第8話

日差しが強く、蝉たちは「ミーンミンミンミン」と競い合っているかのように大声で鳴いている。気が付くと、3日後には夏休みが迫っていた。


春香が奏多にメールをしたのはあれっきりで、たいして変わったこともなく、坦々とした日々を過ごしていた。

唯一の変わったことと言えば、「おはよう」「バイバイ」といったような、ちょっとした挨拶を交わすようになったことぐらいだ。

クラスメイトからしたら、たいして気にもしない程度の変化かもしれない。それでも、今まで男子と「次の生物、実験室に集合だってさー」といったような話しかしたことのない春香にとっては大きな変化だった。


 LHRの時間、春香たちのクラスは外で夏休み明けに行われる文化祭の準備をしていた。A組の出し物はチュロスだ。クラスメイトたちは売り上げ一位を目指すという目標に向かって張り切って準備を進めている。春香は陽菜と一緒に屋台の看板作りをしていた。


「春香、あれから倉科とメールはしたの?」

「ううん。してないよ」

 春香は「チュロス」の文字を黒色のアクリル絵具で塗っている。陽菜は茶色でおいしそうなチュロスの絵を塗っている。


「どうしてよー」

「どうしてと言われても、何を話したらいいのか分からないし……」

 メールをしたことにより、春香の気持ちには変化が訪れていた。倉科君を見ていると、鼓動が騒がしくなる。目が合いそうになると、ついそらしてしまう。


「もうっ! 夏休みに入ったらしばらく会えないのよ」

「そうだけど……」

 そうか。夏休みに入ったら、暫く会えないんだ。ちょっと寂しいな。んっ? どうして寂しいだなんて思うんだろう?

「ボーっとしていて、誰かに先を越されても知らないわよ」

 そう言われて、春香は5mほど離れたところにいる奏多を見てみる。数人の男女と一緒に屋台づくりをしていた。奏多は西野真樹という女子と話しかけられていた。春香の胸にチクっとした痛みが走った。

「えっ、どうして……」

 奏多に彼女がいたら嫌だと思ったことに驚いた春香は思わず声に出していた。

「倉科、ああ見えて人気あるんだから。顔もそこそこカッコいいし、サッカーも上手いし、成績もいいし」

 奏多は毎回のテスト順位で学年50位以内には入っている。陽菜は春香の言ったことが聞こえてないのか話し続けている。

「今だって」

「ねぇ、陽菜」

「んっ? 何?」

 春香は一呼吸入れてから言った。

「わたし、倉科君のことが好きなのかもしれない」

 春香の頬がさくらんぼのように赤く染まっていく。

「ふふふふっ」

 いきなり笑い出した陽菜に春香は驚いた。

「やっと気づいたのね」

「へっ?」

 「やっと」っていうことは、陽菜は気づいていたってこと? 春香は状況が理解できないでいた。

「こんなにも言ってるのに全然気づかないんだから。応援するわ」

 陽菜は春香の肩に手を置き、意味ありげな笑みを浮かべて「大変なのは、これからよ」と言った。

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