第5話
「おーい、倉科」
授業後、廊下に出た奏多は萩原に呼び止められた。嫌な予感がする。
「……、なんですか? 」
「悪いけど、島崎と一緒にノートを職員室まで運んでくれないか。お前ら日直だろ? ちょっと用事があってな」
やっぱり、そうきたか。奏多は、萩原がノートを集めていたことと黒板に自分の名が記されていたことを思い出した。教室の窓からは春香が心配そうに顔を覗かせている。
「分かりました」
日直なら仕方がない。断れば授業を聞いてなかったことに対する小言も飛んでくるかもしれない。
「悪いな。頼んだよ、日直さん」
萩原は奏多の肩を軽く叩いてから、廊下の向こう側へと去っていった。
奏多が教室に戻り、ノートが積まれている教台の上の前に立つと、春香が近づいてきた。
「倉科君、ごめんね。用事があったんじゃ……」
春香は申し訳なさそうにしている。
「いやいや! 用事なんてないよ。むしろ謝るのは俺だよ。日直なの忘れてて。日直の仕事、島崎さんに押し付けてしまうところだった。さっさと済ましてしまおうか」
奏多は三分の二ほどのノートを持つと「残りお願いできるかな」と春香に言った。
「悪いよ! 半分ずつにしよう! 」
「いいって、いいって。ほら、早くしないと次の授業が始まっちゃうよ? 」
奏多が早歩きしだすと、春香が慌てた様子でついてきた。
「ごめんね」
ああ、彼女は人に頼ることに慣れていないのかもしれない。
「『ごめんね』より、『ありがとう』って言ってもらえるほうが嬉しいな」
奏多は春香に微笑みかけながら言った。すると、春香は一瞬だけ俯いた後、頬を上気させながら奏多の顔を見上げ、笑顔で「ありがとう」と言った。
その笑顔を見た途端、奏多の歩調は無意識に速くなった。気のせいであろうか。耳も少し赤くなっているかのように見える。
「倉科君、速いよ……」
春香は足手まといになるものかと奏多についていくのであった。
「おかえりー」
春香が教室に戻ると、陽菜が手を振りながら言った。チャイムは鳴ったが、先生はまだ来ていない。
「ただいまー」
「どうだった? 」
陽菜がニコニコしながら聞いてきた。
「どうだったって? 」
「倉科よ! 」
陽菜は小声でたずねてきた。
「倉科君がどうかしたの? 」
陽菜につられて、春香も小声になった。
その時、ガラガラガラとドアが開き、古典担当の堀口先生が入ってきた。50代前半ぐらいで、ほがらかで可愛らしい女性の先生だ。文芸部の顧問でもある。
「遅くなって、ごめんなさいね。授業を始めますよー」
「先生、来ちゃった」
春香は急いで教科書とノートを準備し始めた。
「せっかく倉科と二人きりだったのにー。何もなかったなんて」
陽菜は面白くなさそうに呟いた。
「えっ? 陽菜、何か言った? 」
「何も言ってないよー」
春香が気づくようなことがあったら良かったのに……。
「島崎さん、長谷川さん。授業、始まっていますよ」
ああ、堀口先生に叱られてしまった。とは言っても、全然怖くないんだけど。
「はーい、すみません」
「すみません」
陽菜は友人が早く気づくことを望みながら、授業に臨むのであった。
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