそう言ったのをきっかけに、四人はにぎやかな屋台通りへと向かった。食べ物のおいしそうな匂いが鼻孔をくすぐる。
「ほらっ、長谷川さんの隣に行きなよ」
「おっ、おう」
男二人で何やらこそこそと話していると思ったら、直也がこう提案してきた。
「人も多いし、前後でペアになって歩かないかな? 長谷川さんと優太、島崎さんと俺で」
「私は、春香の隣がいいわ」
陽菜がはっきりとそう言った瞬間、優太が悲しそうな顔になったのが分かった。えっ、と戸惑う春香に直也が耳元に近づいてささやいた。
「優太、長谷川さんのことが好きなんだ。よかったら協力してあげてくれないかな?」
田島君、それで肩を落としたのか。倉科君のことが好きだと気づいてから人を好きな気持ちは理解できる。陽菜が田島君のことをどう思っているかは分からないけれど、ここは陽菜の隣を譲ってあげよう。
春香は直也に小さく頷いた。そして、できるだけ不自然にならないように気をつけながら陽菜に言った。
「私、前原君と話してみたいな」
陽菜は驚いた顔をして、春香をじっと見た。数秒遅れてから、春香がそういうのなら分かったわと言って優太の隣に移動した。
「暑いなー」
優太は手で扇ぎだした。その横顔は、ほんのりと赤く染まっていた。
こうして、はじめて会った男子と二人横に並んで歩くことになった春香だが、歩き始めて早々に後悔しはじめていた。
何を話したらいいのか分からない。前原君の事、C組でサッカー部だということしか知らないよ。下駄のカラン、コロン、という音が大きく聞こえる。にぎやかな場所にいるのにおかしいな。
春香が緊張で体を強張らせていると、隣からくすくすと笑い声が聞こえた。
「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ。リラックス、リラックス」
直也はそう言ったあとに口の両端を人差し指で広げて笑顔を作った。
「ふふっ」
直也がそんなことをするような人とは思っていなかった春香は思わず笑ってしまう。
小さい頃に私が泣いていたら晴兄が笑ってって言いながらしていたよね。
「そうそう。せっかくのお祭りなんだから笑顔で楽しまないと」
「前原君、下に兄弟がいるでしょ」
「妹がいるけど、どうして分かったの?」
「お兄ちゃんも同じことをしていたから」
「お兄さんがいるんだ。うちとは逆だね」
前原君、話しやすいな。よかった。陽菜と田島君はどうだろう。
春香は前を歩く二人をちらりと見た。陽菜が若干押し気味で話している。
少し距離が離れているから何を話しているかは分からないなー。
って、これじゃあ盗み聞きしているみたいだ。田島君のために、そっとしておいてあげよう。
ふと奏多の顔が頭に浮かぶ。
やっぱり、少しだけでもいいから会えないかな……。
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