第10話

 二日後のPM11:23。春香がパソコンをカタカタしていると、玄関につけているベルが鳴る音が聞こえた。念のために足を忍ばせて玄関に向かう。恐る恐る見てみると、やはり父だった。

「おかえりー」

「春香か。ただいま。こんな時間まで起きているなんて珍しいな」

「うん。ちょっとね」

「学校は大丈夫なのか?」

「もう夏休みだよ」

 そうかと言うと、父は欠伸をした。連日の残業で相当疲れているのだろう。家には帰ってきていたけど5日ぐらい見ていなかったかな。

「仕事大変だねー。…、明日はお休み?」

「そうだが、何かあるのか?」

「明日、話したいことがあるんだけど」

「いいけど、改まってどうした?」

 春香がちょっとね……と言うと、父はふーん、夜更かしもたまにはいいけど早く寝ろよーと言ってお風呂場へと姿を消した。


 翌朝、春香は起きてすぐにいい匂いに誘われてリビングへとむかった。ダイニングテーブルにはスクランブルエッグがのせられたトーストとアロエヨーグルト、レタスとシーチキンのサラダに春香の大好きなお砂糖たっぷりのコーヒー牛乳が用意されていた。

「お母さん、おはよう」

「あら、起きたの。ちょうど呼びにいこうと思っていたのよ」

 時計をみると、6:50。いつもより10分早く起きていた。

「今日は豪華だね」

「今日はっていう一言は余計よ。お父さんと晴樹呼んできて」

 はーいと言ってから、二階へと行く。お父さん、久しぶりの休みなんだからもう少し寝させてあげてもいいのに。ってお母さんに言ったら、せっかく家族四人そろっているんだから眠たかったら昼寝すればいいのよっていうんだろうな。

「晴兄、お父さん。起―きーてー」

 しばらくしてから父が降りてきた。兄はまだ来ない。結局三人だ。父は目をごしごししながらレタスをパクリ。母に、いただきますは? って叱られている。まるで子供のようだ。弱々しくいただきますって言ってから、春香に一言。

「そういえば、話があるんじゃなかったのか?」

「う……、うん。ごはん食べてからでいい?」

 飲んでいたコーヒーでむせそうになった春香を気にしながら、父は分かったと言った。チラリと母を見ると、なーにー、お母さんには話せないのー? といった感じで頬を膨らませながら、ぶーぶーと言っている。


 着替えてから春香は父の部屋へとむかった。コンコンとノックをした後、入っていいぞと父の声をきいてからドアを開ける。

「話ってなんだ?」

「うん、あのね……。いきなりだけど、将来のことについてなんだ」

「ほう」

 父は顎を撫でている。

「学校でもそろそろ考えなさいって言われてね。何がしたいんだろうって考えていたら、小説を書くのはどうだろうと思って。文芸部で少し書いたりしているし。読むのも好きだけれど、書くのも好きだなって思って。……、挑戦してみたいの」

 ひととおり話し終わって、春香はドキドキしていた。お父さんは、どう思うのだろう。

時計の秒針の音がいつもより大きく聞こえる。

「いいんじゃないか?」

「へっ?」

 すんなりとそう言われて、春香は拍子抜けしてしまった。

「大学には行こうと思っているのか?」

「うん。司書資格は取りたいと思ってて」

「そうか、頑張れ」

「反対しないんだ」

 父は照れたように頭を掻いて、こう言った。

「実は父さんも、小説家を目指していた時期があるんだ」

 春香は目を見張った。そんな話、聞いたことがない。

「母さんは知っていると思うぞ」

 机をごそごそして数冊のノートを見つけると春香に渡してきた。開いてみると小説が書かれていた。

「いやー、あらためて誰かにみてもらうと照れるな。たまに自分では見るんだが」

 父の新たな顔を知って、春香は嬉しく思った。

「たしかに大変だろう。でも、なりたい気持ちがあるなら挑戦してもいいと思うぞ。やる前に諦められるならその程度の夢だったってことだ。ということで、頑張れ」

「うん! ありがとう」

 父の部屋をあとにする。そうだよね。挑戦あるのみ! 春香は自室に行き、パソコンを起動する。そして、昨夜も書いていた小説を開いた。よしっ、書こう。

 ふと、母のすねていた顔を思い出す。お母さんにも話さなきゃ……。

お昼ご飯の時に話そう。

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