第12話 お楽しみ
春香が部屋で本を読んでいると、インターホンの音が聞こえた。母が一階から、春香―と呼んでいる。時計を見ると、短針は3をさしており長針は6を回ろうとしていた。約束の時間ぴったりだ。
「春香―、久しぶりー」
玄関のドアを開けると、陽菜が勢いよく抱きついてきた。
「うわっ、心臓が止まるかと思ったよ。私だから良かったけど、お母さんだったらどうするの!」
「大丈夫よ。春香が来るって分かっていたし」
おじゃましまーすといって陽菜は家にあがる。
「久しぶりだねー」
夏休みに入ってから、陽菜と会えていなかった。
「なんせ毎日練習づけの日々だったからね。コンクールも終わって、やっと一段落ついたってところかしら。夏休みっていうのに休んだ気がしないわよ」
吹奏楽部とは違って文芸部は夏休み中の活動はしていない。
「でも、好きなんでしょ?」
「まぁね」
部屋についた二人は机の上にプリントと筆記用具を広げる。陽菜は遊びに来たのではなく、春香と一緒に夏休みの課題をするために来たのだ。
「せっかく春香の家に来たのに、課題をしなきゃいけないなんて……」
陽菜はため息をついた。なんといっても新学期開始まで、あと一週間しかないのだ。
「頑張ろうか」
二人は、それぞれ残っている課題に取り組み始めた。
しばらくしてから、コンコン とノックオンが聞こえた。春香がはーいと返事をすると、飲み物とクッキーを持って来たわよーと母が入ってきた。
「おじゃましています」
「ゆっくりどうぞ。課題、頑張ってね」
母はウインクをして去った。二人は少し休憩することにした。
「さすが、春香のお母さん」
春香にはブドウ味のカルピスの牛乳割、陽菜にはマスカットジュースを持ってきてくれた。
「陽菜との付き合いも長いよね」
春香は、陽菜と出会ってもう4年経つのか としみじみ思った。
「春香は夏休み、何してたの?」
「本を読んだり、小説書いたり、図書館に行ったりしてたよ」
「相変わらずねー。夏休み中に一回は一緒に遊びに行きたいよね」
「行きたい。でも、陽菜は部活あるしね……」
陽菜が そうなのよねぇ……と言うと、床に置いていた陽菜の携帯が震えた。気が散ると思って、マナーモードにしていたのだろう。
「ちょっと、失礼」
メールだろうか? 見た途端に陽菜の顔がパッと明るくなった。
「春香、夏祭りに行かない? 夜なら部活も終わってるし」
「行こう! 楽しみだなー」
去年は陽菜の都合が悪くて行けなかったけれど、中学生の頃は毎年一緒に行ってたよね。
「よしっ、決まり。他にも2人来るけど大丈夫?」
「誰が来るの?」
「当日までのお楽しみ、じゃダメ?」
「いいけど……」
春香は首を傾げた。一緒に行くのはメールの相手かな? きっとそうだろうな。
「じゃあ、課題を終わらせてしまおうか」
陽菜の一言で二人は再び課題に取り掛かった。
春香は一足先に課題を終わらせたので、陽菜に頑張ってねと言って読みかけの本を開いた。陽菜も、あとは数学のプリントを終わらせるだけだった。来た時は英語のプリントをしていたが、すらすらと解いてしまった。私なんて部活がなくても課題を終わらせるのに今日までかかったのに。陽菜はすごいな。春香は尊敬の眼差しを向けるが、陽菜は気づいていない。
倉科君は夏祭りに来るのかな。……浴衣を着ていこうかな。春香が読もうと思って手に取った小説のページは一枚もめくられていない。
「春香、当日は浴衣を着てくるのよ。私も着ていくから」
それだけを言って、陽菜は数学との戦いに戻った。
タイミング良くこういうことを言うから、ときどき陽菜はエスパーなのかなって思ってしまう。
「うん、浴衣で行こうね」
夏祭りまで、あと6日。
春香が窓から外を見ると、紫とピンクのグラデーションが綺麗な空が広がっていた。
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