第6話
放課後、奏多は部室で着替えていると、「おい、奏多」と肩を叩かれた。
「なんだ、優太か」
「なんだってなんだよ。さっきから何回も呼んでるのに全く気付かなかっただぜ。それより、なんで教室に来なかったんだよ? せっかく俺がめずらしく辞書を持ってきてたっていうのに」
こいつは田島優太。優太とはクラスは違うが、部活が一緒だったことがきっかけで仲良くなった。
「悪い、悪い。ちょっと用事ができて。せっかく貸してくれるって言ってたのにな。って、メールしたんだけど?」
うちの高校は、携帯を持ってきてはいいが校内で使用するのは禁止だ。だが、守っている者など極少数である。
「見てなかったわ。ほらっ、俺っていい子ちゃんだからさ。それより、大丈夫だったか?」
何を言っているんだ、こいつは。その前に「辞書を貸してほしい」って送ったら、「OK!」って返してきたくせに。
「ああ、今日は当てられなかった」
奏多は古典が苦手である。古文単語など暗号にしか見えない。文法も何がなんやら。それにも関わらず、辞書を忘れてしまった。辞書がなければ壊滅的なのだが、幸い今日の授業では当てられなかった。
「そりゃよかったな。ていうか、古典なんか簡単だろ?」
「はあ! 生物のほうが簡単だろ」
「いや、無理無理」
奏多とは反対に、優太は古典が得意で生物は苦手である。教えてほしいと言っても、「なんというか。こう……、フィーリングで分かるだろ?」と言うのだ。これだから感覚派は。まあ、俺も生物教えてほしいって言われたら「覚えるしかない」としか言えないのだが。
「それより、奏多がボーっとしてるなんてめずらしいな。好きなやつのことでも考えてたのか?」
優太がニヤニヤしながら聞いてくる。こいつは妙なとこで鋭い。さすが感覚派だ。別に好きな人のことを考えていたわけではない。ただ、あの時の島崎の笑顔が頭から離れない。そのせいでボーっとしてしまったのだろうか。そんなことをこいつに言えば面白がるに違いない。最悪「先輩、奏多に気になる人ができたみたいっすよ」と勝手に言いふらすかもしれない。うん。黙っておこう。
「好きな人なんていないよ。優太のほうこそ長谷川のことはどうなっているんだ? 」
「そ、それはですね。な、なんにもなってはないのですがね……」
何やら急に口調がおかしくなった。人の事には調子がいいくせに、自分のこととなるとこうも変わるものなのか。
「っていうか、なんで知っているんだよ!」
「いや、優太の態度見てたらバレバレだろ。むしろ、その態度で隠せてるって思っていたのか?」
「う……」
「優太が告白するか、しないかの賭けまで始まっているんだぞ? そうですよね、先輩? 」
あちこちから「なんだよ、倉科。ばらすなよー」という声や、「まあ、そんなに落ち込むな。みんなお前を応援しているんだからな」という声が聞こえてくる。やはり部活内ではバレたくない。
「ほら、応援してくれているんだから頑張れよ」
そう言って、奏多は優太の肩を軽く叩いた。よしっ。これで当分の間は大人しいだろう。優太にはかわいそうなことをしたが、奏多は話を逸らせたことに胸をなでおろしていた。
「なあ、奏多。長谷川の連絡先を聞いてきてくれよー」
「なんでだよ。自分で聞けよ」
「そんなこというなよー。応援してくれるんだろ? 奏多、長谷川と同じクラスじゃん。なあ、聞いてきてくれよ。一生のお願い!」
そう言って、優太は奏多に手を合わせて拝んでくる。一生のお願いって、今まで何度その言葉を聞いたことか。少なくとも10回は聞いたことがある。こういうことは本人が聞いた方がいい気がするが。まあ、優太には悪いことをしてしまったしな。仕方がない。
「今回だけだぞ?」
「奏多様―。ハハアー」
再び拝んできたあと、奏多の周りを回って変な舞を舞いはじめた。ほんとに調子のいいやつだ。その様子を見た周りの者たちは口を押えて笑っている。
「分かったから。ほら、練習するぞ」
こうして、奏多はヘタレで調子のいい友人のために長谷川の連絡先を聞くことになったのであった。
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